■31.焼野の火竜
昔々あるところに、人間を愛した魔族がいました。
彼女は魔族の愛を受け入れてくれました。
魔族は彼女をとてもとても愛していました。
だから彼女を虐げる周りの人間が許せなくて、国ごと焼き滅ぼしました。
だから彼女がどうして喜んでくれなかったのか、分かりませんでした。
***
昔々あるところに、魔族の子を孕んだ人間がいました。
子の父たる魔族の姿はそこになく、魔族を悪とする人間の世で、身重の彼女はひとりきりでした。
望んで子を宿したのであれ、無理強いをされた結果であれ、魔族と交わった時点で穢らわしい女として排斥される。彼女はそのことを理解していました。
ゆえに誰にも相談せず、世間から身を隠し、こっそりと赤子を産みました。
赤子は男の子でした。
褐色の肌に、黒い髪に、赤い瞳。
指先ほどに小さな二本の角と、黒い鱗に覆われた短い尻尾。
明らかに魔族の見た目をした我が子を見て、彼女が何を思ったのかは分かりません。
それでも彼女は、赤子に「ヴァルディ」と名付けました。
それでも彼女は、赤子を森へ置き去りにしました。
***
幼いヴァルディは母とふたり、人里離れた森に建つ小屋で暮らしていました。
拾われて三年。ヴァルディはすくすくと育っていました。
小指の先ほどだった角も、少し大きくなりました。
しかし、ヴァルディは自分の角が好きではありません。母にぎゅっと抱きつく時、微妙に邪魔だからです。
めり込みどころによっては母を「うぐぅ」と呻かせてしまいます。優しい母は喉をさすりつつ、何も刺さらなかった体を装ってくれますが、ヴァルディは「またやっちゃった」としょんぼりするのが常でした。
ちょこんと短かった尻尾も、少し大きくなりました。
ヴァルディは自分の尻尾を気に入っています。
母にぎゅっと抱きついて頭を撫でてもらう時、尻尾がぱたぱたと揺れます。
すると母は「可愛い」と言ってくれるのです。嬉しくてさらに尻尾がぱたぱたして、また「可愛い」がもらえます。幸せな永久機関の完成です。
ヴァルディは母が「生みの親」ではないことを知っていました。
なぜなら自分の名前について訊ねた際、「ヴァルディを拾った時にねえ、一緒に置いてあった手紙に名前が書いてあっ……いやいやいや! 違うからね! ヴァルディは捨てられてないからね! あの、あれだ、あー、川からどんぶらこっこと流れてきた大きな林檎を割ったら、中から元気な赤ちゃんヴァルディが」と、母がしどろもどろに説明してくれたからです。
つまりヴァルディの生みの親は林檎。
道理で自分は「人間」である母とは、ちっとも似ていない。
しかし、ヴァルディはそのことを悲しいとは思っていません。
自分が林檎由来だったことには些か衝撃を受けたものの、母が「林檎は美味しくて栄養があって日持ちもするから最高」と賛美していたことを思い出し、すぐに前向きな気持ちになれたからです。
何より、血の繋がりや種族など関係なく、母は自分を愛してくれることを、身を以て知っているからです。
あの日ヴァルディが魔族だと分かった上で、母はヴァルディを拾いました。
ある日ヴァルディが魔族だと分かった村人たちは、魔族を育てた人間の女もろとも始末することに決めました。
***
幼いヴァルディは、散々痛めつけられて地面に転がされていました。
「村外れの森で魔族を育てていた魔女」を殺した村人たちは、歓声を上げていました。ヴァルディは踏みつけられたまま、母が焼べられた炎を見つめていました。
村人たちは「忌まわしい魔女の次は忌まわしい魔族を燃やす番だ」と言って、ヴァルディを掴み上げました。そして躊躇なく、燃え盛る炎の中へ投げ込みました。
それが二つの間違いでした。
一つ。ヴァルディを炎で殺せると思っていたこと。
二つ。ヴァルディに「暴力としての炎」の使い方を覚えさせてしまったこと。
今までヴァルディにとって、炎は喜びの象徴でした。
朝、竃の火起こしを手伝えば、母がありがとうと言ってくれる。
夜、手の平に小さな火を灯せば、母が明るいねと褒めてくれる。
今までヴァルディにとって、炎は喜んでもらうために使うものでした。
けれど今、殺意と憎悪と軽蔑と嘲笑で炎に投げ込まれた瞬間、ヴァルディは炎の別の用途を――敵を焼き殺す、暴力としての使い方を知りました。
村は全焼しました。
村人は全滅しました。
生まれて初めて力を使い切ったヴァルディは、焼け跡の中で倒れました。生きる気力がないだけで、生きてはいました。
それからヴァルディは、「魔王」を名乗る魔族に保護され、魔界にやってきました。
それからヴァルディは、母の最期を決して思い出さないようにしました。
それからヴァルディは、母にまつわることは全て、森で過ごした幸福な時間ごと、何も思い出せなくなりました。
それからヴァルディには、人間に虐げられた記憶だけが残りました。
だからヴァルディは、人間が大嫌いになりました。
お待たせしました、最終章の始まりです。
毎週日曜日、夕方頃の更新です。
(たぶん途中でペースアップします)
最後までどうぞよろしくお願いいたします!




