■39.捕らえた聖女と、これからも
それは、一瞬で心奪われる歌声だった。
――君はいつも私の傍に。
――私はいつも君の傍に。
――私の全てを君に。
――どうかこの歌が君の喜びになりますように。
おそらく歌詞の中の「神」を「君」に置き変えただけの、単純な替え歌なのだろう。聖歌らしい清らかな旋律が、美しい、澄んだ歌声に乗って、花畑を流れていく。
やがて、歌い終えたシェリネが目を開けた。
「ご清聴、ありがとうござい……えええっ!?」
ぼたぼたと大粒の涙を零しているヴァルディを見て、シェリネが仰天した。
「えぅ、どぁ、どうされたんですか、あのっ、ヴァルディさんは特に身体の不調がなさそうだったのでたぶんお肌がつやつやになるとかそういう効果になると思うんですけれど、もしも古傷があったら治る時にピリッとするかもしれなくて、それ事前に言うの忘れてました、ピリピリして痛かったですかごめんなさい!」
シェリネは今日一番の動揺を見せ、慌てて膝を突き、ヴァルディに寄り添ってきた。ヴァルディは涙を拭いもせず、「違う。どこも痛くない」と返す。
自分でも、なぜ涙が出てくるのか分からない。
愛おしい。嬉しい。特別をもらって嬉しい。気持ちを返したい。ちゃんと伝えたい。身勝手を謝りたい。ごめんなさい。
一つの名称で呼ぶには多過ぎる感情が溢れかえっていて、だからもう深く考えずに、思うままに言葉を吐き出すことにした。
「ごめん。ずっと騙しててごめん。シェリネに嘘ばっかり吐いてたんだ」
涙で視界は歪んでいるが、シェリネがこちらを真っ直ぐに見ていることは分かる。
「捕虜の見張り番だとか嘘吐いてごめん。だって、シェリネ、俺のことすごく怖がってたから、本当のこと言ったら嫌われると思って」
「ヴァルディさん……」
「他にも嘘がたくさんある。実はお前の部屋は独房じゃない。ただの客室だ」
「ど、道理で豪華過ぎると……」
「あの羊パジャマが捕虜用の支給品だってのも嘘だ。あれは枕投げ大会の賞品だ」
「粗末な最高級パジャマにそんな秘密が……」
「ピクニックが捕虜の義務だってのも嘘だ。出かけたかっただけだ」
「そんな細部にも巧みな嘘が……」
「シェリネに嵌めさせたのも、捕虜用の足枷なんかじゃないし」
「もしや、ただの可愛い最旬モテかわ足輪……?」
「ただのっていうか、求婚っていうか、婚姻の証っていうか」
「なるほど婚姻の……」
シェリネは神妙に頷きかけ、一拍置き、「こんっ!?」と声を上げた。
「え、あぅ、それは、その、つまり、わあ……」
彼女は顔を真っ赤にして、左足に輝く足輪を見て、ヴァルディを見て、両手で顔を覆って、ぷるぷると震え始めた。
シェリネの今日一番の動揺が早くも更新である。あまりに大きな反応が返ってきたものだから、ヴァルディは驚きで涙が止まってしまった。
「シェリネ、その……驚かせてごめん……」
「いえっ、そんっ、そんな、こちらこそ気付くのが遅くてすみません。足輪の常識的な意味を今まで知らなかったんです」
「いや、シェリネは人間だし、これ魔族の文化だし、分からないのが普通だし、うん」
「婚姻の証ということは……私に足輪を贈る際に、捕虜の足枷だとかなんとか言っていたのも……実はヴァルディさん渾身の口説き文句だったんですね」
シェリネは両手をそーっと降ろし、なんだかとても乙女の顔で言った。
「そう、俺という名の牢獄に永遠に捕らえてやるよ的な」
「んなアホみたいな求婚するかぁ!」
ヴァルディは思わず怒鳴った。あまりにも風評被害な曲解である。
そういえば近頃のシェリネは、暇さえあれば魔王に借りた恋愛小説を熱心に読んでいるので(昨日手にしていたのは可愛いメイドさんが逞しい騎士に壁ドンされている表紙だった)、素直な彼女はその影響をもろに受けているのかもしれない。
いらぬ知識を与えた恋愛小説をヴァルディは深く恨んだが、全力で否定した上に険しい顔をしたものだから、シェリネは「えっ……」と、傷ついた表情になってしまった。
「求婚じゃ、なかったんですか……?」
「え、あ、いや」
悲しげに問われ、途端にヴァルディは狼狽える。
「婚姻の証と聞いて私が早とちりしてしまっただけで、やっぱり他意のない、ただのお洒落な足輪……? そう……そうですよね、私なんかが、なんという思い上がりを……あはは……穴があったら埋葬されたい……その辺にあるかな……」
「ま、待て、死んだ目で手頃な穴を探すそうとするな、違うから、求婚の意味で贈ったわけじゃないこともないから!」
ヴァルディは慌ててシェリネの両手を掴んだ。
「それは婚姻の証で合ってる! お洒落目的じゃない! もう他意しかない! 魔族が贈る足輪には、あなたがとても愛おしいですって意味がある! 左足に嵌めたら求婚成立だ! でもシェリネに愛おしいとか可愛いとかずっと一緒にいたいとか俺のこと好きになって欲しいとか口で言って反応に困られたら死にたくなるから魔界の文化に詳しくないシェリネには分からない方法で伝えただけだよ自己満足で!」
慌て過ぎた結果、あらゆる真意を暴露してしまった。
お互い呆然として、ふたり揃って顔を真っ赤にして、黙って見つめ合ったまま、岩の上で固まる。ヴァルディも埋葬されたくなってきた。
「……シェリネ」
「ひゃいっ」
「こっそり既成事実を作ってすみませんでした……」
「そ、それはやっぱり、俺という名の牢獄に永遠に捕らえてやるよ、で合っていたということでしょうか……?」
「……もうそれでいいです……」
ヴァルディは羞恥で気が遠くなりかけながら、それでも大事な確認のために口を開く。
「シェリネは、それでいいのか?」
問われたシェリネは、ヴァルディに掴まれていた手を、優しく握り返して。
「はい。私はヴァルディさんの捕虜です。これからもずっと!」
眩しいくらいに目を輝かせ、笑顔でそう答えた。
次話、最終回です。
明日の朝に投稿します!




