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閑話:センパイとコウハイ、コミュ障について語らい合う


「豊臣先輩、今ちょっといいですか?」


「はいぃ。大丈夫ですよぉ」


VSPの休憩スペース。


声をかけると、豊臣先輩は手にしていたカップをテーブルへ置いた。


VSPの立ち上げ当初から活動している、大先輩。

年数だけを考えれば緊張してもおりしているせいか、不思議と話しかけにくさはない。


ただ、今日聞きたいことは、少しだけ聞きにくかった。


「昨日の歌枠……すごいことになってますね」


「そうですねぇ」


豊臣先輩は困ったように笑う。


「私も、ここまでになるとは思っておりませんでしたぁ」


「私も見ました」


「ありがとうございますぅ」


「リアルタイムで」


「まあ」


「コメントが止まったところも」


「…………」


豊臣先輩が少しだけ視線を逸らした。


「私、その頃にはコメントを見ておりませんでしたぁ」


「そうなんですか?」


「はいぃ。途中までは見ていたんですけれどぉ……いつの間にか、歌うことに集中してしまいましてぇ」


それは珍しい。

豊臣先輩は歌枠でも、曲間にはかなりコメントを見るタイプだ。


「……楽しかったですか?」


聞くと、豊臣先輩は、少しだけ考えた。


「楽しかったですぅ」


声が柔らかくなる。


「今までで、一番気持ちよく歌えたかもしれませんねぇ」


「あれだけ歌えたら、そうでしょうね」


「私だけの力ではありませんよぉ」


すぐに返ってきた。


「あの方、とても合わせるのがお上手なんですぅ」


あの方。

言わなくても誰のことか分かった。


「遠藤さんですか?」


「はいぃ」


豊臣先輩は頷く。


「最初からお上手でしたけれどぉ、途中からは……何と言えばよいのでしょうねぇ」


少し困ったように首を傾げる。


「私がどんなふうに歌っても、大丈夫な気がしたんですぅ」


「大丈夫?」


「少し溜めても。伸ばしても。いつもと違う歌い方をしても。遠藤さんが、ちゃんとそこにいてくださるような」


「…………」


「なので、途中から好きなように歌ってしまいましたぁ」


なるほど。

あの歌枠。

世間では今、遠藤さんの歌声ばかりが話題になっている。


けれど、私が聞いていて驚いたのは、それだけではなかった。


豊臣先輩も、明らかに後半の方が良かった。


長く活動している人だ。

歌枠だって何度も見たことがある。

その中でも、昨日の最後の一曲は明らかに違っていた。


「先輩まで引っ張られてたんですね」


「そうかもしれませんねぇ」


そこで豊臣先輩は、少しだけ笑った。


「ただ、遠藤さんに驚かされたのは、歌だけではありませんでしたぁ」


その言葉に、少しだけ姿勢を正す。


「……どうでした?」


「はい?」


「遠藤さん」


一拍。


「歌じゃなくて。マネージャーとして」


「ああ」


豊臣先輩は、納得したように頷いた。


「不思議な方ですねぇ」


「不思議?」


「私が1人でやろうとすると、止められてしまいますぅ」


思わず笑いそうになった。


「先輩、かなり1人でやりますもんね」


「そんなことはありませんよぉ」


「あります」


「…………」


「あります」


「2回も言わなくてもぉ」


自覚はあるらしい。


「でも、止めるだけではないんですぅ」


豊臣先輩が続ける。


「スポンサーさんのお仕事でも、私が一人で直そうとしていたものを、皆さんで分けてくださって。配信をしようとした時も、ただ『休んでください』と言われたわけではありませんでしたぁ」


「どう言われたんですか?」


「視聴者の方に大丈夫かと聞かれて、本当は大丈夫ではないのに大丈夫ですと答えるのは、私が大切にしていることと違うのではないかと」


「ああ……」


それは。

効くだろう。

豊臣先輩には、とても。


「ずるいですね」


「そうなんですぅ」


本人まで認めた。


「私が断りにくいところを、きちんと見つけてくるんですよぉ」


「それ、ずるいというより先輩が分かりやすいんじゃ」


「…………」


「すみません」


先輩に言うことではなかった。


けれど、豊臣先輩は怒らなかった。

むしろ少し楽しそうだった。


「昨日も、そうでしたぁ」


「歌枠ですか?」


「そうですぅ」


豊臣先輩の指が、カップの縁へ触れる。


「最後の曲が歌えないと分かった時、私は別の曲へ変更するつもりでしたぁ」


「本当は歌いたかったのに?」


「……そうですねぇ」


少しだけ声が小さくなる。


「でも、あそこで皆さんへ無理をお願いするのは違うと思いましたからぁ」


「それに遠藤さんが気づいた」


「気づかれてしまいましたねぇ」


やっぱり。


「遠藤さんに、『大丈夫なふりをしています』と言われましてぇ」


「そこまで言われたんですか?」


「はいぃ」


「容赦ないですね」


「ありませんでしたぁ」


豊臣先輩は苦笑する。


けれど。

嫌だったようには見えない。


「それでも、遠藤さんは『だから歌ってください』とは言わなかったんですぅ」


「…………」


「私に、本当は歌いたいのかと聞いてくださいましたぁ」


そして。

豊臣先輩は自分で答えた。


歌いたいと。


その後で、遠藤さんが自分から歌うと言った。


「最後は、先輩に選ばせたんですね」


「はいぃ」


その言葉が妙に胸へ残った。


「……やっぱり」


思わず漏れた。

豊臣先輩が首を傾げる。


「やっぱり、ですかぁ?」


「私の時も、そうだったので」


あの炎上。


最初は、早く謝らなければいけないと思っていた。


ファンに戻ってきてもらわないと。

嫌われないようにしないと。

そのための言葉を話さないと。


でも。

遠藤さんは、私の代わりに言葉を作ったわけではなかった。


ファンが何を怖がっているのか。

私が本当は何を言いたいのか。


その間にあったズレを見つけた。


一度だけ声にして。

私自身に、何を言いたかったのかを気づかせてくれた。


「遠藤さんがいなかったら、私はたぶん……もっと謝ってたと思います」


「謝って、ですかぁ?」


「はい。自分が悪いですって。戻ってきてくださいって」


あの時はそれが正しいと思っていた。


「でも、私が本当に言いたかったのは、違いました」


戻ってきてではなく。

戻りたいと思った時にまだここにいる。


「遠藤さん、それを見つけてくれました」


豊臣先輩は静かに聞いていた。


「だから……似てますね」


「そうですねぇ」


少しだけ間があって、豊臣先輩が微笑んだ。


「遠藤さんは、人のことになると随分前へ出ますねぇ」


「分かります」


「ご自分のことになると、すぐ後ろへ下がるのにぃ」


「すごく分かります」


2人で少し笑った。


昨日、世界中が遠藤アオという人を知った。

正確には顔も、本名も知らない。


ただ。

とんでもなく歌の上手いVSPの運営スタッフがいると知った。


今日になって、活動名も決まったらしい。


グリーンピース。


何とも遠藤さんらしいような、らしくないような名前だった。


「今は、歌の話ばかりですね」


私が言う。


「そうですねぇ」


「裏方セイレーンとか。歌姫スタッフとか」


「あらぁ」


豊臣先輩が少し楽しそうに笑った。


「遠藤さんが聞いたら困ってしまいそうですねぇ」


「白目剥いちゃうかもしれません」


「それは少し見てみたいですねぇ」


先輩も意外と人が悪い。


「でも」


私は続けた。


「遠藤さんのすごいところって、歌だけじゃないですよね」


豊臣先輩は、今度はすぐに頷いた。


「そうなんですぅ」


迷いのない返事だった。


「昨日の歌は、本当に素敵でしたぁ。でも、その前から遠藤さんには何度も助けていただいていますからぁ」


「私もです」


もし。

あの歌がなかったとしても。


私にとって、遠藤アオという人の評価は変わらない。


歌えるから。

世界中から声がかかっているから。

そんな理由で気になったわけではない。


「そういえば」


豊臣先輩が私を見る。


「先ほどから、ずいぶん遠藤さんのことを気にされていますねぇ」


「あ」


「何かあったんでしょうかぁ?」


「……そうですね」


そういえば。

まだ、豊臣先輩には話していなかった。


あの炎上事件が一段落した夜。

清白プロデューサーに私は1つ、お願いをした。


『次に私の担当をしてほしいマネージャーについてなんですけど――』


あの続きを。


「私、あの炎上のあと」


「はいぃ」


「次に担当してもらう人について、希望を出したんです」


「そうだったんですねぇ」


「はい」


豊臣先輩は、続きを待っている。


「遠藤さんをお願いしました」


「…………」


初めて、豊臣先輩の動きが止まった。

ほんの少しだけ。


「遠藤さんを、ですかぁ?」


「はい」


「その頃は、まだマネージャーではなかったのではぁ?」


「そうですね」


だから、すぐに担当になってもらえるとは思っていなかった。


それでも、希望を聞かれたから、1番最初に浮かんだ名前を言った。


「歌えることも?」


「知りませんでした」


即答した。


「声がすごい、という話もほとんど知りませんでした。少なくとも、昨日みたいな歌を歌えるなんて全然」


「では、どうして遠藤さんを?」


それは、もう決まっている。


「私が間違えそうな時に、止めてほしかったからです」


豊臣先輩が静かに聞く。


「でも、先に正しい答えを決める人じゃなくて」


自分の言葉を全部1人で守るのは怖い。

だからといって全部を運営へ預けるのも怖い。


あの炎上事件で、両方を知った。


「一緒に考えて。それでも最後は、私に選ばせてくれる人がよかったんです」


言ってから、少しだけ笑う。


「かなり面倒な注文ですよね」


「そうでしょうかぁ?」


「清白プロデューサーには、難しい注文だって言われました」


「では、遠藤さんは?」


豊臣先輩が尋ねる。


少しだけ考えた。


でも。

答えは変わらない。


「たぶん、そういう人です」


豊臣先輩も静かに笑った。


「私も、そう思いますぅ」


それから、少しだけ考えるように首を傾げた。


「ということはぁ……」


「はい?」


「私、先に遠藤さんを担当にしていただいてしまったんですねぇ」


「…………」


そうなる。


「申し訳ありませんでしたぁ」


「いや、先輩が謝るところじゃないです」


「でも、ご希望だったのでしょう?」


「指名予約したわけじゃないですから」


「そうですかぁ」


「そうです」


なぜか、とても先輩後輩らしくない会話になった。


「でも」


豊臣先輩は、カップを持ち上げながら言う。


「安心しましたぁ」


「何がですか?」


「遠藤さんが、私だけにああいう方だったわけではないと分かったのでぇ」


「…………」


少し分かる気がした。


私も今日ここへ来た理由は、たぶん同じだった。


自分の時だけだったのか。

偶然だったのか。

炎上という特殊な状況だったからなのか。


それを、豊臣先輩に聞きたかった。

結果、もっと面倒な人だと分かった。


炎上していても。

スポンサー案件でも。

配信前でも。

歌枠でも。


誰かが自分の本音を飲み込もうとしていると、あの人は。

自分が人前に出ることはあれだけ怖がるくせに、なぜか見つけてしまう。


「……先輩」


「はいぃ?」


「遠藤さん、大変ですね」


「そうですねぇ」


「担当される側じゃなくて、本人が」


豊臣先輩は少し考えて。


「ですからぁ」


柔らかく笑った。


「今度は、私たちも無理をさせないようにしないといけませんねぇ」


「ですね」


世界が見つけたのは、グリーンピースという名前と、そのとんでもない歌声だった。


でも。

その名前がつくより前から。

歌なんて知らなかった頃から。


遠藤アオという運営スタッフに、そばにいてほしいと思ったタレントはいた。


そして、それはどうやら、1人だけではなかったらしい。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


今回のお話をもちまして、第2章は完結となります。


第2章では、遠藤アオが思いがけない形で自分の「声」と向き合うことになり、その結果、彼女を取り巻く状況も大きく変わりました。


本人は相変わらず本人なのですが、周囲から見た「遠藤アオ」は、もう第1章の頃と同じではありません。


そして最後に、彼女自身が選んだ名前――「グリーンピース」。


ようやく、ここまで辿り着きました。


第1章から積み重ねてきたものが一つの形になった章でもあり、作者としても一区切りという感覚が強いです。


もちろん、アオの物語はまだ続きます。


声のこと。仕事のこと。そして、思いもよらないほど大きくなってしまった周囲からの期待。


「グリーンピース」という名前を手にした彼女が、これからVSPで何をしていくのか。


次章でも、相変わらず穏やかではないVtuber業界と、その裏側で右往左往する彼女たちを描いていきます。


ここまで楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります。


第2章までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
第2章お疲れ様でした 何度も読み返して、続きがもっと読みたいと思うほど面白いです 第3章も期待しています。
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