表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/39

第6話:パイセン、運営新人の未来を憂う


スズちゃんはクッションを抱えたまま、ほけほけと笑っていた。

そんな彼女を見ていたとき、アタシの脳裏にある疑念が芽生えた。


――どうにもこの人が、ただの思いつきで遠藤アオを拾ってきたとは思えないのだ。


いや、そうでもないか?ただの勘で拾ってきた可能性も捨てきれないな。

え、ガチで分からん。ホントにどっちだ?


ていうか、そもそも何でこんな推理をしなきゃいけねーんだよ。

もう狂人を通り越して人狼だろ、この人。

…………早いとこ吊っといた方がいいかもしれん。


「……なぁ、スズちゃん」


「ん~?」


「あの新人のことさ」


「アオちゃん?」


「そう。遠藤」


アタシはエナドリの缶を揺らした。


「もしかしてアンタ、あいつの声が裏方でも使えるって、最初から分かってたのか?」


「仮ナレーションのこと?」


「それ」


スズちゃんは、少し考えるように天井を見た。


「いや。あんな使い方ができるところまでは、全然読んでなかったよ」


「……意外と素直に認めたな」


「私、予言者じゃないし」


「普段の言動が予言者か詐欺師なんだよ」


スズちゃんは気にせず続けた。


「ただ、表に立てないからって、あの声に使い道がないとは思わなかった」


「運営で何かに使えるかもしれない、と」


「そこまで具体的でもないかな」


スズちゃんはクッションへ顎を乗せた。


「でも、面接のときね。アオちゃん、めちゃくちゃ緊張してたんだよ」


「だろうな」


「声も出てなかったし、質問にもまともに答えられてなかったし……FXで有り金全部溶かす人の顔してたし」


「え、マジ?顔芸もできたのかよアイツ」


「いやホント。盛り無しね、コレ。思わず笑っちゃったもん」


「超見たかったんだけど」


「ミカンちゃん性格わる……」


「アンタが言うな」


「でも、人の目は見られないのに、周りは見てたんだよ」


スズちゃんは、自分の目元を軽く指した。


「面接官が資料を出す順番。案内係が止まった場所。審査員がよく見ていた資料。自分のことで精いっぱいなのに、目だけは周りを拾ってた」


「自信がないから見てただけかもしれないだろ」


「うん。判断が遅いだけかもしれない。運営に向いてるかどうかも、分からなかった」


「おい」


「だから、運営なら成功すると思って拾ったわけじゃないよ」


スズちゃんの声が、少しだけ静かになる。


「自分を売り込む場所では何も出せなかった。だったら、自分以外のものへ集中できる場所なら、違うものが出るかもしれないと思ったの」


アタシは、昨日の防音ブースを思い出した。


一人。

読む文章が決まっている。

本人を評価する場ではない。

仕事を止めないことへ集中している。


その時だけ、あの声が出た。


そして、もう一度を求められた瞬間に消えた。


「条件はありそうだな」


「うん。でも、まだ仮説」


「一人で、決まった文章を、確認作業として読む」


「それに、声そのものを意識しないこと」


「そこが一番めんどくせぇな」


出そうとすれば出ない。

褒められても出ない。

見られていると分かっただけで閉じる。


仕事で安定して使うには、不確定要素が多すぎる。


「無理に試すのはなしだぞ」


「分かってるよ」


スズちゃんは、思ったより真面目な声で答えた。


「声を出させるために拾ったわけじゃないから」


「じゃあ、何のためだよ」


「スタッフとして試す場所なら、作れると思ったから」


「……結構な博打じゃねぇか」


「そうだね」


スズちゃんは少しだけ笑った。


「昨日、一つ使い道が見つかった。でも、正しかったかどうかの答え合わせは、まだこれからだよ」


どうやら、ただの思いつきだけで拾ってきたわけではなさそうだ。

これならギリ狂人判定で吊らなくて済むか。


………あれ?でも狂人ってたしか人狼側だったような?


「姫野にだって、そういうとこあるんじゃない?」


「……なにが?」


「一生懸命だけど、うまくいかない子。怖がりだけど、頑張ろうとしてる子。そういう子を見ると、すぐ面倒見たくなる」


「ないって」


「昔の姫野みたいだから?」


「……っ」


アタシは、言葉に詰まってしまった。

少しだけ、廊下が静かになる。




忘れるはずもない――――数年前に起こった、あの世界的パンデミック。


世界が突然、止まった。


それまで「会うのが当たり前」だった日常が、まるごと剥ぎ取られて、人と人の距離が強制的に離された。


その代わりに急速に伸びたのが、動画や配信、e-sportsとかのオンラインサービスの類だ。


――この業界も、その波に乗って一気に跳ね上がった。


当時は、配信を始めさえすれば誰かしらが見に来てくれる時代だった。

ファンも配信者も「特別」であることを意識するより先に、「繋がれる」ことそのものに熱狂していた。

今思えば、あれは完全なるバブル景気でしかなかったんだろう。


けど、今はもう違う。


――そのバブルはもう崩壊した。

かつてのパンデミックも既に終息を迎えており、元の世界の姿に戻ってきている。


しかしその一方で、かつての熱狂ぶりが忘れられないのか、全体的なVtuberの数は今でも指数関数的に増え続けている。


そんなわけで、今じゃもう完全に飽和状態。

どこを見ても似たような声、似たような企画、似たような配信枠が並んでる。


その過程で、潰れていった人間を山ほど見てきた。


声が出なくなったやつ、燃え尽きたやつ、消えるように去っていったやつ。

名前なんて、もうほとんど思い出せない。

消滅した事務所も数知れず。


この世界って、そういう場所だ。

冷たいって言えば冷たいし、残酷って言えば本当に残酷。




(シビアな世界だよな、ホント……)


アタシは今の仕事が好きだし、誇りだって持ってる。

けど――それと同じくらい、どうしようもなく儚くて、脆い現実も知ってる。


「……だからだよ」


アタシは小さく言った。


「だから、怖ぇんだよ。ああいうやつが、ちょっと前に進み始めるとさ」


スズちゃんは黙って聞いている。


「できたって思う。見てもらえたって思う。そしたら、もっとやらなきゃってなる。ああいうタイプは、自分で自分を潰しかねない」


「うん」


「……危なっかしくて見てられないんだよ」


「優しいねぇ、姫野」


「違ぇよ。仕事上のリスク管理だ」


「ふふ。じゃあ、リスク管理として面倒見るんだ?」


「そうだよ」


「隣の席にするのも?」


「質問しやすいだろ。抱え込む前に気づける」


「あと、変な鳴き声がすぐ聞ける?」


「……業務上必要な観察だ」


「ギエピー」


「ギエピーはやめとけ」


スズちゃんがころころ笑う。

アタシも、つられて少しだけ笑ってしまった。


「あいつはやる気がある。声が一度仕事になったのも事実だ」


「うん」


「でも、あれを再現できるとは限らない。告知文だって一人じゃ完成させられなかった」


アタシはエナドリ缶を軽く振った。


「慎重なのはいい。でも、何かに気づいても報告できなきゃ意味がない。確認に時間をかけすぎれば、それ自体が事故になる」


「うん」


「声が出るようになれば全部解決、って話でもねぇ。あいつの声も、怖がり方も、仕事の中でどう扱うかだ」


スズちゃんは、少しだけ目を細めた。


「だから隣の席にしたの?」


「質問するまで時間がかかるなら、こっちから気づける位置に置く。報告の仕方も覚えさせる。まずはそこからだ」


「優しいねぇ」


「教育だ。新人教育」


「そっか」


スズちゃんは穏やかに笑った。


「開いてくれたらいいな、とは思うけどね」


「マジそれな。人前に立つと閉じる。褒めても閉じる。見られても閉じる。二枚貝かっての」


「アオガイ」


「……アオガイは二枚貝じゃないぞ」


「あ、そうなの。ミカンちゃん頭いい~」


「ミカンちゃんやめろ」


そもそも貝なのかどうかすら怪しい。

貝なのかタコなのか。


まぁどっちとも近いか、アイツ。

フニャフニャしてるし。


「……でもね、姫野」


スズちゃんは、穏やかに笑った。


「閉じてる子って、開いた時にすごいんだよ」


アタシはあえて何も言わなかった。


スズちゃんの言うことは、時々よく分からない。

けれど、人を見る目だけは妙に鋭い。

それをアタシは知っている。


「だから拾ったの」


「タレントとしてじゃなくて?」


「今はね」


「あんまり変な期待は持たせるなよ」


「期待はしてるよ。でも、タレントにしたいって意味じゃない。アオちゃんが、自分の声とか居場所を見つけられたらいいなっていう期待」


「……相変わらず、ふわっと重いこと言うな」


「姫野ほどじゃないよ~」


「アタシは重くねぇ」


スズちゃんはにへっと笑った。


「アオちゃんのこと、よろしくね」


「言われなくても見るよ」


「けど、ほどほどにね。姫野、気に入った子ほど構い倒すから」


「アタシを猛獣みたいに言うな」


「アオちゃん、すぐびっくりするから」


「知ってる」


「泣かせちゃだめだよ?」


「泣かせねぇよ」


「ほんとに?」


「泣かせたら、アンタがうるせぇだろ」


「うん。めちゃくちゃうるさいよ~」


アタシはため息をついた。

本当に、この人はずるい。

ふざけているようで、いつも大事なところだけは外さない。


「あ、そうだ」


ソファから立ち上がったスズちゃんが、いきなり何やらニヤついた表情でこちらに振り返った。


――まっずい。

アタシは嫌な予感がした。


「……おい。何企んでやがる」


「実はね~」


「おい」


「今日の収録、冒頭トークの尺が足りないかもなんだよね〜」


「ああ、そういや誰かが言ってたような……」


「だからさ、姫野」


「……何すか」


「……冒頭のつなぎ、お願いできる?」


「はい出たァアアアア!」


廊下にアタシの声が響いた。

通りすがりのスタッフが一瞬こちらを見て、”ああ、また清白さん絡みか”という顔で去っていく。


「収録まであと30分もねーんだよ!」


「えーでも姫野って機転が利くし、声通るし、空気読むの上手いし~」


「褒めて押し付けるな!」


「あと、今日ちょっとデレ成分多めだから、きっといい感じになるよ」


「デレ成分ってなんだよ!」


「アオちゃん効果?」


「あァん!?」


「ミカンちゃん照れてる〜!カワイ〜!」


「テメェはいつかブチ殺す!!」


スズちゃんは笑いながら、スタジオの方へ歩いていく。


遠藤はまだ危なっかしい。


仕事も遅い。

視線も泳ぐ。

謝罪も多い。

昨日の成功だって、次も同じようにできるとは限らない。


それでも、逃げずに見ようとはしていた。

分からないなりに、考えようともしていた。

なら、そのやり方が仕事として通用するかどうか。


見てやるくらいはいい。


先輩として。

運営スタッフとして。


……それから、まあ。

面白い鳴き声を聞くために。


「うちのモルモットに、カッコ悪い背中は見せらんねぇしな」


「ん? 姫野、今なんか言った?」


「……何でもねぇって」


「まぁウチらもちゃんとガンバんなきゃ。ね、センパイ?」


「聞こえてんじゃねぇか!」


「責任重大だねぇ」


「誰のせいだ、誰の!」


スズちゃんが笑う。

クソ、やられた。やっぱコイツ人狼だった!


アタシは舌打ちしながら、スタジオの扉を押し開けた。


照明の白。

機材の熱。

スタッフの声。


いつものVSPが、そこにあった。

忙しくて、騒がしくて、胃に悪い。

それでも、何だか気分は悪くない。


「しゃあねぇ……よし、始めるぞ!」


アタシの声に、スタジオの空気が締まる。


そしてアタシは、頭の片隅で思っていた。

明日の朝、隣の席に座るあの根暗な新人が、どんな顔で「おはようございます」と言うのか。

それを少しだけ楽しみにしている自分のことは、まだ誰にも見抜かれたくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ