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幕間:パリピ、狂人と化学反応を起こす


アオちゃんとミカンが法務部を出ていったあと、ウチは資料をもう一度見直していた。


告知用ショート。

BGM。

背景素材。

配信内使用許可。

公式SNSへの転用。


確認することは多い。

でも、整理すれば別に怖くない。


怖いのは、分からないまま突っ走ること。

分からないことを分からないままにして、あとで地雷原の真ん中でタップダンスするハメになること。


それは普通に事故る。

しかも、後処理がダルイ。

めっちゃダルイ。


「んー……」


ウチはペンを回しながら、メモに追記した。

配信内使用OKでも、告知転用は別確認。

BGMは公式SNS投稿範囲まで確認。

背景素材は静止画利用・加工可否・クレジット要否を見る。


よし。

地雷マップとしては、まあまあ。

あとは素材元への確認文面を軽く整えて、ミカンにポイしよ。


「アオちゃん、ちゃんとメモ足せるかなー」


小さく呟いた、その時だった。


「キューちゃーん」


背後から、ふわっと声がした。

ウチは振り向かずに返す。


「ういー。いるよー」


「お、いたいた」


法務部の入口に、清白メイカが立っていた。


スズちゃん。

VSP最古参の一人。

事務所をここまで大きくした大黒柱。

そして、事務所内でぶっちぎりの狂人。


今日も今日とて、熱帯低気圧を体に纏い、事務所を荒らし回っている。

立てば竜巻、座れば洪水、歩く姿はハリケーンってね。


「スズちゃんじゃん。どしたの?法務に出頭?」


「まだ何もしてないよ?」


「“まだ”って言ったね」


「いやいや、犯罪はしないよ。グレーなラインで反復横跳びするだけ」


「G線上のメイカってこと?ウケるー!」


「ドヤさァ」


「褒めてないんよ」


「いやいや、それほどでもぉ」


「照れる要素どこ?」


会話が始まって三十秒。

すでに話の腰が粉砕骨折している。

ミカンがいたら、たぶんこの辺で「せめてどっちか人語を話せ」と突っ込んでいた。


でも、いない。

つまり、ブレーキがない。

アクセルは全開、ブレーキは不在。


でもまあ、なんかオモロイからヨシ!


「で、何しに来たの?」


「キューちゃんの顔を見に来た」


「草。なんか面会みたいじゃーん?」


「そう。収監されてるかなって」


「法務部を監獄扱いするのやめてもろて」


「でも、契約書ってたまに鎖みたいじゃない?」


「まあ、縛るものではある」


「ホラ」


「ホラじゃない。今の納得、法務的にちょっと危ない」


スズちゃんは、にこにこしながらウチの向かいの椅子に座った。

座る動きまで自由。

この人、たぶん重力とも個別契約を結んでいる。


「ところでキューちゃん」


「何?」


「観葉植物に挨拶した?」


「何よ急に?」


「さっきアオちゃんが来たんでしょ?なら気持ちを理解するために」


「あー、なるほど。いや、なるほどではない説あるけど」


ウチは席を立ち、法務部の隅にある観葉植物の前へ行った。

緑の葉が、静かにそこにある。


法務部の癒し枠。

なお、契約書には強くない。


「おつー。いつも酸素あんがとね。コンプラ守って光合成してて偉い」


「おーいいね」


スズちゃんが拍手した。


「次、私ね」


スズちゃんも観葉植物の前に立つ。

そして、ものすごく自然に微笑んだ。


「本日もお勤めご苦労様です。肥料にする?水差しにする?それとも、タ・ワ・シ?」


「いや、まってどゆこと?てかタワシで何する気?」


「キレイにしてあげようかなって」


「だとしてもタワシは使わねーよ。てか言いたかっただけっしょ、ソレ」


「バレた?」


「そりゃバレるわ。……まぁ、でもウケたからヨシ!」


「やった」


「……で、何の勝負?コレ」


「アオちゃん理解度チェック」


「なんか方向性違くね?」


「でもオモロイ」


「それはそう」


法務部の一角に、ツッコミ不在の地獄が完成していた。


隣の席の法務スタッフが、一瞬こちらを見た。

そして、そっとイヤホンを装着した。


賢明。

非常に賢明。

法務部に一番必要なのは、やっぱ危険察知能力じゃんね。


「キューちゃん、次は椅子に挨拶しよう」


「椅子?」


「アオちゃん、椅子とも事故りそうだから」


「確かに。椅子って意外と接触事故多いし」


「社会人の基本は椅子との和解から」


「新人研修第一章、椅子と和解せよ」


「第二章は?」


「観葉植物と距離感を学べ」


「第三章は?」


「ギャルに抱きつかれた時の魂の戻し方」


「それ今日のアオちゃん専用じゃん」


「教材化できるよ」


「VSP教材、クセ強すぎ」


「でも実践的」


「否定できないのが嫌なんだけど」


ウチは椅子の背もたれを軽く叩いた。


「おつ~。いつも人類を支えてて偉い」


スズちゃんも椅子に向き合う。


「本日は着席の機会をいただき、誠にありがとうございます」


「急にフォーマル」


「椅子にも礼儀は必要だから」


「そのうち机にも挨拶しそう」


「机は上座だよ」


「上座なんだ」


「資料が乗るから」


「権威の基準が書類なの、法務部っぽいね」


「それっぽく言えば何でも法務になる説ある」


「あるね」


「あら認めちゃった」


会話は完全に脱線している。

というか路線という概念が存在していない。

議題など銀河鉄道のように、すでに宇宙の彼方へと旅立ってしまっている。


つまり、この場は完全に無法地帯。

……法務部とは。


「キューちゃん」


「ん?」


「無法地帯って、法務部の管轄?」


「普通に管轄した方がいいやつ」


「じゃあ、今ここを取り締まって」


「被告人、清白メイカ」


「はい」


「観葉植物をタワシで磨こうとした罪により――」


「判決は?」


「一発ギャグ」


「軽い。けど地味にヤダ」


「初犯なので」


「初犯じゃなかったら?」


「うーん……スベらない話とか?」


「ごめんなさいもうしません」


「分かればヨシ。んじゃ、一発ギャグいってみよー!」


「……え、ガチ?」


「それじゃ、3,2,1、キュー!……キューだけに」


「いや、そっちが一発ギャグするんかーい!」


法務部の奥で、別のスタッフが小さく咳き込んだ。

笑いをこらえた咳だった。


空気がもうだいぶ終わっている。

でも、誰も止めない。

たぶん止めたら巻き込まれると分かっているのだ。


「ところでスズちゃん」


「なあに?」


「本当は何しに来たの?」


「通りすがり」


「法務部、通り道じゃなくない?」


「災害っていうのはいつどこに現れるか分からないんだよ」


「え、なにそれ、こわ……」


スズちゃんは、ふわふわ笑う。


ウチはペンを回す。

二人とも、何の結論にも向かっていない。

でも、不思議と居心地は悪くなかった。


この人とは、波長が合う。

たぶん、互いにボケをボケと認識しないまま、次のボケで上書きできるからだ。


普通の人は、途中で正気に戻ろうとする。

ミカンは正気に戻そうとする。

蓮見っちは正気のふりをして湿度を上げる。

アオちゃんは正気ごと蒸発する。


でも、スズちゃんは違う。

正気を持ったまま、狂った方向へ歩いていく。

それが怖い。

ほんで、普通に楽しい。


「キューちゃん」


「ん?」


「今日の法務部、平和?」


「平和だよ。今のところ観葉植物と椅子が巻き込まれたくらい」


二人でまた頷く。

その時、入口付近から小さな声がした。


「……あの、九さん」


法務スタッフだった。

手には資料。

目は少しだけ諦めている。


「これ、確認お願いしてもいいですか」


「いいよー」


「……今、大丈夫ですか?」


「大丈夫。法務部は平常運転」


「これが……?」


スタッフの目が、観葉植物と椅子とスズちゃんを順番に見た。

それから、静かに資料を置いた。


「失礼しました」


「逃げたね」


「逃げ足が速い」


「伸び代があるね」


「法務向き」


「危険を察知できるから?」


「そゆこと」


スズちゃんとあたしは、また頷いた。

法務部は今日も平和だ。


たぶん。

少なくとも、火の手は上がっていない。

魂は少し飛んだが、回収可能だった。


狂人とギャルの核融合により、一部空間は歪んでいたが無問題モーマンタイ

なら、平和ということで良き。


「じゃ、そろそろちゃんと話す?」


スズちゃんが言った。


「今までちゃんとしてなかった?」


「してたよ。広義では」


「広義が過ぎるって」


ウチは笑いながら、椅子に座り直した。

スズちゃんも向かいに戻る。


法務部の空気は、まだ少しだけカオスの残り香を漂わせていた。


でも、ここからは少しだけ、話の重心が戻ってくる。

いや、スズちゃんがいる時点で、完全には戻らないのかも。

ま、別にそれでもいいや。


ツッコミ不在の法務部で、ウチはペンを置いた。


「で、アオちゃんの話?」


スズちゃんは、にこっと笑った。


「うん。アオちゃんと、ミカンちゃんと、蓮見ちゃんの話」


「おっけー」


二人でまた笑った。


法務部の一角に、まだ少しだけカオスの気配が残っている。


でも、ウチはそれを嫌いじゃなかった。

VSPでは、たぶんこれくらいが通常運転だ。


狂人とギャルと、時々法務。

そして今日も、地図は少しずつ増えていく。

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