■32.聖女が魔王城でワンマン野外ライブを開くんじゃない
魔王とシェリネの初めてのお茶会から、数日後。
「今度、野外ライブを開くことになりました!」
「なんて?」
シェリネから満面の笑みで告げられた内容に、ヴァルディはそれしか言えなかった。
「すみません、ざっくりした説明でしたね。具体的には、魔王様の発案で二週間後に魔王城の東の広場にてワンマン野外ライブを開催することになって一日限りのスペシャルバンドのボーカルを私が務めることになりました!」
「聞き返したい情報が増えたんだが」
「あ、当日の曲目ですか? 本番のお楽しみなので内緒です、えへへ」
「知りたいのはそこじゃない」
ここ数日、シェリネが魔王の伝言係とキャッキャウフフ話す姿を度々目撃していたが、よもやそんな企画を立てていたとは。
「シェリネが大勢の前で歌うってことだよな?」
「はい! こちらライブのチラシです!」
「チラシ作成まで完了してんのかよ」
シェリネが魔王と交流を持つのは、まあ構わない。ヴァルディにとって魔王は親代わり、特別な存在だからだ。だが、不特定多数の魔族にシェリネを晒すのは断固拒否である。
シェリネはヴァルディのものである。「愛着」が湧いて湧いて仕方がない所有物である。ここ数日は毎晩抱き締めて眠っている(注:シェリネ本人には知らせていない)ほどに大事な捕虜である。
そんなシェリネを他人なんぞに見せたくないし、声だって聴かせたくない。というかワンマン野外ライブってなんだ。
総じて不満しかないヴァルディは、にこにこしているシェリネに背を向けた。
「ちょっと魔王のとこ行ってくる」
というわけで、魔王へ苦情を言いにやってきた。
「おい魔王」
「ああ、シェリネちゃんのライブの件だね?」
乱暴に扉を開けて乗り込んできたヴァルディの不機嫌な第一声「おい魔王」だけで本日の議題を察した魔王は、優雅に微笑んだ。
「大丈夫だよヴァルディ。心配しなくても君には優待券を渡すから、もちろん最前列でライブを」
「違う!」
ヴァルディは怒りのままに優待券を燃やした。魔王はきょとんと首を傾げる。
「えっ、違うのかい?」
「違えよ! なんだよライブって! シェリネは俺の捕虜だぞ! 勝手にわけの分からん企画の主役に据えるな!」
両手にボッと炎を点火して怒るヴァルディ。しかし魔王は動じず、玉座に腰掛けたまま「どうどう、ヴァルディ」と慣れた風に宥めた。
「いいかい。これはシェリネちゃんのための企画なんだよ?」
「シェリネのため……?」
「そうさ。彼女の存在を魔族たちに周知するための舞台だよ。君が聖女を捕虜にしたことは噂になっているとはいえ、聖女の姿を知る魔族はほとんどいない。もしもシェリネちゃんがひとりの時に、彼女を知らない魔族と鉢合わせたら、どうなると思う?」
「!」
「その魔族が人間であるシェリネちゃんを『ヴァルディの捕虜』ではなく『魔王城への不法侵入者』と考えて、手荒な真似をしてもおかしくないだろう?」
ヴァルディは花畑での出来事を思い出す。ちょっと目を離した隙に、一瞬で他の魔族と関わっていたシェリネ。
あの時は好戦的な性格ではないピトフィとオールワークスが相手だったからよかったが、もしも他の魔族だった場合、何一つ捕虜感のないシェリネを不審者として扱ったかもしれない。
当のヴァルディだって、もしも見知らぬ人間を敷地内で見かけたなら、即座に侵入者と判断し、穏やかに挨拶する前に速やかに制圧するところから始める自信がある。
「でも、このライブでシェリネちゃんの存在を広く周知しておけば、そんなことは起こり得ない。君の所有物だと知った上で手を出す魔族なんていないからね」
ヴァルディは魔王城に所属する魔族の中では、かなり年少の部類だ。だが、魔王直属である七星の席にいるため、大半の魔族にとって目上の立場となる。
役職も名前も戦歴も知れ渡っているヴァルディに、面白半分でちょっかいをかける魔族など、それこそ同僚の七星しかいない。
「しかも婚姻の証……えー、あー、とても目立つお洒落な足枷を嵌めさせているから、ただの捕虜じゃなく、相当お気に入りなんだって分かる。なおさら丁重に扱うだろう」
「……」
ヴァルディは、素直に両手の炎を消した。これからのシェリネの安心安全な魔界暮らしのために、彼女の顔見せは必要だと納得したからだ。
シェリネをずっと家に閉じ込めておけばそれで済む話ではあるが、花畑であんなに喜んでくれた彼女を、もっと他の場所に連れ出して楽しませたい気持ちもある。
きっとこの先も魔族との遭遇は避けられないだろう。そうなると、シェリネの存在を周知すべしという魔王の提案はもっともに思えた。
「……分かった、まあ、そういうことなら、許可してやってもいいけど」
「うんうん。ありがとう」
魔王、にこにこである。上手く丸め込まれたヴァルディは、顔見せが目的なら何もワンマン野外ライブで歌う必要は毛ほどもない、という点に気付いていない。
「そんなわけで、当日に向けた練習でちょくちょくシェリネちゃんを本館に呼ぶけど、いいかな? もちろんヴァルディはお留守番ね」
「なんで留守番なんだよ。俺も付き添うに決まってんだろ。シェリネだけ外出させるなんて絶対に嫌だ」
「えー、駄目だよ。シェリネちゃんが言ってたもの。『ヴァルディさんに一番楽しんで欲しいから、内緒で練習して驚かせたいです』って」
「ぐっ可愛い」
「シェリネちゃんの身の安全は保証するよ。一緒に練習するのはピトフィ、オールワークス、ギギの三人だけ。君がよく知る七星の女の子たちさ。安心だろう?」
「……」
同じ七星でも能天気なカルドロ、チャラい眼鏡のヤンヤン、チャラくない眼鏡のフレンたち男連中がシェリネと過ごすと考えると無性に気に食わないが、お姉さんなピトフィ、メイドなオールワークス、死体は友達なギギたち女子三人にシェリネが囲まれる様を想像してみても、不思議と拒否感は少なかった。
「その三人なら……まあ……いいか……」
「決定だね」
魔王は笑顔でポンと手を打った。
「じゃあ、あとでヴァルディの家にある転移扉の設定を変えておくよ。シェリネちゃんも登録しておけば、本館との行き来でわざわざ君に引率を頼む必要もなくなっ」
「えっ……………………」
「……と思ったけれど、設定の変え方を忘れちゃったし、説明書もどこにしまったか忘れちゃったから、申し訳ないけれどシェリネちゃんの送迎をよろしくね」
「全く、仕方がないな。請け負ってやるよ」
シェリネと手を繋ぐ貴重な機会(転移扉の通過という立派な大義名分付き)を失わずに済んだヴァルディは深く安堵し、鷹揚に頷いてみせた。
「いいか、くれぐれもシェリネに無理をさせるなよ。あいつは貧弱なんだぞ。ジャムの蓋も開けられない驚異的な握力なんだぞ」
「心得ているさ。君の大切な捕虜は、砂糖菓子よりも脆い想定で繊細に扱うとも」
「それならいい。じゃあ、俺は用が済んだから帰る」
ライブ開催及び練習を認めたヴァルディは、にこやかな魔王に見送られて家に帰った。




