■36.聖女、熱唱する
ギュアリイイイイイイイン、と稲妻のようなギター音が鳴り、爆音の演奏が始まる。魔動式音響機器が届ける重低音が、会場中の空気をビリビリと震わせた。
「狼煙代わりに慟哭を! 心変わりに寂寞を! 君に! 罪を! 告白できないそれも罪! いぇい☆」
その華奢な身体のどこからそんな声を出しているのか、激しい演奏にも負けない力強さで歌うシェリネ。普段の雰囲気から掛け離れた歌声、及び平和からほど遠い歌詞に、ヴァルディは混乱が止まらない。間違っても聖女が歌うジャンルではない。あと「いぇい☆」だけ無駄に可愛い。
そうしてヴァルディが放心状態で固まる一方、会場はというと。
「叫べ自罰!」
「へい!」
「足掻け地獄!」
「へい!」
めちゃくちゃ大盛り上がりだった。
当然のように合いの手を入れている。ヴァルディはもちろんついていけない。ジュースを零したまま棒立ちである。
「――ありがとうございました!」
しかし、歌い終えたシェリネがすっかり上気した顔で、はあはあと肩で息をしつつ、「よし、やりきったぞ!」みたいな笑顔で汗を拭う様子が大変可愛らしかったので、概ね全部どうでもよくなった。
もうシェリネが楽しそうならそれでよい。会場が熱い拍手に包まれる中、後方で腕を組んで「いいぞシェリネ」と理由なきドヤ顔で頷く。
「まだまだ行きますよ! 続く二曲目は、小さい頃のヴァルディさんは夜泣きがひどくて苦労した、という昔話を魔王様から聞き、そこから着想を得て作詞作曲した歌です」
とんでもなく個人的な話で作詞作曲されている事実に、ヴァルディは目を剥いた。
「おいシェリネちょっと待て」
「それでは聞いてください、『今夜は寝かせない・フィーチャリング魔王様』」
「待てっつってんだろおおお!」
「ヴァルディ~♪ 良い子だ、ねんねし」
「するかぁあああ!」
残念ながら会場の後方にいるヴァルディの叫びはシェリネに届かない。どれだけ声を張り上げたところで、ただライブで盛り上がっている人にしかならない。
「魔界の皆さん、楽しんでますかー!」
「いぇー!」
その後もシェリネは、魔界の人気曲、今日のための新曲、圧強めの曲から爽やかな曲まで次々と歌い上げ、ライブは大盛況で幕を閉じた。
「お、おお……。終わったのか……」
嵐のような時間に翻弄されたヴァルディは、我に返った心地だった。開幕時は青々していた空も、夕焼け色に染まりつつある。
後方にいるヴァルディからは、会場全体の雰囲気がよく分かった。誰も彼もが笑顔である。舞台の上のシェリネも、それはきらきらした笑顔で会場に手を振っている。
「……」
シェリネが楽しそうなのに、また、モヤモヤした気持ちに覆われ始めた。
前回このモヤモヤを感じたときには、てっきり女子会に対する疎外感だと考えていたのだが、どうやら違っていたらしい。
胸に燻るこの不快感の原因も名称も分からず、さらにモヤモヤを募らせていたら、ポンと誰かに肩を叩かれた。
「よぉ、ヴァルディ」
振り向くと、全体的に軽薄な雰囲気が漂う、眼鏡を掛けた金髪の青年が立っていた。
「お前、こんな最後列にいたのかよ? せっかくの捕虜ちゃんの晴れ舞台だぜ?」
カルドロに続くヴァルディの兄貴分、七星の金髪チャラ眼鏡ことヤンヤンである。
「ヤンヤン。来てたのか」
「こんな面白イベント見逃すわけねぇだろ? ははっ、魔界でライブやるとか、お前の捕虜ちゃん度胸すげぇな?」
ヤンヤンは愉快そうに笑い、ヴァルディの頭をぐりぐりと撫でた。「ガキ扱いするな」とヴァルディが睨み付けても、ヤンヤンは気にした風もない。
「しっかし、お前らマジで普通に仲良しだったんだな?」
「?」
どういう質問だろうかとヴァルディは首を傾げたが、ヤンヤンの疑問形は問いではないことが多く、今回もそのまま「最初はさぁ」と話が続けられる。
「お前らの仲良しってさ、魔族に怯えた聖女がお前に従順にしているだけなんじゃね? って勘繰ってたからさ?」
「――っ」
何気なく言われた言葉に、ヴァルディは息を呑んだ。そんな可能性、考えたこともなかったのだ。
「痛めつける宣言された上で魔界に連れてこられた人間だろ? 殺されたくない一心で、必死にお前に媚びているだけだとしても、別に不思議はねぇなって」
「……そんなことない」
そんなことはないはずだ。
だが、ヴァルディがシェリネに真実を明かせば、そうなってしまうのだろうか。
「あぁ、そんなことなかったな? あの笑顔は演技じゃできねぇわ、ははは」
笑顔。魔族たちに拍手をされて、笑顔で応えるシェリネ。
シェリネは相手が魔族でも、誰とでも仲良くできる。別に、ヴァルディでなくとも。
ヴァルディはようやく、胸に燻る感情を理解した。
他の魔族と仲良くするシェリネを見て、怖くなったのだ。
いつか彼女が、自分から離れていくのではないかと。
シェリネがヴァルディと一緒にいるのは、特別な存在だと思ってくれているからではなく、単に「最初に出会った魔族」だからに過ぎないのではないかと。
捕虜の見張り番という嘘だけが、ヴァルディとシェリネの唯一の繋がりだ。その嘘がなくなれば、シェリネはヴァルディ以外の誰かと一緒にいることを選ぶかもしれない。
いや、違う。「かもしれない」じゃない。確定だ。
嘘が露見すれば、シェリネはヴァルディと一緒にいる理由がなくなるどころか、片時だって一緒にいたくないと思うに決まっている。
魔族を忌避しないシェリネに、唯一恐れられる存在が、ヴァルディなのだから。
「なぁお前、捕虜ちゃんを迎えに行かなくていいのか? じゃないと捕虜ちゃん、高確率でピトフィたちのライブ打ち上げに連行されて朝まで帰ってこねぇぜ?」
「……うるさい! 分かってる! 俺の捕虜なんだから、俺といるのが当然なんだ!」
ヴァルディはヤンヤンもしくは自分自身に怒鳴るや、脇目も振らずに舞台のほうへ駆け出した。
ぽつんと残されたヤンヤンは、感心した顔で呟いた。
「おぉ。俺の弟分が青春してる」




