■28.お前ら付き合って一日目の恋人同士か
「ちゃんとシェリネも通れたな。魔王の部屋はこっちだ。行くぞ」
「はい、えっと……ヴァルディさん……」
「どうした? 忘れ物か?」
「いえ、その、もう転移扉は潜りましたけど、手はこのままで……?」
「え!? ごめん離すの忘れてた、もう繋がなくて大丈夫だ、離すぞ、離した、ごめん」
「いえっ、全然嫌とかではなくて、私こそ、ずっと握ってしまって」
「っ、べ、別に構わないから気にするな。捕虜の引率は当然の義務だからな!」
お前ら付き合って一日目の恋人同士か。
と叫びたくなるような青春の空気に満ちたやりとりが扉の向こうから聞こえてきて、魔王はうっかり顔を覆って悶えそうになった。
だが我慢だ。まずは威厳ある魔王として、聖女と対面したい。馴れ初めを聞くのはそれからである。パーティークラッカーの出番もその時だ。
「魔王、いるか? 入るぞ」
魔王は努めて凛々しい声で「どうぞ」と応じ、きちんと玉座に座り直した。
扉が開き、そわそわした様子のヴァルディが入室、その後ろから銀髪碧眼の少女――「フロギア王国の聖女様」が続く。
「言われた通り、シェリ……捕虜も連れてきたぞ」
「うん。ありがとう、ヴァルディ」
ヴァルディは聖女を背に隠すように後ろへ立たせている。いかにも宝物を取られたくなさそうな彼の様子が、魔王には微笑ましい。
「こんにちは、聖女様?」
魔王が話しかけてみると、聖女は緊張の面持ちで、しかし背筋をしゃんと伸ばして歩み出てきた。
「お初にお目に掛かります、魔王陛下。フロギア王国十三代目聖女、シェリネと申します。この度はお茶の席にご招待いただき、感謝いたします」
淀みなく口上を述べ、美しい礼を執る聖女――シェリネ。
神殿の象徴として王侯貴族へ挨拶する機会が多かったのだろうが、魔王相手に同じ事ができるとは、なかなか肝が据わっている。
魔王が感心しつつ、ちらっとヴァルディを見ると、「えっ!?」みたいな顔をしていた。シェリネの振る舞いに驚いているらしい。きっとヴァルディの前でのシェリネは、もっと距離の近い態度なのだろう。親しくていいことである。
「シェリネちゃん。よろしくね」
ヴァルディが会話の中でちょいちょい「シェリネ」と漏らすものだから、すでに聖女の名を知っていた魔王だが、今初めて知った風を装っておく。
ちなみにヴァルディは面白くなさそうな顔、もっと正確に読み取るなら「シェリネの名前を自分以外が呼ぶのは嫌だけど魔王なら仕方なく許す。仕方なく」みたいな顔をしていた。黙っていても雄弁な子なのである。
「私は魔界の王。年齢がバレちゃうから何代目かは内緒。名前自体が呪言で人間の身には刺激が強いから名前も内緒。内緒だらけでごめんね」
「いいえ、魔王陛下。『内緒を二、三十個持つのが女の嗜みだぜ?』と、先代聖女も申しておりました」
「おや、それは素敵な先代だね」
シェリネの畏まった表情が途端に崩れ、はにかんだ笑みになった。先代聖女を褒められて嬉しかったらしい。
ヴァルディ並に感情が表情に直結してる子だな……と、魔王は密かに感動したのだが、シェリネはハッと己の顔が緩んだことを自覚して、すぐに表情を引き締めてしまった。
「まずは、魔王陛下にお礼を」
「お礼?」
シェリネは頷くと、深々と頭を下げた。
「フロギア王国は身勝手な理由で魔界を攻めました。そして完敗しました。魔王様は敗戦国に資源でも土地でもなんでも要求できたはずなのに、聖女たったひとりの身柄で許してくださいました。寛大な処置に深く感謝いたします」
彼女が魔王に一歩退いた態度を取るのは、魔界の最高権力者への敬意以上に、この負い目があるからか。おそらく開戦は彼女の意向ではなかっただろうに。
「寛大、ね。それは勘違いかな。私がフロギア王国に対し、部下の望みである聖女以外に何も求めなかったのは、慈悲でもなんでもない。単に興味がないからだよ」
魔王はありのままの事実を述べる。
「興味が、ないから……」
「そう。人間の国が助かろうが滅びようが、興味はないんだ。うちの子たちを傷付けられたのなら報復するけれど、今回こちらの損害はなかったし、損害が出たのはそちらだし。だから賠償とか仕返しとか、どうでもいいかなって。それだけだよ」
穏やかな声音ながら突き放した物言いをした魔王は、さてどういう反応をするかなとシェリネを見て。
「魔王陛下は、器が大きいんですね……!」
めちゃくちゃ感動した顔で返ってきた予想外の言葉に、軽く目を見開いて、それから「あはは!」と声を上げて笑った。
「ふふふ……ありがとう。そう、私は器の大きな王なのさ。だから負い目を感じる必要はないよ。ああ、そうそう。聖女が戦争を主導したのが事実であれ偽りであれ、魔界が追加で賠償を求めたり、君の国を攻めたりすることはないから、安心してね」
「魔王陛下……ありがとうございます」
シェリネは安堵の表情を浮かべた。生贄同然に魔界に寄越されてなお、自国を案じていたのだろう。
「しかし、魔王陛下というのは少し照れるね。皆は魔王様って呼ぶから、シェリネちゃんにもそう呼んでもらえると嬉しいな」
「えっと、では、お言葉に甘えて魔王様と……」
「うんうん。それに、もっと気楽に接してくれていいんだよ?」
「は、はい、魔王様」
そんな魔王とシェリネのやりとりに焦れたように、ヴァルディが「おい魔王」と口を挟んだ。




