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捕らえた聖女の目が死んでたので正体隠して面倒見る  作者: 棚本いこま
第4章 聖女は歌う

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■37.夕暮れの花畑で




「あらぁ、聖女サマは飲みに行かないのぉ?」


「もちろん僕様たちのおごりだぞ!」


「勧誘。秘伝のタレ仕込みの揚げ手羽先が評判の店を予約済み」


「うっ手羽先……すみません、お誘いは嬉しいのですが、今夜はヴァルディさんが二日目カレーを用意してくださっていて」


 空高く跳躍して観客たちの頭上を一気に飛び越えたヴァルディは、舞台横でまさに打ち上げに勧誘されているシェリネを発見した。いつぞやのように、ピトフィたちとの間に割って入るように着地する。


「帰るぞシェリネ!」


 そして有無を言わさずシェリネを抱き上げ、速やかに離脱。その間わずか三秒。手際のいい誘拐である。


 あっという間に攫われていくシェリネは、それでも律儀に「お疲れさまでしたー……」という弱々しい悲鳴を上げた。






 シェリネを抱えたヴァルディは、花畑にやってきた。


 本当は自宅へ直帰するつもりだったのだが、シェリネから「帰る前に、お花畑に寄り道してもいいですか?」とお願いされたので、進路変更したのだ。


 前回と同じ「失恋岩」に降り立ち、シェリネと並んで座る。

 夕空の下で見る花畑は、昼間に訪れるのとはまた違った美しさがあったが、今のヴァルディは景色を楽しむ気になどなれなかった。


「やっぱりここは綺麗ですね!」


「ああ、うん」


 生返事をすると、シェリネが心配そうに覗き込んできた。


「ヴァルディさん、何かあったんですか?」


「何かって?」


「なんだか、こう、えーと、憤慨してらっしゃる……?」


 ヴァルディはギクッとした。憤慨ではないが、波立った心境であることは図星なのだ。しかしシェリネの前で、このどうしようもない感情を口に出したくない。何か憤慨に相応しい事柄はないものかと考えてみる。


「……そうだ。お前に文句があるんだ」


 ちょうどいい案件を見つけたヴァルディは、怖い顔でシェリネを睨み付けた。


「よくも『今夜は寝かせない・フィーチャリング魔王様』などというふざけた曲を歌ってくれたな」


 シェリネは「えっ!?」と仰け反り、すぐにしおらしく「すみません」と謝った。


「そうですよね。魔王様から聞いた幼少ヴァルディさんの愛らしさを、まだまだ充分に表現できてませんでしたよね。力不足で申し訳ないです」


「そこじゃねえよ! そもそも俺のことで作詞作曲するなって話だ! っていうかあのわけの分からん曲名はなんだ」


「す、すみません。でも曲名に反して、今夜はよく眠れる効果があるんですよ。安眠の祈りを込めて歌いましたので。聖女の力のお墨付きです!」


「安眠効果はどうでもいいんだよ。っていうか聖女の力使ってたのかよ。そんな大事なものをこんなどうでもいい行事で使うなよ」


 呆れるヴァルディに、シェリネは照れ笑いを浮かべた。


「心を込めて歌うと、つい力が乗っちゃうんです。ただ今回は対象が大人数でしたから、たぶん大した癒しの効果は出ていません。せいぜいその日の安眠を約束したり、指のささくれが治るくらいです」


「微妙に嬉しい効果ではある」


「えへへ」


 心配して、驚いて、しおれて、誇って、はにかんで。


 いつもと変わらず、忙しない情緒を素直に顔に出すシェリネを見ているうちに、ヴァルディは「愛おしい」をつくづく実感して、そして、ようやく認めた。


 これが決して、所有物に対する愛着などではないことを。

 シェリネにとって自分が特別ではないことが耐え難いほどに、自分にとってシェリネは特別であることを。


 認めてしまうと、もう駄目だった。ふざけた曲への憤慨のせいにして黙っておこうとした気持ちが、溢れ出てしまう。


 シェリネの顔を見れなくなったヴァルデイは、膝を抱えて俯いた。


「……シェリネ、今日、楽しそうだった」


「はい! ヴァルディさんはいかがでしたか? 屋台がたくさん……」


「全然楽しくなかった」


 シェリネが固まる気配がした。

 ヴァルディは一瞬深く後悔したが、もう撤回できないし、一度溢れたものを堰き止めることもできなかった。


「行かなきゃよかった。楽しくなかった」


 楽しくなかったなんて嘘だ。最初こそ度肝を抜かれたし、最後まで会場のノリにはついて行けなかったが、それでもシェリネの歌を聴くのは楽しかった。


 シェリネが大勢のために歌う、自分はその中のひとりに過ぎないと自覚するまでは、ちゃんと楽しかったのだ。


「シェリネが他のやつらのために歌ってるの聴いても、全然楽しくなかった」


「ヴァル……」


「シェリネは俺の捕虜なのに。俺が欲しいって言って手に入れたのに」


「……え?」


「泣かせてやろうと思って捕虜にしたのに、人間なんか嫌いなのに、なんで、お前のことで、こんなに悩まないといけないんだ!」


 感情の爆発に呼応して、握った拳からボッと炎が立ち上った。


 しまったと思ったがもう遅い。今まで必死に隠そうとしたことを、こんな風に勢いで明かしてしまって、もうどうしようもなくなったヴァルディは自棄になった。


「俺がお前を捕虜にした魔族だ! お前の国の兵士を皆殺しにした! 魔界の端っこで出張中の上司とかいねえよ! そもそも俺は捕虜の見張り番なんかじゃない! 火竜が炎と無関係なわけないだろうが! なんで簡単に信じてんだよ!」


「――」


「俺は! お前の想像通り、大勢殺しても何も思ってない無慈悲なやつだ! お前に言われてちょっと考えてみたけど、やっぱり何も思えなかったんだ! 悪いと思えなくて悪かったな! でも仕方ないだろ! 人間なんか嫌いなんだから! だってあいつら、俺が魔族だって理由で、俺の、もう思い出せないけど、たぶん大事なもの、燃やしたくせに」


 拳の炎が消える。


「聖女だって、そういう人間だと思ってたのに。魔界に喧嘩を売った生意気な奴だから、虐めまくってやろうと思ってたのに。どうせ俺のこと、穢らわしい魔族だとか悪魔だとか言うと思ってたのに……なんで神とか羊……」


 感情をぶちまけ続けるうちに、ヴァルディは失速していった。

 花畑に静寂が戻る。


 静けさに耐えきれなくなったヴァルディは、反応が怖くて見ないようにしていたシェリネのほうへ、恐る恐る視線を向けた。



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― 新着の感想 ―
『聖母たちのララバイ』が脳内で流れている……。 (シェリネは聖女だけど) シェリネがどう出るのか、ものすごく気になります! 早く明日にならないかなーと、子供の時以来久しぶりに思ってます!
うわああああああ、ここで続く!? ここで続くのぉぉぉぉ?!!??? 明日の更新がめちゃくちゃ気になります。いこま先生ありがとう。「これで1週間待ってね」状態だったら号泣してた(ノД`)・゜・。
ああ……………。 羊の神が迷える小羊に(T_T) 嫉妬やらなんやらで感情を爆発させちゃったな。 まあ、いつも感情の抑えは効いてなかった気もするけど(-ω-;) 愛情を自覚したヴァルディさんに対し、シェ…
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