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捕らえた聖女の目が死んでたので正体隠して面倒見る  作者: 棚本いこま
第4章 聖女は歌う

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■31.焼野の火竜




 昔々あるところに、人間を愛した魔族がいました。

 彼女は魔族の愛を受け入れてくれました。

 魔族は彼女をとてもとても愛していました。

 だから彼女を虐げる周りの人間が許せなくて、国ごと焼き滅ぼしました。

 だから彼女がどうして喜んでくれなかったのか、分かりませんでした。



   ***



 昔々あるところに、魔族の子を孕んだ人間がいました。

 子の父たる魔族の姿はそこになく、魔族を悪とする人間の世で、身重の彼女はひとりきりでした。


 望んで子を宿したのであれ、無理強いをされた結果であれ、魔族と交わった時点で穢らわしい女として排斥される。彼女はそのことを理解していました。


 ゆえに誰にも相談せず、世間から身を隠し、こっそりと赤子を産みました。


 赤子は男の子でした。

 褐色の肌に、黒い髪に、赤い瞳。

 指先ほどに小さな二本の角と、黒い鱗に覆われた短い尻尾。


 明らかに魔族の見た目をした我が子を見て、彼女が何を思ったのかは分かりません。


 それでも彼女は、赤子に「ヴァルディ」と名付けました。

 それでも彼女は、赤子を森へ置き去りにしました。



   ***



 幼いヴァルディは母とふたり、人里離れた森に建つ小屋で暮らしていました。

 拾われて三年。ヴァルディはすくすくと育っていました。


 小指の先ほどだった角も、少し大きくなりました。

 しかし、ヴァルディは自分の角が好きではありません。母にぎゅっと抱きつく時、微妙に邪魔だからです。

 めり込みどころによっては母を「うぐぅ」と呻かせてしまいます。優しい母は喉をさすりつつ、何も刺さらなかった体を装ってくれますが、ヴァルディは「またやっちゃった」としょんぼりするのが常でした。


 ちょこんと短かった尻尾も、少し大きくなりました。

 ヴァルディは自分の尻尾を気に入っています。

 母にぎゅっと抱きついて頭を撫でてもらう時、尻尾がぱたぱたと揺れます。

 すると母は「可愛い」と言ってくれるのです。嬉しくてさらに尻尾がぱたぱたして、また「可愛い」がもらえます。幸せな永久機関の完成です。


 ヴァルディは母が「生みの親」ではないことを知っていました。

 なぜなら自分の名前について訊ねた際、「ヴァルディを拾った時にねえ、一緒に置いてあった手紙に名前が書いてあっ……いやいやいや! 違うからね! ヴァルディは捨てられてないからね! あの、あれだ、あー、川からどんぶらこっこと流れてきた大きな林檎を割ったら、中から元気な赤ちゃんヴァルディが」と、母がしどろもどろに説明してくれたからです。


 つまりヴァルディの生みの親は林檎。

 道理で自分は「人間」である母とは、ちっとも似ていない。

 しかし、ヴァルディはそのことを悲しいとは思っていません。


 自分が林檎由来だったことには些か衝撃を受けたものの、母が「林檎は美味しくて栄養があって日持ちもするから最高」と賛美していたことを思い出し、すぐに前向きな気持ちになれたからです。


 何より、血の繋がりや種族など関係なく、母は自分を愛してくれることを、身を以て知っているからです。


 あの日ヴァルディが魔族だと分かった上で、母はヴァルディを拾いました。

 ある日ヴァルディが魔族だと分かった村人たちは、魔族を育てた人間の女もろとも始末することに決めました。



   ***



 幼いヴァルディは、散々痛めつけられて地面に転がされていました。


「村外れの森で魔族を育てていた魔女」を殺した村人たちは、歓声を上げていました。ヴァルディは踏みつけられたまま、母が焼べられた炎を見つめていました。


 村人たちは「忌まわしい魔女の次は忌まわしい魔族を燃やす番だ」と言って、ヴァルディを掴み上げました。そして躊躇なく、燃え盛る炎の中へ投げ込みました。


 それが二つの間違いでした。


 一つ。ヴァルディを炎で殺せると思っていたこと。

 二つ。ヴァルディに「暴力としての炎」の使い方を覚えさせてしまったこと。


 今までヴァルディにとって、炎は喜びの象徴でした。


 朝、竃の火起こしを手伝えば、母がありがとうと言ってくれる。

 夜、手の平に小さな火を灯せば、母が明るいねと褒めてくれる。


 今までヴァルディにとって、炎は喜んでもらうために使うものでした。


 けれど今、殺意と憎悪と軽蔑と嘲笑で炎に投げ込まれた瞬間、ヴァルディは炎の別の用途を――敵を焼き殺す、暴力としての使い方を知りました。


 村は全焼しました。

 村人は全滅しました。


 生まれて初めて力を使い切ったヴァルディは、焼け跡の中で倒れました。生きる気力がないだけで、生きてはいました。


 それからヴァルディは、「魔王」を名乗る魔族に保護され、魔界にやってきました。

 それからヴァルディは、母の最期を決して思い出さないようにしました。

 それからヴァルディは、母にまつわることは全て、森で過ごした幸福な時間ごと、何も思い出せなくなりました。

 それからヴァルディには、人間に虐げられた記憶だけが残りました。



 だからヴァルディは、人間が大嫌いになりました。






お待たせしました、最終章の始まりです。

毎週日曜日、夕方頃の更新です。

(たぶん途中でペースアップします)

最後までどうぞよろしくお願いいたします!




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― 新着の感想 ―
ヴァル父、人間の国を滅ぼした後で勇者かなんかに殺されたのかな?
林檎太郎=ヴァルディ。 そんな壮絶な過去があったんですね。 第一育ての母親の事は記憶にないけど 無意識下には口癖や料理好きな面が刷り込まれているのですね。 ハーフだったとは驚きましたー♪ 大人にな…
なるほど。世界の安定のためには物事をあるがままに受け取っちゃいかんかったわけか。違うよとささやく自分の認知や思惟は安らぎを損なう敵で、目を背けることこそ安寧の道で、そうまでして守ってきたものを目の前で…
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