■34.サウナ上がりの半裸の男・カルドロ
カルドロは裸の上半身にタオルを引っかけた格好で廊下を歩いてきた。鍛錬の後もしくはサウナ帰りだろう。
「おっ、聖女ちゃんも一緒か! 初めましてだよな、こんにちは~」
気さくに話しかけてくるカルドロに対し、シェリネはヴァルディの後ろに隠れてしまった。ぷるぷると震えている。
完全に怯えている様子に、ヴァルディは首を傾げた。
七星の女子三人とあっという間に仲良くなったシェリネなので、カルドロにも友好的かと思いきや、この怖がりよう。
カルドロの見た目には、特に恐ろしい要素はないはずだ。髪こそ派手な橙色とはいえ、それ以外は普通の人間と変わらない容姿である。
角と尻尾を生やし、鮮血のように赤い瞳をしているヴァルディのほうが、よほど人間の目には禍々しく映るだろう。
理由は不明だが、ともかくシェリネが怯えていることは事実。ゆえにヴァルディは、殺気の籠もった目でカルドロを睨んだ。
「よくもシェリネを怖がらせたな……」
「えっ!? あ、ほんとだ、ごめんな聖女ちゃん」
すすす、とカルドロが距離を取ると、シェリネはヴァルディの背後から少し出てきた。
「あちらの筋肉むきむきの方は……?」
「カルドロ。乱暴なやつじゃないから安心しろ」
「ヴァルディさんの上司さん……?」
「いや違う、俺の同僚だ。同じ七星に所属してる魔族」
「そ、そうだったんですね……!」
途端、シェリネが安堵の表情を浮かべた。どうやらカルドロをヴァルディの上司と思い込んで、あれだけ怯えていたらしい。
「あいつ、そんなに俺の上司っぽいか?」
タオルで汗を拭きながら上半身裸で魔王城を闊歩する男が上司と思われるとはいかに……と、自分の評価も若干心配になりつつ訊ねるヴァルディに、シェリネは「えっと」と、やや言いにくそうに口を開いた。
「ヴァルディさんの上司さんは、ひとりでフロギアの兵士を全滅させたくらいですから、すごく強い魔族ですよね。だから、きっと腹筋が割れている感じの屈強な男性だろうなって想像していて」
シェリネの視線が、恐る恐るカルドロの腹に向けられる。
「カルドロさんの腹筋がバッキバキに割れていたので、件の上司さんかと思って、つい怖くなって……」
ヴァルディは「なるほど」と神妙に頷きつつ、今後何があっても自分のお腹はシェリネに見せない、と密かに誓った。
「失礼しました、カルドロさん」
カルドロ上司疑惑が消えて落ち着きを取り戻したシェリネが、ヴァルディの後ろから出てきて丁寧にお辞儀をする。カルドロは「いやいや!」と快活に笑った。
「こっちこそ驚かせたよな、こんな格好で話しかけて。サウナ帰りなもんでさ」
「さうな?」
「おっ、知らない? 魔王城の二階にサウナ施設があるから今度行ってみるといい。よーし、お近づきの印に回数券を分けてあげよう」
またもやシェリネが仲良し魔族を増やしそうな流れに、すかさずヴァルディはふたりの間に割って入った。せっかく出てきたシェリネを自分の背の後ろに戻す。
「おいカルドロ、シェリネに近づくな。お前の腹筋のせいでシェリネが怖い思いをしたんだぞ。あとなんで七星はどいつもこいつもシェリネに券を与えたがるんだ」
「そんなこと言わずにさ。ほらヴァルディの分のサウナ回数券もやるから、たまには一緒に入ろうぜ?」
「いらん。入らん」
「私もヴァルディさんと一緒に『さうな』に入ってみたいです」
「うん。入る」
ヴァルディは尻尾を振って素直に回数券を受け取った。
なおシェリネのサウナに同行した場合、さっき誓った「お腹を見せない」の遵守が非常に難しくなるのだが、なんでも一緒に行きたがるシェリネに絆されたヴァルディはその辺り気付いていない。あとカルドロから「仲良しだなあ」と微笑ましく思われていることにも気付いていない。
「いい心意気だ聖女ちゃん。サウナは基本男女別だから、ヴァルディと一緒に入りたいなら貸し切りコーナーを予約するといいよ。年に一回実施する七星サウナ会議もそうやってしてるんだ」
「はい、助言ありがとうございます!」
「あ、でもヴァルディと入ると、強制的に超高温サウナになるんだよなあ。初心者にはちょっと厳しいから、低温から挑戦して身体を慣らしてったほうがいいぞ」
「楽な道ではないんですね、さうな……」
「ちなみにヴァルディがサウナにやってきた日は、我こそはという猛者が集まって自然に大会が開かれるほどなんだぜ。マジで死ぬほど室温上がるから」
「俺が行く時いつも混んでるなって思ったらそんな理由だったのかよ」
風呂は好きだがサウナには大した興味のないヴァルディが、魔王城のサウナ施設に行くのは年に数回(全てカルドロに連行されて)なのだが、ヴァルディが脱衣所に現れた途端に謎の情報網で魔界中のサウナーが集結、勝手に「火竜のロウリュウ始まります」の幟が立てられ、めちゃくちゃ盛り上がる大イベントになることを当の本人は知らない。なんかみんなからアロマ水を掛けられるなあ、サウナってそういう作法なのかなあ、と思っている。
「いつかヴァルディさんと一緒に入れるよう、頑張って修行します!」
「あはは、聖女ちゃんは本当いい子だなあ」
カルドロは朗らかに笑った。
「そりゃあ、聖女泣かすって息巻いて魔王様に直談判で捕虜要求したヴァルディも虐められなくなるわけぐほぅっ」
ヴァルディから本気の速度で拳を放たれ、カルドロは崩れ落ちた。
兄貴分の鳩尾を躊躇なく的確に殴打したヴァルディは、シェリネの動体視力が追いついていないうちに、素早く元の姿勢に戻る。
「えっ、どうしたんですかカルドロさん、急に倒れて……!」
「気にするなシェリネ。整っているだけだ」
「整って……?」
「サウナとはそういうものだ。見ろこの安らかな白目を」
「さうなすごい……」
「行こうシェリネ。整っている者を邪魔しちゃいけない。それがサウナの礼儀だ」
「さうなすごい……」
ヴァルディは感心しているシェリネを連れ、口封じ現場から速やかに立ち去る。
カルドロとの遭遇で思考を中断されたおかげで、それまで胸を占めていたモヤモヤをすっかり忘れることができたヴァルディは、シェリネと仲良く手を繋いで帰宅した。
それでは更新ペースをアップしまして、今日から最終話まで毎日投稿でございます。(投稿時間は概ね夕方くらい)
完結まで駆け抜けますので、どうぞ最後までよろしくお願いいたします!
追伸:
活動報告(8/29)にて、あとがきのおまけコーナーで書くにはちょっと長い小ネタを載せてみました。
ヴァルディさんの髪形や親の形見の件が気になる方、お気軽に覗いてみてくださいませ。




