第14話:コミュ障、火種の正体を暴く
蓮見さんが、元素材と告知ショートの仮編集を二つの画面に並べた。
左が元配信。
右が仮編集。
同じタレントさんの、同じ発言が入っている。
「最初から確認します」
蓮見さんがマウスを操作する。
左側の画面が動き始めた。
〖ここまで来られたのは、みんなが一緒に歩いてくれたからです〗
配信画面の中で、タレントさんが笑っていた。
いつもの配信より、少しだけ声が硬い。
周年という言葉を意識しているのかもしれない。
それでも、視線はまっすぐカメラへ向いていた。
〖今年は、今までより少し大きな企画にも挑戦します〗
発表前のグッズ。
企業とのコラボ企画。
周年を記念したライブ。
まだ詳しく話せない内容を、言葉を選びながら説明していく。
〖いつもより、ちょっとだけ大きなことをやります〗
そう言ってから、タレントさんは一度視線を落とした。
何かを確かめるような、短い間。
〖でも、無理はしなくていいからね〗
先ほどまでよりも、声が柔らかくなる。
〖全部追わなくてもいいし、グッズだって、欲しいと思ったものだけでいい。配信を見に来られない日があっても、それで嫌いになったりしないから〗
タレントさんは、そこで小さく笑った。
〖みんなにも生活があるから。そこは本当に、無理しないでほしい〗
一度、言葉が途切れた。
それから、少しだけ身を乗り出す。
〖ただ、もし楽しそうだって思ってくれたら――〗
息を吸う。
〖今回は本気で取りに行くから、みんなもちゃんとついてきてくれたら嬉しいな〗
強い言葉。
けれど、命令には聞こえなかった。
その前に、何度も無理をしなくていいと伝えていたからだ。
全部買わなくていい。
全部見なくていい。
来られない日があってもいい。
そのうえで、一緒に来てほしいと言っている。
「ここまでが、元の発言。そして、『ちゃんと』自体は、本人が実際に使った言葉です」
蓮見さんが、停止した画面を指した。
「仮案で変わっているのは、前後の見せ方と字幕です。特に、『くれたら嬉しいな』は字幕から落ちています」
映像が止まった。
画面の中で、タレントさんは少し照れたように笑っている。
清白さんは何も言わなかった。
姫野さんも、腕を組んだまま画面を見ている。
「次に、仮編集を再生します」
右側の画面が動いた。
最初に、強い音が鳴る。
周年を示すロゴ。
光の粒。
グッズのシルエット。
企業ロゴ。
ライブ会場を思わせる照明。
短い映像が、音に合わせて次々と切り替わっていく。
〖ここまで来られたのは、みんなが一緒に歩いてくれたからです〗
その言葉には、大きな字幕がついていた。
【みんなと迎える、特別な周年】
画面が切り替わる。
〖今年は、今までより少し大きな企画にも挑戦します〗
BGMが一段上がった。
グッズ。
コラボ。
ライブ。
情報が画面の中央へ次々と現れる。
〖でも、無理はしなくていいからね〗
声は流れていた。
削られてはいない。
確かに、映像の中に残っている。
けれど、字幕はなかった。
代わりに、企画名と開催期間が大きく表示されている。
〖全部追わなくてもいいし、グッズだって、欲しいと思ったものだけでいい〗
次のグッズ画像へ切り替わる。
〖配信を見に来られない日があっても――〗
企業ロゴが重なる。
〖みんなにも生活があるから。そこは本当に――〗
BGMが膨らんだ。
言葉は消えていない。
一つも削られていない。
それなのに、耳へ入ってこない。
見るべき画像が多すぎた。
文字が多すぎた。
音が強すぎた。
――そして、次の瞬間。
画面全体が赤く染まった。
タレントさんが、拳を握っている。
元配信では一瞬だった表情が、画面の中央で止められた。
〖今回は本気で取りに行くから――〗
太い字幕が現れる。
【今回は本気で取りに行く】
文字が弾けた。
〖みんなもちゃんとついてきてくれたら嬉しいな〗
【みんなも、ちゃんとついてきて】
最後の「嬉しいな」は、字幕に入っていない。
強い音とともに、周年のロゴが表示された。
映像が終わる。
誰も話さなかった。
室内には、停止した画面だけが残っている。
同じ言葉だった。
順番も変わっていない。
音声も削られていない。
けれど、同じものには見えなかった。
元配信では、何度も繰り返されていた。
――『無理をしなくていい』――
――『全部追わなくていい』――
――『生活を優先していい』――
その言葉は、仮編集にも残っている。
残っているはずなのに。
「……前の方が、残らないです」
姫野さんがこちらを見る。
「前の方?」
「あ、その……『無理はしなくていい』って、言ってたところです」
もう一度、仮編集の停止画面を見る。
そこには、拳を握ったタレントさんと、太い文字だけが残っている。
「声は、ちゃんと入ってるんですけど……でも、見てると、後ろの方しか……覚えてなくて」
蓮見さんが、仮編集の再生位置を戻した。
〖でも、無理はしなくていいからね〗
声は流れている。
やはり、そこにある。
「音声自体は残っています」
蓮見さんが言った。
「ですが、字幕がありません。企画情報の表示と、映像の切り替えが重なっています」
タイムラインが拡大される。
「前半の約六秒間に、グッズ画像が三枚、企業ロゴが二社、開催情報が一つ表示されています」
マウスカーソルが動く。
「後半は約四秒。全文字幕、静止演出、BGMの強調があります」
「だから、前は……入ってこない?」
姫野さんが聞いた。
「はい。視聴者の注意が、音声以外へ分散します」
もう一度、元配信を見る。
――『無理をしなくていい』――
タレントさんは、一度ではなく、何度もそう言っていた。
それから、仮編集を見る。
【みんなも、ちゃんとついてきて】
一つの言葉だけが、他のすべてを押しのけて残っている。
「順番も、言葉も……ほとんど同じ、なんですよね」
「はい」
蓮見さんが答える。
「なのに、その……最初に言ってたことと、最後に残るものが……逆みたいで」
全員の視線が集まった。
喉が詰まる。
それでも、続きを飲み込まなかった。
「『無理しなくていい』より……『ちゃんと来て』の方が、本当に言いたかったこと、みたいに……見えます」
「……なるほど」
蓮見さんの指が、タイムライン上で止まった。
「確かに、受け取られる優先順位が反転しているようにも見えます」
私がうまく形にできなかったものを、蓮見さんが短い言葉で拾い上げた。
清白さんは、元配信の停止画面を見ている。
表情から、さっきまでの笑みは消えていた。
「アオちゃん」
「は、はい」
「この子の配信、何度か見てるんだよね」
「はい」
「普段も、こういう言い方をする?」
少し考える。
強い言葉を使わない人ではない。
負けたくない。
上を目指したい。
ついてきてほしい。
そういうことを言う人ではある。
「えっと……強いことを言ったあとに、必ず……何か、足す人で」
「何を?」
「全部見なくてもいい、とか。来られなくても気にしない、とか……」
うまく一つにまとめられない。
言葉が口の中で止まる。
「逃げ道を作る?」
清白さんが聞いた。
「あ……はい。たぶん、そうです」
「できない人を責めないための?」
私は頷いた。
「置いていく、みたいな言い方は……しない、と思います」
最後まで声は震えていた。
それでも、言葉は途切れなかった。
清白さんの視線が、仮編集へ移った。
【ちゃんとついてきて】
「本人確認は、まだなんだな」
姫野さんが聞いた。
「告知文と切り抜き方は、まだ」
清白さんが答えた。
「企画自体には了承をもらってる。でも、この編集は未確認」
「VSP公式側の公開予約は?」
「まだです」
蓮見さんが別の画面を開く。
「広報確認前。予約投稿にも入っていません」
姫野さんの肩が、わずかに下がった。
「なら、こっちは止められる」
その言葉を聞いて、室内の空気がほんの少し緩んだ。
まだ公開されていない。
まだ本人確認前。
まだ修正できる。
まだ間に合う。
「先方は?」
清白さんの問いに、蓮見さんの指が止まった。
「企業側と代理店側には、確認用URLとサムネ案、投稿文案が共有されています」
「公開用じゃねぇんだな?」
「はい。確認用と明記されています」
「向こうの公開予約も確認しろ」
「今、問い合わせます」
蓮見さんがチャット画面を開いた。
短い文章を入力する。
送信。
返事を待つ。
その間、誰も口を開かなかった。
空調の音が聞こえる。
PCの冷却ファンが回っている。
離れた席で誰かがキーボードを叩いていた。
普段なら気にも留めない音が、一つずつ浮かび上がってくる。
元素材の画面では、タレントさんが笑ったまま止まっている。
仮編集の画面には、強い言葉が残っている。
二つの画面。
二つの表情。
同じ人。
同じ発言。
違う意味。
画面の隅には、送信済みを示す小さな表示が出ている。
返事は来ない。
一秒。
二秒。
三秒。
姫野さんの指が、机を一度叩いた。
蓮見さんは画面から目を離さない。
清白さんも、タブレットを持ったまま動かなかった。
まだ間に合う。
確認用と書いてある。
公開予約にも入っていない。
もし向こうが設定していたとしても、今すぐ止めればいい。
まだ。
まだ大丈夫。
そう思おうとした。
その時だった。
ピコン。
短い音だった。
ついさっきまでなら、誰かから返信が届いただけの音。
業務連絡が届いた。
確認が終わった。
それだけを知らせる、ごく普通の電子音。
けれど、その場にいた全員が顔を上げた。
蓮見さんの画面に、新しいメッセージが表示されている。
『至急確認』
最初に、その四文字が見えた。
続いて、本文が開く。
『先方アカウントのテスト投稿が、一時的に一般公開されていたことを確認しました』
誰も動かなかった。
文字だけが、画面の中にある。
一時的に。
短い時間。
まだ、どれだけ見られたのかは分からない。
蓮見さんが続きを開く。
『現在、投稿は削除済みです』
削除済み。
なら、もう新しく見られることはない。
そう思った直後、次の一文が表示された。
『ただし、公開中に数件の反応を確認しています』
喉の奥が狭くなる。
数件。
ほんの数件。
まだ少ない。
それでも、ゼロではなかった。
さらに、メッセージが続く。
『スクリーンショット、画面録画等が保存された可能性があります。関連する投稿を確認中です』
スクリーンショット。
画面録画。
一度外へ出たものは、削除しても消えない。
蓮見さんが何かを入力し始めた。
姫野さんは自分の端末を取り出す。
清白さんの指が、タブレットの縁を強く掴んでいた。
画面の右上で、未読件数が増える。
一件。
二件。
四件。
七件。
その後も、数字だけが変わっていく。
最初の一音以外は、もう耳に入らなかった。
誰もまだ、炎上という言葉を口にしていない。
誰もまだ、どこまで広がったのか知らない。
けれど。
画面の向こうでは、もう始まっていた。




