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第23話:狂人、コミュ障について回顧する

――炎上対応から、数日が経った。

火が消えたとは、まだ言えない。


素材利用範囲の確認。

外部共有資料の管理経路。

投稿前チェックフローの見直し。

関係企業への説明。

ファンへ向けた続報。


表から見えなくなった仕事ほど、後ろに長く残っている。

本人の動画にも、厳しい反応は続いていた。


運営が言わせたのではないか。

説明が足りない。

もう信用できない。

今後も応援できるか分からない。


それらは、一本の動画を公開した程度で消えるものではなかった。


私――清白メイカは、夜の会議室で報告書を閉じた。


向かいには、今回の炎上の当事者になったタレントが座っている。

目元の赤みは引いていた。


ただ、机の上の紙コップには、ほとんど手をつけていない。


「眠れてる?」


私が聞くと、彼女は少しだけ考えた。


「前よりは」


「便利な答えだね」


「嘘は言ってません」


「満点ではないけど、零点でもないやつ」


「そんな感じです」


小さく笑う。

それだけでも、事件の最中よりは呼吸が楽そうだった。


「動画を出したこと、後悔してる?」


今度は、答えるまでに少し時間がかかった。


「怖くはなりました」


「うん」


「優しいコメントもありました。でも、台本だって書かれているのも見ました」


紙コップの縁を指でなぞる。


「自分で決めて、自分で話したのに。それでも、そう見える人はいるんだなって」


「いるよ」


慰めるために否定はしなかった。


「一度失った信用は、こっちが説明した回数では戻らないから」


「……はい」


「戻らない人もいる。時間がかかる人もいる。今後の仕事を見て決める人もいる」


彼女は静かに頷いた。


「それでも、動画は出してよかったと思っています」


「どうして?」


「私が何も言わなかったら、あの告知に出ていた言葉だけが、私の言葉として残っていたからです」


その返事に、私はすぐ言葉を返せなかった。


今回の動画で、すべてを取り戻したわけではない。

取り戻せないものもある。


――それでも、間違った形で残りかけた言葉へ、本人が自分の言葉を置き直した。


守れたというより。

これ以上、運営側が奪わないところまで戻した。


その程度の結果だった。


「今回のことについて、私からも謝らせて」


姿勢を正す。


「告知文も、編集も、確認の仕組みも、運営側の問題だった。あなたが言葉を選び直さなければいけない状況を作ったのは、こっちだから」


「プロデューサーさんだけの責任じゃないです」


「うん。私一人の責任ではない」


否定せずに続ける。


「でも、だから私の責任じゃない、にもならない」


彼女は黙った。


「制作がやった。広報が出した。外部企業が誤って公開した。そうやって分ければ、それぞれの原因は説明できる」


机の上の報告書へ目を落とす。


「でも、あなたから見れば、全部VSPだからね」


「……そうですね」


「ファンから見ても、同じ」


部署ごとの事情は、外からは見えない。

事故の原因が違っていても、同じ組織の中で続けて起きれば、一つの姿勢に見える。


今回、それを思い知らされた。


「遠藤さんが言っていたことですね」


彼女が口にした。


「事故が、会社の意思に変わった」


「聞いてた?」


「あとから、少しだけ教えてもらいました」


「誰に?」


「姫野さんです」


「どこまで?」


「途中から遠藤さんの目が怖かったことまで」


「……そこも報告したんだ」


「重要事項だと言っていました」


思わず笑ってしまった。

姫野らしい。

ただ、笑ったあとに残ったものは軽くなかった。


「今回、アオちゃんがいなかったら、どうなっていたと思う?」


彼女は、すぐに答えなかった。


「もっと悪くなっていた……と思います」


「たぶんね」


「本人を出せばいいって、動画を急いでいたかもしれません」


「可能性はある」


「私も、早く謝らないといけないと思っていました」


「うん」


「ちゃんと説明しないと。戻ってきてほしいって言わないと。嫌われないようにしないとって」


膝の上で、指が固く組まれている。


「でも、それをそのまま言ったら、また違うものになっていたかもしれません」


「そこを拾ったのが、アオちゃんだった」


「はい」


彼女は少しだけ視線を下げた。


「私、遠藤さんが言葉を考えてくれたんだと思っていました」


「それは……ちょっと違うかな」


「違うんですか?」


「アオちゃんは、あなたの代わりに正しい言葉を作ったわけじゃない」


私は椅子の背へ体を預けた。


「あの子が拾ったのは、あなたが言おうとしていたことと、ファンが受け取るものの間にあったズレ」


「ズレ……ですか」


「最終的に何を言うか決めたのは、あなた。話したのも、公開を選んだのも、あなた」


アオちゃんの声が、答えだったわけではない。

あれは、答えを出すための一度の確認だった。


「遠藤さんがいなくても、自分で言えたでしょうか」


「分からない」


正直に答える。


「言えたかもしれない。時間がもっと必要だったかもしれない。最後まで別の言葉を選んだかもしれない」


「そこは、断言しないんですね」


「しないよ」


結果を見たあとなら、何でも必然だったように語れる。


アオちゃんには最初から才能があった。

私はそれを見抜いていた。

今回の配置も正しかった。


そう言ってしまえば、全部きれいにまとまる。


――けれど、実際は違う。


アオちゃんが途中で倒れる可能性もあった。

言葉を間違える可能性もあった。

姫野たちがうまく受け取れなければ、気づきは仕事にならなかった。

本人の動画が、さらに炎上を広げる可能性もあった。


「私がアオちゃんをスカウトした時、今回みたいなことができるって、全部見えていたわけじゃない」


「声が理由だったんですよね」


「最初はね」


あの声を、埋もれさせるのは惜しいと思った。

――それが出発点だった。


「周りをよく見ている子だとは思ってた。でも、炎上の構造まで拾うなんて知らなかった」


「プロデューサーさんにも、分からなかったんですね」


「分からないよ。人間だもの」


「たまに人間じゃないみたいな動きをしますけど」


「誰情報?」


「姫野さんです」


「……あんニャロ」


今度は彼女が笑った。

私も少しだけ笑う。


「だから、今回のことでアオちゃんを特別な切り札にしようとは思ってない」


「切り札?」


「困った時に放り込めば、本質を見抜いてくれる子」


言葉にしてみると、かなり危険だった。


「そんな使い方をしたら、たぶんすぐ壊れる」


「動画の時も、時間を決めていたと聞きました」


「姫野が止めた。正解だったよ」


アオちゃん本人は、役に立てるなら限界を越えてでも続けようとする。


少し前まで、送信ボタン一つで固まっていた子が。

必要だと言われた途端、自分の処理能力を越えて手を伸ばした。


――けど、美談にしてはいけない。


「今回うまく働いたから、次も同じように働くとは限らない」


「はい」


「だから、日常の仕事へ落とし込む必要がある。無理をしなくても気づきを渡せる形にして、誰かが確かめて、誰かが判断する」


「チーム遠藤、でしたっけ」


「姫野が聞いたら頭を抱えそうな名前だね」


「もう呼ばれているみたいですよ」


「あちゃ~……手遅れだったかぁ」


私は天井を見上げた。


「でも、ずっと四人一組で動けるわけじゃない。通常の担当業務の中で、どこまでできるのかはまだ分からない」


「失敗するかもしれない?」


「すると思うよ」


彼女が少し驚いた顔をした。


「連絡を忘れるかもしれない。タレントの前で固まるかもしれない。気づいたことを言えずに抱えるかもしれない」


「かなり不安ですね」


「かなりね」


「そこまで言います?」


「うまくいく前提で人を配置する方が怖いから」


できないことを、期待という名前で押しつけてはいけない。

今回の炎上で、本人の言葉を強く見せようとして、違う意味へ変えた。


――人材配置も同じだった。

才能があるからといって、本人が扱えない責任まで背負わせれば、結局は運営の都合で形を変えることになる。


「それでも、試すんですか」


「本人が望むなら。支える人と、止める仕組みを用意したうえでね」


「遠藤さんが嫌だと言ったら?」


「やらせない」


即答した。


「向いている可能性があることと、本人が引き受けられることは別だから」


「……なるほど」


彼女は紙コップを持ち上げ、ようやく一口飲んだ。


「私も、今回考えました」


「何を?」


「自分の言葉だから、全部自分だけで守らなきゃいけないと思っていました」


ゆっくりと紙コップを置く。


「でも、一人で守ろうとすると、怖くなって、何も言えなくなるんですね」


「あるね」


「かといって、全部運営に預けたら、今回みたいになるかもしれない」


「そうならないために、私たちがいるはずなんだけどね」


「はず、なんですね」


「今回、できてなかったから」


彼女は小さく頷いた。


「全部任せるんじゃなくて。一緒に考えて、それでも最後は私が選べるようにしてほしいです」


「うん」


「間違えそうな時は止めてほしい。でも、先に正しい答えを決めないでほしい」


「難しい注文だなぁ」


「プロならできますよね?」


少しだけ、挑むような笑顔だった。


「言うようになったねぇ」


「プロデューサーさんのタレントなので」


「それ、悪影響を認めたことにならない?」


「どうでしょう」


彼女は笑った。

事件前とまったく同じ笑い方ではない。

何かを失ったあとに、それでも出てきた笑顔だった。

それを元通りと呼ぶつもりはなかった。


傷は残る。

これからの配信でも、コメントの一つに身構えることがあるかもしれない。

周年企画の告知を見るたび、今回のことを思い出すかもしれない。

ファンの中にも、同じ傷は残る。

運営への不信も、まだ消えていない。


それでも、ここから何を選ぶかは残っている。


「今回の件、忘れなくていいからね」


私が言うと、彼女は目を瞬いた。


「忘れた方が、楽じゃないですか?」


「楽かもしれない。でも、なかったことにはしない」


「……はい」


「ただし、ずっと自分を責める材料にもしない。責任のある人間が、次の仕組みに変えるために覚えておく」


それが、今回の事故を美談にせず残す方法だった。


アオちゃんが活躍した事件。

五人が力を合わせて解決した事件。


そんな言葉だけで閉じてしまえば、失敗した仕組みも、傷ついた人も背景へ消える。


守れたものはある。

守れなかったものもある。

そして、次は同じ方法で守れるとは限らない。


だから仕組みを変える。

人の置き方も変える。

タレントと運営の距離も、もう一度考える。


「そういえば」


彼女が、少しだけ姿勢を正した。


「はい?」


「もう一つ、相談があります」


「炎上関係?」


「関係がないとは言えないかもしれません」


紙コップから手を離す。

表情は、先ほどまでより真剣だった。


「次に私の担当をしてほしいマネージャーについてなんですけど――」


第1章「VSP炎上編」はここまでとなります。

第2章では、アオがタレントとより近い立場で向き合っていきます。

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