第15話:VSP、火の手が広がり始める
画面の右上にある数字は、七件で止まらなかった。
九件。
十二件。
増えている。
まだ、一つひとつ追える速さだった。
それでも、誰も画面から目を離さなかった。
「蓮見」
姫野さんの声が飛ぶ。
「投稿のURL、時刻、内容を全部保存。広報には、削除前の表示記録も残させろ」
「すでに依頼しています」
蓮見さんの指がキーボードを走る。
「確認用URLは?」
「現在も有効です」
「止めろ。ほかに共有したリンクがあるなら、それも全部」
「対応します」
姫野さんは清白さんへ顔を向けた。
「スズちゃん。本人に連絡」
「うん。今は自分で何も投稿しないように伝える」
「まだ全部説明すんなよ。確認できてねぇことまで聞かせたら、本人も混乱する」
「分かってる」
清白さんの声から、いつもの軽さが消えていた。
タブレットを耳へ当て、その場を少し離れる。
「遠藤」
「は、はいっ」
肩が跳ねた。
姫野さんが、広報から共有された投稿一覧を指す。
「今見えてる反応を残せ。投稿の時刻と、何を見て書いたのか分かる範囲で一緒に」
「わ、私が……ですか?」
「全部判断しろとは言ってねぇ。消される前に拾え」
「……はい」
震える指で、一覧を開いた。
投稿内容。
投稿時刻。
元の投稿を直接見たのか。
誰かのスクリーンショットから知ったのか。
分からないものは、分からないままにする。
勝手に決めない。
確認できるものだけ。
最初の投稿を開く。
『今の周年告知、消えた?』
短い一文だった。
怒っているようには見えない。
何が起きたのか確かめようとしている。
次。
『一瞬だけ見えたけど、この子ってあんな強い言い方するタイプだっけ』
疑問形。
その次も。
『本人が確認した文章なのかな』
『ちゃんとついてきて、って言われるとちょっと寂しい』
『仕事で全部追えないんだけど、それでもファンでいていいよね?』
指が止まった。
その人の過去の投稿を開く。
数日前。
配信の感想が残っていた。
『最近リアタイできてないけど、無理しないでって言ってくれるの助かる』
もっと前には、周年グッズについて書かれている。
『全部は買えないけど、一番好きなのだけ買う』
タレントさんを責めたい、という書き方には見えなかった。
『それでもファンでいていいよね?』
確かめたいのは、タレントさんの間違いより、自分の居場所なのかもしれない。
別の投稿を開く。
『前は買える範囲でいいって言ってたよね』
その下に、返信がついていた。
『告知だから強めにしただけじゃない?』
『でも本人が言ってないなら嫌だな』
『言葉自体は本人が言ってたらしいよ』
まだ、誰も何が正しいのか分かっていない。
だから、確かめようとしている。
怒号ではなかった。
罵倒でもない。
疑問。
不安。
寂しさ。
投稿を一覧へ戻す。
その中に、先ほどとは違う言葉が混じり始めていた。
『ファンに全部追えって圧かけてるの普通にキツい』
『周年で集金宣言?』
『ついてこられない奴は切るってことね』
どれも、削除された投稿のスクリーンショットを引用している。
投稿時刻も確認する。
テスト投稿が公開されていた時間に書かれたもの。
削除前のURLへ直接返信していたもの。
それらは、元の投稿を見た可能性が高い。
一方、削除されたあとに画像付きの投稿を引用しているものは、スクリーンショットから知ったと判断できる。
判別できない投稿には、何も印をつけなかった。
元の投稿を直接見た人たちは、
――本当に?
――なのかな。
――少し寂しい。
そう書いていた。
スクリーンショットだけを見た人たちは、
――圧をかけている。
――集金宣言だ。
――ファンを切った。
言い切っている。
投稿時刻を並べる。
最初の数件。
その投稿を引用したもの。
さらに、それを見た人の反応。
少しずつ言葉が強くなっている。
「……あの」
声が喉に引っかかった。
姫野さんは自分の画面を見たまま答える。
「何だ」
「投稿が……少し、違っていて」
「何が違う」
うまく説明できない。
画面には、たくさんの言葉が並んでいる。
どこから話せばいいのか分からない。
「最初に見た人は……怒ってる、というより、その……確かめようとしてる人が多い気がします」
「何を?」
「自分が……まだファンでいていいのか、とか」
姫野さんの指が止まった。
「ついていけなかったら、置いていかれるのか……たぶん、それが怖くて」
「根拠は?」
責める声ではなかった。
確認するための声。
私は、開いていた投稿を姫野さんへ見せた。
「この人、前に……全部追えなくても助かるって書いていて。こっちの人も、買えるものだけ買うって……」
一つずつ指す。
「元の投稿を見た人は、疑問みたいな書き方が多いです。でも、スクリーンショットから見た人は……決まったことみたいに、書いていて」
姫野さんが投稿時刻を確認する。
「直接見た奴と、拡散で見た奴の温度が違うってことか」
「……たぶん」
「蓮見」
「確認します」
蓮見さんが、私の作った一覧を自分の画面へ映した。
直接投稿を見た反応。
スクリーンショットを引用した反応。
さらに、その引用だけを見た反応。
「現時点では、遠藤さんの指摘どおりです」
蓮見さんが言った。
「一次反応には疑問形が多い。二次拡散以降は、断定的な表現が増えています」
私がぼんやりと感じていた違いが、画面の上で分けられていく。
「まだ件数が少ないため、傾向と断定はできません。ただ、分けて記録する価値はあります」
「続けろ」
姫野さんが私を見る。
「怒ってる、で全部まとめんな。何を怖がってるかも残せ」
「は、はい」
その時、清白さんが通話を終えて戻ってきた。
「本人には伝えた。今は投稿せず、連絡を待ってもらう」
「様子は?」
「驚いてる。でも、まだ詳細は話してない」
清白さんが端末を下ろす。
「キューちゃんも呼んだ。もう来るって」
「早ぇな」
「『燃えてから法務呼ぶの、普通にトロすぎて草も生えん』だって」
姫野さんが眉間を押さえた。
「言い方ァ……」
短いやり取りだった。
誰も笑わなかった。
けれど、張りつめていた呼吸が一度だけ動いた。
数分も経たないうちに、軽い足音が近づいてきた。
「はいはい、状況見せて」
九ナルミさんは、挨拶より先に清白さんのタブレットを受け取った。
明るい髪。
長いネイル。
いつもと変わらない姿。
けれど、画面を追う目だけが速い。
「仮案が一回外に出た。今は削除済み」
姫野さんが言う。
「スクショあり?」
「可能性じゃなく、もう出回り始めてる」
「本人確認は?」
「企画全体は済み。告知文と編集は未確認」
「共有先」
「企業側と代理店側。確認用URL、サムネ案、投稿文案」
九さんは一度だけ頷いた。
「オッケー。一旦、混ぜない」
指を三本立てる。
「文脈。本人確認。外部共有。この三つそれぞれを、別で確認する」
「文脈は、元配信と仮編集の差分を保存しています」
蓮見さんが答える。
「編集データも、現在の状態で複製します」
「助かる。修正前を上書きしないでね。何が外に出たか分かんなくなるから」
九さんは姫野さんへ向き直った。
「共有リンクは?」
「停止中。ほかのURLも洗ってる」
「投稿予約と配布予定、全部止めて。確認用って書いてあっても、相手側の扱いまで同じとは限らないから」
「やってる」
「メイカちゃんは本人対応。今は謝罪文も説明文も本人に書かせないで」
「そのつもり」
「あと、外に出た素材一式の利用条件も洗う。今は問題が見えてなくても、公開された以上、まとめて確認しとこ」
「背景とBGMも?」
蓮見さんが聞く。
「全部。問題ないって確認できたものから外してく」
最後に、九さんの視線がこちらへ向いた。
反射的に背筋が固まる。
「アオちゃん、反応まとめてる?」
「は、はい……」
「見せて」
端末を差し出す。
九さんは一覧を数秒見ただけで、直接閲覧とスクリーンショット経由の欄へ気づいた。
「これ、アオちゃんが分けたん?」
「その……言い方が、違う気がして」
「なるほどね」
九さんのネイルが、投稿文の一つを軽く叩く。
「怒ってる人と、不安な人は分けとこ。同じ文面返したら、どっちかに刺さるから」
「刺さる……」
「悪い意味でね」
九さんは、さらに列を一つ追加した。
【求めているもの】
「謝罪が欲しいのか。事実確認が欲しいのか。本人の言葉を聞きたいのか。今は推測で決めず、投稿から読み取れる範囲で残して」
「……はい」
「あと、直接見た人とスクショ経由もそのまま分けて。そこ、後で大事になる説ある」
後で。
その言葉が、胸の奥に残った。
まだ、何が大事になるのかは分からない。
九さんはすぐに別の画面へ移った。
「外向けに『流出』とか『違反』とか、強い言葉はまだ使わないでね」
「投稿が外に出たのは事実だろ」
姫野さんが聞く。
「それと、何がどこまで問題なのかは別。事実が固まる前に強い単語を使うと、こっちで新しい火種を作るから」
九さんの声から、わずかに軽さが抜けた。
「焦っても、外に出す言葉だけは冷やす。今できるのは、それ」
それぞれが動き始めた。
姫野さんは関係部署の公開予定を止める。
蓮見さんは元素材、仮編集、サムネ案、投稿文案を時刻ごとに保存する。
清白さんはタレント本人へ伝える内容を整理する。
九さんは素材の利用条件と、外部へ渡ったデータを確認していく。
私は、SNSの投稿を追い続けた。
分類するたび、最初にあった疑問形が、拡散の先では断定へ変わっていく。
けれど、その理由まではまだ分からない。
なので、投稿時刻と引用元、実際に書かれた言葉だけを一覧へ足していった。
「公式側の公開は止まりました」
蓮見さんが報告した。
「共有リンクも停止。現時点で確認できた外部共有先は、企業側と代理店側のみです」
「先方の投稿権限も確認中」
姫野さんが息を吐く。
「まだ広がりは追える。今のうちに全部――」
新しい通知が表示された。
蓮見さんが言葉を止める。
広報チャンネル。
『追加確認です。スクリーンショット関連の投稿に、別件の指摘が付き始めています』
別件。
室内の視線が、一斉に画面へ集まった。
添付されたスクリーンショットには、返信が三つ並んでいた。
『この背景、素材サイトの規約的に広告利用NGじゃない?』
『周年グッズの背景、どこかで見たことある気がする』
そして、最後。
『この動画、左上に「周年案件_A社確認用」って表示残ってない?』
九さんの指が止まった。
一瞬だけ、誰も動かなかった。
「……あーこれ」
いつもの軽い声。
けれど、目は笑っていない。
「もしかしたら、文脈だけじゃ終わんないかも ……」




