第6話:パイセン、運営新人の未来を憂う
スズちゃんはクッションを抱えたまま、ほけほけと笑っていた。
そんな彼女を見ていたとき、アタシの脳裏にある疑念が芽生えた。
――どうにもこの人が、ただの思いつきで遠藤アオを拾ってきたとは思えないのだ。
いや、そうでもないか?ただの勘で拾ってきた可能性も捨てきれないな。
え、ガチで分からん。ホントにどっちだ?
ていうか、そもそも何でこんな推理をしなきゃいけねーんだよ。
もう狂人を通り越して人狼だろ、この人。
…………早いとこ吊っといた方がいいかもしれん。
「……なぁ、スズちゃん」
「ん~?」
「あの新人のことさ」
「アオちゃん?」
「そう。遠藤」
アタシはエナドリの缶を揺らした。
「もしかしてアンタ、あいつの声が裏方でも使えるって、最初から分かってたのか?」
「仮ナレーションのこと?」
「それ」
スズちゃんは、少し考えるように天井を見た。
「いや。あんな使い方ができるところまでは、全然読んでなかったよ」
「……意外と素直に認めたな」
「私、予言者じゃないし」
「普段の言動が予言者か詐欺師なんだよ」
スズちゃんは気にせず続けた。
「ただ、表に立てないからって、あの声に使い道がないとは思わなかった」
「運営で何かに使えるかもしれない、と」
「そこまで具体的でもないかな」
スズちゃんはクッションへ顎を乗せた。
「でも、面接のときね。アオちゃん、めちゃくちゃ緊張してたんだよ」
「だろうな」
「声も出てなかったし、質問にもまともに答えられてなかったし……FXで有り金全部溶かす人の顔してたし」
「え、マジ?顔芸もできたのかよアイツ」
「いやホント。盛り無しね、コレ。思わず笑っちゃったもん」
「超見たかったんだけど」
「ミカンちゃん性格わる……」
「アンタが言うな」
「でも、人の目は見られないのに、周りは見てたんだよ」
スズちゃんは、自分の目元を軽く指した。
「面接官が資料を出す順番。案内係が止まった場所。審査員がよく見ていた資料。自分のことで精いっぱいなのに、目だけは周りを拾ってた」
「自信がないから見てただけかもしれないだろ」
「うん。判断が遅いだけかもしれない。運営に向いてるかどうかも、分からなかった」
「おい」
「だから、運営なら成功すると思って拾ったわけじゃないよ」
スズちゃんの声が、少しだけ静かになる。
「自分を売り込む場所では何も出せなかった。だったら、自分以外のものへ集中できる場所なら、違うものが出るかもしれないと思ったの」
アタシは、昨日の防音ブースを思い出した。
一人。
読む文章が決まっている。
本人を評価する場ではない。
仕事を止めないことへ集中している。
その時だけ、あの声が出た。
そして、もう一度を求められた瞬間に消えた。
「条件はありそうだな」
「うん。でも、まだ仮説」
「一人で、決まった文章を、確認作業として読む」
「それに、声そのものを意識しないこと」
「そこが一番めんどくせぇな」
出そうとすれば出ない。
褒められても出ない。
見られていると分かっただけで閉じる。
仕事で安定して使うには、不確定要素が多すぎる。
「無理に試すのはなしだぞ」
「分かってるよ」
スズちゃんは、思ったより真面目な声で答えた。
「声を出させるために拾ったわけじゃないから」
「じゃあ、何のためだよ」
「スタッフとして試す場所なら、作れると思ったから」
「……結構な博打じゃねぇか」
「そうだね」
スズちゃんは少しだけ笑った。
「昨日、一つ使い道が見つかった。でも、正しかったかどうかの答え合わせは、まだこれからだよ」
どうやら、ただの思いつきだけで拾ってきたわけではなさそうだ。
これならギリ狂人判定で吊らなくて済むか。
………あれ?でも狂人ってたしか人狼側だったような?
「姫野にだって、そういうとこあるんじゃない?」
「……なにが?」
「一生懸命だけど、うまくいかない子。怖がりだけど、頑張ろうとしてる子。そういう子を見ると、すぐ面倒見たくなる」
「ないって」
「昔の姫野みたいだから?」
「……っ」
アタシは、言葉に詰まってしまった。
少しだけ、廊下が静かになる。
忘れるはずもない――――数年前に起こった、あの世界的パンデミック。
世界が突然、止まった。
それまで「会うのが当たり前」だった日常が、まるごと剥ぎ取られて、人と人の距離が強制的に離された。
その代わりに急速に伸びたのが、動画や配信、e-sportsとかのオンラインサービスの類だ。
――この業界も、その波に乗って一気に跳ね上がった。
当時は、配信を始めさえすれば誰かしらが見に来てくれる時代だった。
ファンも配信者も「特別」であることを意識するより先に、「繋がれる」ことそのものに熱狂していた。
今思えば、あれは完全なるバブル景気でしかなかったんだろう。
けど、今はもう違う。
――そのバブルはもう崩壊した。
かつてのパンデミックも既に終息を迎えており、元の世界の姿に戻ってきている。
しかしその一方で、かつての熱狂ぶりが忘れられないのか、全体的なVtuberの数は今でも指数関数的に増え続けている。
そんなわけで、今じゃもう完全に飽和状態。
どこを見ても似たような声、似たような企画、似たような配信枠が並んでる。
その過程で、潰れていった人間を山ほど見てきた。
声が出なくなったやつ、燃え尽きたやつ、消えるように去っていったやつ。
名前なんて、もうほとんど思い出せない。
消滅した事務所も数知れず。
この世界って、そういう場所だ。
冷たいって言えば冷たいし、残酷って言えば本当に残酷。
(シビアな世界だよな、ホント……)
アタシは今の仕事が好きだし、誇りだって持ってる。
けど――それと同じくらい、どうしようもなく儚くて、脆い現実も知ってる。
「……だからだよ」
アタシは小さく言った。
「だから、怖ぇんだよ。ああいうやつが、ちょっと前に進み始めるとさ」
スズちゃんは黙って聞いている。
「できたって思う。見てもらえたって思う。そしたら、もっとやらなきゃってなる。ああいうタイプは、自分で自分を潰しかねない」
「うん」
「……危なっかしくて見てられないんだよ」
「優しいねぇ、姫野」
「違ぇよ。仕事上のリスク管理だ」
「ふふ。じゃあ、リスク管理として面倒見るんだ?」
「そうだよ」
「隣の席にするのも?」
「質問しやすいだろ。抱え込む前に気づける」
「あと、変な鳴き声がすぐ聞ける?」
「……業務上必要な観察だ」
「ギエピー」
「ギエピーはやめとけ」
スズちゃんがころころ笑う。
アタシも、つられて少しだけ笑ってしまった。
「あいつはやる気がある。声が一度仕事になったのも事実だ」
「うん」
「でも、あれを再現できるとは限らない。告知文だって一人じゃ完成させられなかった」
アタシはエナドリ缶を軽く振った。
「慎重なのはいい。でも、何かに気づいても報告できなきゃ意味がない。確認に時間をかけすぎれば、それ自体が事故になる」
「うん」
「声が出るようになれば全部解決、って話でもねぇ。あいつの声も、怖がり方も、仕事の中でどう扱うかだ」
スズちゃんは、少しだけ目を細めた。
「だから隣の席にしたの?」
「質問するまで時間がかかるなら、こっちから気づける位置に置く。報告の仕方も覚えさせる。まずはそこからだ」
「優しいねぇ」
「教育だ。新人教育」
「そっか」
スズちゃんは穏やかに笑った。
「開いてくれたらいいな、とは思うけどね」
「マジそれな。人前に立つと閉じる。褒めても閉じる。見られても閉じる。二枚貝かっての」
「アオガイ」
「……アオガイは二枚貝じゃないぞ」
「あ、そうなの。ミカンちゃん頭いい~」
「ミカンちゃんやめろ」
そもそも貝なのかどうかすら怪しい。
貝なのかタコなのか。
まぁどっちとも近いか、アイツ。
フニャフニャしてるし。
「……でもね、姫野」
スズちゃんは、穏やかに笑った。
「閉じてる子って、開いた時にすごいんだよ」
アタシはあえて何も言わなかった。
スズちゃんの言うことは、時々よく分からない。
けれど、人を見る目だけは妙に鋭い。
それをアタシは知っている。
「だから拾ったの」
「タレントとしてじゃなくて?」
「今はね」
「あんまり変な期待は持たせるなよ」
「期待はしてるよ。でも、タレントにしたいって意味じゃない。アオちゃんが、自分の声とか居場所を見つけられたらいいなっていう期待」
「……相変わらず、ふわっと重いこと言うな」
「姫野ほどじゃないよ~」
「アタシは重くねぇ」
スズちゃんはにへっと笑った。
「アオちゃんのこと、よろしくね」
「言われなくても見るよ」
「けど、ほどほどにね。姫野、気に入った子ほど構い倒すから」
「アタシを猛獣みたいに言うな」
「アオちゃん、すぐびっくりするから」
「知ってる」
「泣かせちゃだめだよ?」
「泣かせねぇよ」
「ほんとに?」
「泣かせたら、アンタがうるせぇだろ」
「うん。めちゃくちゃうるさいよ~」
アタシはため息をついた。
本当に、この人はずるい。
ふざけているようで、いつも大事なところだけは外さない。
「あ、そうだ」
ソファから立ち上がったスズちゃんが、いきなり何やらニヤついた表情でこちらに振り返った。
――まっずい。
アタシは嫌な予感がした。
「……おい。何企んでやがる」
「実はね~」
「おい」
「今日の収録、冒頭トークの尺が足りないかもなんだよね〜」
「ああ、そういや誰かが言ってたような……」
「だからさ、姫野」
「……何すか」
「……冒頭のつなぎ、お願いできる?」
「はい出たァアアアア!」
廊下にアタシの声が響いた。
通りすがりのスタッフが一瞬こちらを見て、”ああ、また清白さん絡みか”という顔で去っていく。
「収録まであと30分もねーんだよ!」
「えーでも姫野って機転が利くし、声通るし、空気読むの上手いし~」
「褒めて押し付けるな!」
「あと、今日ちょっとデレ成分多めだから、きっといい感じになるよ」
「デレ成分ってなんだよ!」
「アオちゃん効果?」
「あァん!?」
「ミカンちゃん照れてる〜!カワイ〜!」
「テメェはいつかブチ殺す!!」
スズちゃんは笑いながら、スタジオの方へ歩いていく。
遠藤はまだ危なっかしい。
仕事も遅い。
視線も泳ぐ。
謝罪も多い。
昨日の成功だって、次も同じようにできるとは限らない。
それでも、逃げずに見ようとはしていた。
分からないなりに、考えようともしていた。
なら、そのやり方が仕事として通用するかどうか。
見てやるくらいはいい。
先輩として。
運営スタッフとして。
……それから、まあ。
面白い鳴き声を聞くために。
「うちのモルモットに、カッコ悪い背中は見せらんねぇしな」
「ん? 姫野、今なんか言った?」
「……何でもねぇって」
「まぁウチらもちゃんとガンバんなきゃ。ね、センパイ?」
「聞こえてんじゃねぇか!」
「責任重大だねぇ」
「誰のせいだ、誰の!」
スズちゃんが笑う。
クソ、やられた。やっぱコイツ人狼だった!
アタシは舌打ちしながら、スタジオの扉を押し開けた。
照明の白。
機材の熱。
スタッフの声。
いつものVSPが、そこにあった。
忙しくて、騒がしくて、胃に悪い。
それでも、何だか気分は悪くない。
「しゃあねぇ……よし、始めるぞ!」
アタシの声に、スタジオの空気が締まる。
そしてアタシは、頭の片隅で思っていた。
明日の朝、隣の席に座るあの根暗な新人が、どんな顔で「おはようございます」と言うのか。
それを少しだけ楽しみにしている自分のことは、まだ誰にも見抜かれたくなかった。




