幕間:姫野ミカンのざっくりVSP組織図講座②
「次にビジネス統括な」
姫野さんは新しい線を書いた。
「ここは企業案件チーム、グッズ企画チーム、ライセンス管理チームあたり」
「もっと具体的に言えば、営業・タイアップ部、グッズ・ライセンス部って感じだ」
「企業案件……グッズ……ライセンス……」
「企業案件は、スポンサーとか広告代理店とかコラボ企画とか。タレントに案件が来る時は、ここが外部と話を詰める」
「ふむふむ……」
「グッズ企画はそのまま。アクスタ、缶バッジ、パーカー、記念グッズ、EC運営、在庫や物流管理も絡む」
「在庫……物流……」
「ライセンス管理は、IPの使い方とか外部メーカーとのやり取りだな。誰が、どこまで、何を使っていいかを管理する」
私はメモを取りながら、頭の中で必死に整理する。
ビジネス統括。
外とつながる。
お金やグッズ、企業が動く。
そしてたぶん、胃も動く。
「タレントマネジメント部とも関わるんですか?」
「めちゃくちゃ関わる」
姫野さんは即答した。
「案件なら、タレント本人のスケジュールやコンディション確認が必要だろ。グッズなら、本人の監修が必要なこともある。ライセンスだって、タレントのイメージを壊さないか、運営側の確認が必要になる」
「つまり……ビジネス側が外と話して、マネジメント側がタレントさん本人との間を調整する……?」
「そうそう。理解早いじゃん」
「あ、ありがとうございます……」
また褒められた。
今日は危ない。
褒められる回数が多い。
ブルースクリーン通り越してブラックアウトしちゃいそう。
「最後、コーポレート統括」
姫野さんは紙の下側にまとめて書く。
広報。
法務。
経理。
人事。
総務。
情報管理。
労務。
「ここは会社を支える部署だ。広報は公式SNSやプレスリリース、ブランド管理、ファンコミュニティ施策とか。法務は契約書、著作権、楽曲権利、二次創作ガイドライン、コンプラ、誹謗中傷や権利侵害対応」
「法務……強そう……」
「実際強い。法務が弱いと会社は終わりだ」
「言い方が物騒……」
「でもマジなんだよ」
蓮見さんが頷く。
「著作権確認は命綱です」
「命綱……」
「切れると真っ逆さまです」
「ひぇっ……」
姫野さんが続ける。
「けど心配すんな。ウチには優秀な法務担当がいる。いずれお前も世話になると思うから、紹介しておいてやる」
「そ、そうですね……ありがとうございます」
「よし……次に経理。まぁ経理は金だ。人事は採用や社内の人。総務は備品とか環境整備。情報管理はデータやアカウント、機密情報。労務は働き方や契約周り」
「機密情報も……ですか」
私はその言葉に反応した。
「そう。特にVtuber事務所では、情報管理はめちゃくちゃ大事だ」
姫野さんの声が少しだけ低くなる。
「タレントの本名、住所、連絡先、生活圏、家族構成。そういう個人情報は、絶対に外へ出しちゃいけない」
「はい」
「資料にも、必要ない場所には書かない。スクショにも映さない。共有リンクの権限も間違えない。ファイル名にも入れない。これはどの部署でも共通」
「……はい」
私は強く頷いた。
ここだけは、絶対に間違えてはいけない。
Vtuberタレントは、画面の前で笑っている。
でも、その笑顔の裏にある現実の生活は、守らなければいけない。
表に出していいものと、絶対に出してはいけないもの。
その境界線を守るのが、運営の仕事。
「お前、そこは本当に真面目に聞くよな」
姫野さんが言った。
「まぁ……大事なことなので……」
「そうだな。そこが分かってんなら、とりあえず大丈夫だ」
「ほっ……」
「全部一気に覚えなくていい。組織図なんて、最初は“誰に聞けばいいかの地図”くらいに思っとけ」
「地図……」
「そう。迷子にならないための地図」
私は紙に書かれた簡単な組織図を見た。
社長。
運営統括プロデューサー。
ビジネス統括。
コーポレート統括。
その下に、たくさんの部署。
タレントマネジメント部。
配信・動画制作チーム。
ライブ・イベント。
新人育成。
企業案件。
グッズ。
ライセンス。
広報。
法務。
経理。
人事。
たくさんある。
まだ全部は分からない。
でも、さっきよりは少しだけ、VSPという大きな生き物の形が見えた気がした。
「……大きいですね」
私はぽつりと言った。
「VSPが?」
「はい。配信画面に映っているのはタレントさん一人でも、その裏には、こんなにたくさんの人が関わっているんだなって……」
姫野さんは少しだけ目を細めた。
「そうだな」
「私、まだ自分の仕事だけで精一杯ですけど……その自分の仕事も、どこかの部署につながっていて、最後はタレントさんの配信につながっているんですね」
「おう」
「……すごいです」
言ってから、少し恥ずかしくなった。
語彙がない。
すごい。
便利すぎる。
でも、それ以外に出てこなかった。
姫野さんは笑わなかった。
代わりに、軽く私の机を指で叩いた。
「その感覚、忘れんなよ」
「え?」
「運営の仕事って、地味だし、面倒だし、終わりが見えないことも多い。でも、その先にちゃんと配信がある。タレントが笑って、リスナーが楽しむ場所がある」
「……はい」
「だから、部署が違っても全部つながってる。お前が今日まとめる議事録も、どっかでその一部になる」
私の議事録が。
あの闇鍋みたいな情報の塊が。
配信につながる。
そう考えると、画面の中の文字が、少しだけ怖くなくなった。
いや、まだ怖い。
漢字はまだ氷の上を滑っている。
でも、少しだけ味方にも見えた。
「……頑張ります」
小さく言った。
今度は、すみませんではなかった。
姫野さんは満足そうに頷く。
「よし」
蓮見さんも、なぜか小さく頷いた。
「成長」
「やっぱり観察日誌つけてませんか……?」
「議事録です」
「嘘の匂いがプンプンします……」
「遠藤さん」
「は、はい」
蓮見さんはスマホを取り出した。
「ハムスターの動画、五件に厳選しました」
「えっ、今ですか?」
「組織図講座を頑張ったご褒美です」
「私は小学生ですか……?」
「いえ、小動物です」
「くっ、早く人間になりたい……!」
姫野さんがニヤニヤしながら、蓮見さんのスマホを押し下げる。
「あとにしろ。遠藤、まず議事録」
「は、はい……!」
「で、詰まったら聞け。組織図のことでも、部署のことでも、何でもいい」
「分かりました」
「謝罪は?」
「禁止……です」
「よし」
私は画面に向き直った。
議事録の続き。
配信・動画制作チーム。
タレントマネジメント部。
本人確認。
字幕ニュアンス。
関連部署。
文字はまだ多い。
でも、さっきより少しだけ道が見える。
この文字の先に、誰かの配信がある。
誰かの笑顔がある。
そして、その笑顔を守るための部署がある。
VSPという大きな場所の中で、私はまだ小さな新人だ。
観葉植物に会釈するし、椅子と交流事故を起こすし、鳴き声も増える一方だ。
でも。
「……地図、少しだけ見えました」
私が呟くと、姫野さんが隣で笑った。
「迷子になる前に言えよ、モルモットちゃん」
「ですからモルモットじゃないです……!」
「ん?やっぱハツカネズミの方にしとく?」
「仕事を覚えられても、寿命で死んじゃうじゃないですか……!」
「だはっ!違いない!」
姫野さんは吹き出しながらも、議事録の進捗をチェックしている。
蓮見さんが、真顔でスマホを構えた。
「ハツカネズミですか……」
「は、蓮見さん?」
「…………ミーアキャット(ボソッ)」
「……えっ、ミ、ミーアキャット?」
「おっと、失礼」
「……?」
蓮見さんは無表情のまま、少しだけ満足そうだった。
私は顔を赤くしながら、議事録へ視線を戻す。
VSP組織図講座。
理解度、たぶん二割五分三厘。
でも、昨日よりは前に進んでいる。
確実に、着実に、輝かしい未来へ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
VSP組織図講座②でした。
アオの理解度はたぶん二割くらいですが、地図は少しだけ見えたようです。
この先も迷子になったり、鳴いたり、観察されたりしながら頑張るアオを見守っていただけましたら、ブックマークや評価でそっと応援していただけると嬉しいです。




