転機のメイド
シリルはいつものように雑巾で廊下を拭きながら大きなため息を一つついた。
アーシャ様には一応謝罪したけど、なんとなく気まずい状態が続いていた。
その時一つの足音が近づいていた。
「シリルー? なんで床の上で四つん這いでため息ついてんのよ」
「四つん這いになってるわけではなく雑巾をかけているのですよ」
「偉いわねー。悩み事あったらいつでもダロンさんに言ってくれていいわよ」
私は知っている。ダロンさんは悩みを笑い飛ばした挙句にみんなに広める凶悪犯なことを。
「大丈夫です。ところで何かようですか?」
「あーそうそう。今度騎士団長のエルドリックが引退するから、次期団長を決める武闘会の張り紙をどこに貼るかの相談をしにきたのだけれど……って何よ!」
その時雨水が如くアイデアが降り注いでいた。
「そうですよ! ダロンさんそれです!! そうして私が勝たせてそしたら、そしたら!!」
「な、何をってちょっと!」
気づけばダロンさんから張り紙を奪い取って、アーシャ様のいる部屋へ走っていた。
※
アーシャ様の部屋にノックをして返事を聞く前に突撃する。
部屋の中は綺麗に整頓されていて、大きな机が一つ奥の方においてありその上に水晶がおいてある。足元にはカーペットが敷かれていて、厳かな雰囲気のある部屋だ。
だがそんな空間には厳かとは対照とも言えるような体制もあった。
それは椅子に座りながら両頬を両手で挟み込み口をふぐのような顔をしているアーシャ様がいた。私を見るや否や慌てて手を離した。
「な、なんですの! 勝手に入ってこないでくださいまし!」
「ああ、すみません。何をされていたのですか?」
「い、いやその……これをしたらお顔が美しくなるとダロンから聞いただけですの」
「そんなことしなくてもアーシャ様は十分美しい顔していますよ」
「まーそんなことーなくはないかもーですわねー」
「はい美しいです。とても。そんなことよりもこれを見てください!」
先程奪い取った紙をばっと掲げる。だがアーシャ様の部屋は5人が寝れるくらいの奥行きがあり、その1番奥に鎮座しているので、見える距離まで歩みよる。
「なんですの? 武闘会? これがどうしたっていうんですの」
「アーシャ様これに出場しましょう! そして優勝して騎士団長になるんです!」
意味不明と言わんばかりに首を傾げるアーシャ様。
「何を言っていますの? そもそもこの大会に出れるのは現在騎士として国のために尽くしているものと記載されていますわ」
「え?」
また情けない疑問符がこぼれてしまった。慌てて紙をもう一度見る。確かにそう書いてあった。
「ほ、本当ですね……」
「それに私は騎士になりたいわけでもないですわ。王女以外にはなる気もないしなりたくもありませんの」
「……それは嘘ですよね?」
一瞬アーシャ様はハッとしたように目を丸くしていた。だがすぐにいつもの堂々とした真顔に戻った。
「何を言っていますの。王女が嘘などつきませんわ」
シリルはいつも思っていることがあった。それがついに爆発してしまった。
「その王女王女って自分で言って、私にはアーシャ様が自分で自分を縛り付けているようにしか見えません」
その言葉の後少し沈黙があった。アーシャ様の顔は怯えたように目を見開いていた。
「き、昨日からなんなんですの!!!! 私のことは放ってくださいまし!! 別に現状に不満などありませんわ!! 私は、私の人生は王女として、この国を統べるためだけに存在しているんですの!!」
甲高くて、涙が混じった悲痛な声だった。
「……そんなわけないです。もうわかりました。私が勝手に助けます。それでは失礼します」
下を向いてそのままアーシャ様の顔を一切見ないまま部屋から出る。また泣いてたら、アーシャ様が悲しそうな顔をしていたら、私は揺らいでしまうから。
私が頑張ればいいんだ。それでアーシャ様が救われるんだから。
※
「なんでそんなに不器用なのかなしら」
少し離れた曲がり角の死角の部分からダロンは今のやりとりを聞いていた。
「まあ、ダロンさんが手伝ってあげるかなー仕方ないから」
んんーっと猫のように1伸びして胸に手を置いた。
※
ノックを3回し、部屋に入る。
「失礼致します」
シリルは現在の騎士団長であるエルドリックの元に訪れていた。
「その声は……シリルか。なんの用だ」
気が滅入るほど殺風景な部屋。エルドリックの武器である私と同じくらいの大きさの大剣だけが飾られており、その場所に日が差しこの部屋の太陽と感じるほどキラキラと反射していた。
他は全体的に薄暗く、少し離れたエルドリックの顔ですらなんとなく見える程度だった。
いつものように凝り固まった全く動かない不気味な眼球も、威厳のある真ん中で分けられた白髪も健在だった。
「あまり突拍子もない話だとは自覚しておりますが、アーシャ様を騎士団に加入させていただけませんか」
「なぜだ?」
それからアーシャ様が王族として変わり映えのない人生を歩み切ることに嫌気が刺していること、現状を変えるために武闘会に出場させたいことを伝えた。
「そうか。それでアーシャ嬢が騎士団に入れば武闘会で優勝して騎士団長になり、楽しい人生が送れると、そう考えているのだな」
「は、はい。そうです」
「バカにしているのか?」
空気が、ただでさえ冷え切っていたのに糸を目一杯引っ張った時のようにキーンと聞こえそうなほど緊張感に包まれた。
「アーシャ嬢に武の心得はあるのか? 私が鍛え上げた騎士たちをそう簡単に破れるのか? 仮に優勝したとしたら次期王はどうするのだ?」
ものすごい剣幕に吹き飛ばされるかと思ったが、負けじと言い返す。
「武器は今から練習します。次期王の話は私が直接王に交渉します。アーシャ様はどんなことでも上手にこなしてきました。おそらく武でも並々ならぬ才能をお持ちに決まっております!!」
ガンッ! と鈍い音が鳴る。エルドリックがガントレットをつけた手で机を叩く音だった。
「舐めるなと言っているのがわからないか? 誰が稽古をつけるんだ? 王に貴様が口を聞くと言っていたが、具体的になんと言って説得するつもりだ?」
「そ、それは……」
「詰めが甘い。何も」
シリルは呆れたように話すエルドリックの話を遮った。
「それはラークを稽古につけさせます。彼女は複数人を相手にしても魔法の力を使わずに己の力だけで圧倒できるほど実力者です。それにリハ様はまだお若い。これから引退するまでに新たな実力者がなれば問題はありません」
相変わらずの焦点を結ばない瞳。だがその表情にはわずかな期待がこもっているような気がした。
「ほうなるほど。確かにある程度筋は通っているか」
「お願いいたします。アーシャ様を監獄とも呼べるあんな城から出してあげたいんです」
ずっと仏頂面を貼り付けていたエルドリックの口角がほんのわずかに上がる。
「貴様名を名乗れ」
「は、はい。シリルです」
名前などとっくに知っているはずだからシリルは少し困惑していた。
「違う。全て名乗れ」
「? シリル・スヴァーキナです」
その時不意にエルドリックの口元が緩んだ。
「そうか。ではこうしよう。アーシャ嬢が優勝できなかった場合、貴様の首をアーシャ嬢に落とさせる」
「え??」
「そのくらいの覚悟は持ってもらわなければな。生ぬるい勝負にする気はない」
「え! それってつまり出場は……」
「ああ、可能だ」
「ありがとうございます! それではアーシャ様に伝えてきます! しつれいします!!」
それだけ言うと足元から煙が出るほど速足で去ってしまった。
「全く慌ただしい。まあいいか。少しくらいは面白くなりそうだ」
指先で整頓された机をゆっくりとなぞり、カンっと音が鳴った場所で止める。そしてその場所にあったマグカップを手に取り一口で飲み干した。
これからは毎週火曜日の9時に投稿してく予定でーす




