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第48.5話:モルモット、余命宣告される

Green Peasが何者なのか。

その定義がVSP内部で固まった翌日。


遠藤アオは、何も知らなかった。


自分の活動名について、本名も年齢も経歴も普段の声も外へ出さず、歌う時だけ世界へ現れる存在として扱う方針が決まったことも。

そのための公式ビジュアルを作る話が進んでいることも。

アリエラ・グレイスとのデュエットという、とんでもない計画がいよいよ現実のものとして動き始めていることも。


当然、何一つ知らなかった。


ただし。

知らない本人のすぐ近くには、それらを全部知っている人間がいた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


昼過ぎ。

運営フロアの一角。


大澄、清白、九、蓮見の4人が、一斉に遠藤アオを見ていた。


その視線の先で、アオは自分のパソコンへ向かっている。

本人はまだ気づいていない。


「……社長」


九が小声で呼ぶ。


「なに」


「見すぎっす」


「九も見てるじゃん」


「社長が見始めたからっすよ」


「私は九さんが見たからです」


蓮見が静かに言った。


「私は皆が見てたので~」


最後に清白が答えた。

全員、原因を他人へ押しつけた。

それでも誰1人としてアオから完全には目を離さない。


理由は1つだった。


今日の夕方。

大澄たちは、アオ本人へ今回の計画を正式に説明することになっている。


アリエラ・グレイスとのデュエット。

Green Peasという名義の扱い。

匿名性。

公式ビジュアル。


そして、その先にある世界規模での展開。


説明しなければならないことが多い。

多すぎる。

しかも話の規模が規模である。


途中の1項目だけ先に知れば、アオが余計な想像を膨らませて混乱しかねない。そのため4人の間では、本人には断片的に漏らさず、一度に全体像を説明することになっていた。


つまり今は。

絶対にバレてはいけない。


そんな時だった。


「……あの」


アオが振り返った。

4人の身体が僅かに固まる。


「さっきから……何か、ご用ですか?」


4人が自分を見ている。

しかも目が合った瞬間、微妙に逸らされた。

極度の人見知りであるアオにとって、これほど恐ろしい状況はなかった。


何かした。

絶対に何かした。

それも、4人まとめて自分を見る程度には大きな何かを。


だが。


「何もないよ」


大澄が答えた。


「う~ん?何でもないよ〜?」


清白が続く。

相変わらず誤魔化すのが下手クソである。


「特にないっす」

「ありません」


九。

蓮見。

4人がほぼ同時に否定した。


アオの顔から血の気が引いた。


絶対にある。

むしろ今ので確信した。


「そ、そうですか……」


アオはゆっくり前を向いた。


背中が強張っている。

その様子を見た4人の間にも、別の緊張が走った。


大澄は思った。

――なんか知ってない?


清白は思った。

――アオちゃん、明らかに何か察してるねぇ。


九は思った。

――いや待って。これ、どっかから情報踏んでない?


蓮見は思った。

――何か見ました?


4人とも別々のものを疑っていた。


最初に動いたのは大澄だった。

今回の計画全体を最終的に決裁したのは自分だ。


中でも最大の爆弾は間違いなく、アリエラ・グレイスとのデュエットである。


万が一、何らかの経路からそこだけ先に漏れていたら。

今日の説明順を変えなければならない。


大澄は少し考えた。


確認する方法はある。

露骨に聞く必要はない。

自然な会話の中でアリエラの名前を出し、その時の反応を見る。


もし不自然に固まったら。

クロ。


完璧だった。

少なくとも大澄の中では。


「遠藤」


「ひゃい」


突然社長から呼ばれ、アオの声がひっくり返った。


「アリエラ・グレイスって聴く?」


アオの手が止まった。


大澄の目が細くなる。


止まった。


「……聴き、ます」


「最近?」


「最近は……結構」


大澄の中で警報が鳴った。


最近。

なぜ最近。

ちょうどアリエラがVSPへ接触してきた時期ではないか。


――クロでは?

大澄が清白を見る。


その視線を受けた清白は別の意味で緊張した。


――カガリちゃんも気づいた。

やっぱりアオちゃん、何か察してる。


九も二人の視線を見る。


――社長と清白さんまで反応した。

マジで何か漏れてる?


蓮見は三人を見る。


――全員、同じことを考えてる。

情報漏洩の可能性あり。


4人の中で、危機感だけが綺麗に同期した。


しかし。

アオが最近アリエラの曲を聴いている理由は、極めて単純だった。


Green Peas騒動の後、海外アーティストの名前が大量に目へ入るようになった。

その中でも特に名前を見る機会が多かったのが、最近来日したというアリエラ・グレイスだった。


世界的歌姫。

せっかくだから聴いてみよう。

ただ、それだけである。


本人はまさか、その世界的歌姫が自分と歌うため日本まで来ているとは夢にも思っていない。


何も知らない。

本当に何も知らない。


しかし4人にはもう、そう見えなくなっていた。


次に動いたのは九だった。


仮にデュエットそのものは知らなくても、別ルートがある。


ここ数日、Green Peasの権利整理を相当な人数が動いている。


共有ドライブ。

申請書類。

名義確認。

法務部内のやり取り。


九自身、かなりの数の資料を作った。


アオは運営スタッフである。

何かの拍子に断片を見ても不思議ではない。


なら。

ここも確かめる。


九はアオのデスクへ近づいた。


「うぃ~す、アオちゃん」


「は、はい」


「ちょっと聞きたいんだけど~」


その前置きだけで、アオの背筋が伸びた。


法務の九ナルミから「ちょっと聞きたい」。

怖い。

非常に怖い。


「Green Peasって名前、今後も使いたいっしょ?」


アオは瞬きをした。


「……え?」


九の目が鋭くなる。


今、一瞬止まった。


「いや、活動名として」


「つ、使えるなら……」


「使えるなら?」


「……その、他の人が使ってたとか……権利的に駄目とか、あるんですか?」


九の思考が止まった。


権利。

アオの口から権利。

――クロ。


いや待て。

何でそこまで発想飛ぶの。

普通、「急に何ですか?」とかじゃない?


九が大澄を見る。

大澄も九を見る。


大澄の中では、

――九まで何か掴んだ。


九の中では、

――社長、やっぱ知ってる顔してる。


2人とも全然違うことを考えている。


清白はその2人の視線を見て、

――やっぱり何かありますねぇ。


と思った。


蓮見も、

――法務側でも反応あり。


と判断した。


疑惑がさらに補強された。


ちなみにアオがいきなり「権利」を心配した理由も単純だった。


九は法務担当である。

その九から突然、活動名を今後も使いたいかと聞かれた。

なら何か権利上の問題が起きたのではないか。


そう思っただけだった。

むしろ非常に真っ当な推論だった。


だが。

その真っ当さが、最悪の方向へ刺さった。


清白は黙ってアオを観察していた。

大澄や九とは、少し見ているものが違う。


情報が漏れたかどうか。

それももちろん大事だ。


でも清白が気になるのは、その先だった。


もしアオが何かを察しているなら。

どう感じている?

怖がっているのか。

逃げたがっているのか。


それとも。

ほんの少しでも、期待しているのか。


今のアオは明らかに緊張している。

こちらを見る回数も多い。

でも、目が合うと逸らす。


何か聞きたい。

けれど聞けない。

そんな顔に見える。


清白は知っている。


アオは隠し事が上手い人間ではない。

むしろ信じられないくらい分かりやすい。


だったら。

もう少しだけ踏み込めば分かる。


「ねぇねぇアオちゃん」


「は、はい」


今日3度目。

アオはもう呼ばれるだけで怯え始めていた。


「最近何か気になってることとか、あるかな~?」


「…………」


アオが黙った。


清白の目が細くなる。

――ある。


「会社のことで」


さらに条件を絞る。


アオの肩が僅かに跳ねた。


――クロ。

清白の中で、かなり濃くなった。


「何か、ありません?」


「…………その」


アオが大澄を見る。

次に九。

蓮見。

最後に清白へ戻る。


4人全員を見た。

4人全員の心臓が、それぞれ別の理由で跳ねた。


――全員が関係してるって気づいてる。

大澄。


――やっぱ企画の存在そのものを察してる。

清白。


――法務だけじゃない。全体まで行ってる?

九。


――制作側まで含まれてると認識されてる。

蓮見。


4人同時にクロ判定。


一方その頃。


アオの脳内は

――絶対、私、何かやらかした。


だった。


会社のことで気になること。

ある。

今まさにありまくりである。


社長。

運営統括。

法務。

クリエイター。


その4人が、朝から自分のことを見ている。

これ以上気になる会社のことがあるだろうか。


むしろ教えてほしい。

私は何をしたんですか。


しかし怖くて聞けない。


アオは最終的に、

「……い、今は、大丈夫です」


と答えた。


清白の背筋に冷たいものが走った。


今は。

今は大丈夫。


つまり何かある。

そう聞こえた。


完全なる誤読だった。


最後まで黙っていた蓮見も、いよいよ不安になってきた。


自分の担当領域で一番漏れてはいけないもの。

それは、公式ビジュアルだった。


まだデザインすら始まっていない。

だが、Green Peas本人の容姿を公開せず、代わりに視覚的な姿を与えること自体は決まっている。


その先には、将来的な3D化もある。

ここだけ中途半端に本人へ伝わるのはまずい。


「遠藤さん」


「……はい」


声がもう弱い。


蓮見は少し迷った。


直接は聞けない。

なら一般論で探る。


「3Dモデルについてどう思いますか?」


「…………」


アオが完全に停止した。

蓮見も停止した。


大澄。

清白。

九。


3人も止まった。

――なぜその質問をした。


全員の視線が蓮見へ集まる。


蓮見は少しだけ目を逸らした。


その動きを見て、大澄が思う。

――蓮見、何か掴んでる。


九が思う。

――3D側まで漏れてる?


清白が思う。

――カンナちゃんまで確信した。


蓮見自身は。

――今の反応、知ってる?


そしてアオは。

――何で急に3Dの話?


だった。


蓮見は続ける。


「たとえば、本人とは全然違う姿の3Dモデルを使うことについて」


アオはますます分からない。

ただ、仕事の質問だと思った。


VSPでは3Dライブも行う。

蓮見から仕事上の意見を求められること自体は、不自然ではない。


アオは少し考えた。


「……本人が、嫌じゃなければ……いいんじゃないでしょうか」


蓮見の目が僅かに開く。


本人が嫌じゃなければ。

Green Peasのビジュアル設計で、最重要とされている部分。


本人の意思。

偶然。

あまりにも核心を突いた。


「外から見て、その人だって分かれば……本人と同じ顔じゃなくても、別に……」


蓮見の中で。

クロ。


九の中で。

クロ。


清白の中で。

クロ。


大澄の中でも。

よく分からないけど、多分クロ。


4人の疑惑が最高潮へ達した。


なおアオは、朝一番で別タレントの3Dライブ映像を確認する仕事をしていた。

その中に、本人の外見とはまるで異なるアバターが映っていた。

だから、そう答えただけだった。


何も知らない。

恐ろしいほど何も知らない。




――そこから場は完全におかしくなった。


誰も直接聞けない。

聞けば、それ自体が情報漏洩になる。

↓

だから探る。

↓

探るからアオが怯える。

↓

アオが怯えるから、何か知っているように見える。

↓

そして、その反応を見た別の誰かがさらに探る。


地獄の永久機関が完成した。

無限ループって怖くね?


「遠藤、海外って興味ある?」


大澄。


「……旅行ですか?」


――質問で返した。警戒してる。

大澄、クロ判定。


「アオちゃん、自分の名前で検索とかします?」


清白。


「……た、たまに……」


――エゴサしてる。

清白、クロ判定。


実際はGreen Peas騒動後、怖いもの見たさで1度検索しただけである。


「知らない会社からメール来たりしてないっすよね?」


九。


「……最近、いっぱい来てます」


――外部接触あり。

九、クロ判定。


実際はVSPの代表窓口へ届く大量の問い合わせを業務上見ているだけである。


「新しいビジュアルを作るなら、髪は長い方と短い方、どちらがいいと思います?」


蓮見。


「え……私が決めるんですか?」


――自分のビジュアルだと認識してる?

蓮見、クロ判定。


実際は「なぜ私にタレントのデザインを決めさせるのだろう」と混乱しているだけである。


もうめちゃくちゃだった。


そして恐ろしいのは。

4人とも、それぞれの専門領域では優秀だったことである。


人間を見る清白。

権利を見る九。

映像と制作を見る蓮見。

最後に責任を取る大澄。


全員、自分が見たもの自体は間違っていない。


アオは確かに緊張している。


権利という言葉にも反応した。

3Dについて考えた。

海外からの問い合わせも知っている。

アリエラの曲も聴いている。


事実は全部正しい。


ただ。

それらを繋いだ物語だけが、1つ残らず間違っていた。


そしてアオ側でも、別の物語が完成しつつあった。


社長に海外について聞かれた。

運営統括にエゴサの有無を確認された。

法務に外部からの連絡について聞かれた。

編集担当から謎の3D質問をされた。


しかも。

4人が自分の返答を聞くたびに、目配せをしている。


間違いない。

私は何かをやらかした。

たぶん相当まずい。


何だ。

何をした。


広告入稿?

アカウント?

素材?

個人情報?

権利?

昨日確認した動画?

もしかして、また何か見落とした?


アオの頭の中で、自分が過去一週間に触った仕事が高速で再生されていく。


何1つ思い当たらない。

それが逆に怖い。

気づいていないだけなのでは。

自分だけが重大事故に。


「…………」


アオの顔がどんどん青くなっていった。


それを見た清白が思う。

――やっぱり、知ってる。


九が思う。

――完全に心当たりある顔してる。


蓮見が思う。

――かなり深いところまで見られてる。


大澄が思う。

――これ、夕方まで引っ張ったら可哀想じゃない?


ここで初めて大澄だけが、少し正解へ近づいた。

ただし、近づいただけだった。


「……ねえ」


大澄が小声で3人へ呼びかける。

アオに聞こえないよう、少しだけ身体を寄せる。


「もう言っちゃう?」


九が眉を寄せる。


「今日夕方の予定じゃなかったです?」


「でも、あれ絶対気づいてるよ」


「ウチもそう思うっす」


清白も頷く。


「この状態で何時間も待たせる方が可哀想かもしれませんねぇ」


蓮見も異論はなかった。


「準備はほぼ終わっています」


決まった。

前倒をする。

その方がお互いのためだ。


大澄がアオを見る。


「遠藤」


「っ、はい!」


今度こそアオは飛び上がった。


「悪いけど、予定変更だ」


アオの喉が鳴った。


予定。

何の予定か、何1つ知らない。


「30分後、社長室来てくれる?」


「…………はい」


世界が止まった。


大澄。

清白。

九。

蓮見。


今日ずっと続いていたこの4人からの謎の尋問。


そして30分後の社長室への呼び出し。


全部が1本に繋がった。

アオの頭の中で最悪の方向へ。


「……わかりました」


何とかそれだけ答えた。


大澄たちは安堵した。

もう隠さなくていい。

あと30分で、全部説明できる。


アオもある意味では安堵した。

あと30分で自分が何をやらかしたのか判決が出る。


両者の認識は最後まで1ミリも噛み合わなかった。




――30分後。

社長室へ向かうため、アオは静かに席を立った。


念のため。

本当に念のため。


作業中のファイルを全部保存した。

共有フォルダも整理した。

自分しか分からないメモには補足を書いた。

今日進めていた広告入稿の進捗も残した。


もし。

万が一。

明日から自分がここにいなくても。

誰かが困らないように。


「…………よし」


小さく頷く。

そこまでしてから、アオは死刑台へ向かう囚人のような足取りで、社長室へ向かった。


もちろんクビの話など一切ない。

むしろ逆である。


その扉の向こうで待っているのは、世界的歌姫アリエラ・グレイスとのデュエット。


Green Peas専用の公式ビジュアル。

公式ホームページ。

公式チャンネル。


そして。

世界へ向けて、本格的にGreen Peasを送り出すという。

遠藤アオの想像力を遥か彼方へ置き去りにした、VSP史上でも一世一代の巨大計画だった。


またしても何も知らないモルモット。

しかし、その平穏もあと数分で終わる。


この小心者の心臓は無事に生還できるのか。

果たしてモルモットの未来は如何に。


次回。

遠藤アオ、死す。

デュエルスタンバイ!

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