1話 弱音の王女様
不自由の逆は自由? じゃあ何一つ不自由のない暮らしは自由? はー眠たい。
※
王宮の一角。陽の光が白く眩しい時間だった。
アーシャの机の上に置かれた石がピカっと光った。
「奇跡の石が反応しました。神々もあなたたちのことを歓迎しています。きっとこの国の誇りとなって帰ってくることを心から願っていますよ」
「「「ありがとうございます!」」」
3人の冒険者は笑顔でここ、始まりの角から出て行った。小さく手を振りながら微笑んで見送る。
「…………はあーーー。ようやく2組目終わりましたわね」
鬱陶しさのあまりティアラを外して机に置く。
「お疲れ様と言いたいところですが、今日はあと3組きますね」
いかにも真面目そうなメガネをかけた金髪のメイド、メモ帳を開きながら淡々と予定を教えてくれる。
「そおーーですか。わかりましたわ」
見られないように小さくあくびをする。そのままため息もついてまたシャキッと前を向き直した。
次期王女としてのプライドを守るためには必要なことだった。
「ほどほどに頑張ってください。次の旅人が来るまでは少し余裕がありますよ」
シリルの声が少し心配そうだ。多分見られてたな。
「わかりましたわ。少しゆっくりできそうですね」
そのときノックひとつされず扉が開いた。
「し、失礼します。パックスです! あのえーっと……アーシャ様は今お時間大丈夫ですか?」
もう10年ほどもこの城に使えているというのにぎこちない動きで、足にもつきそうなピンクの髪をプルプル震えさせていた。
目はあちこちを泳いでいる。
「パックス、そんなに緊張しなくてもよろしくて。なんの用ですの?」
「ダロンとラークがその……喧嘩をしていまして……」
ようやく一瞬目があったかと思えばまた目を逸らしてしまった。
「またですの? もうどっちかが死ぬまで喧嘩させておいたほうがいいですわ」
流石に冗談だが、たまーに本気で思うこともある。
そのくらい2人は揉めてばかりだ。
「アーシャ様縁起でもないこと言わないでください。パックス、その2人は私が見るわ。あとドアを開ける時はノックしなさい」
「あ、す、すみません!」
アーシャは深くため息をついた。
「どうせわたくしが居なければ解決しませんわ。さっさと終わらせます。その2人はどこですの?」
「えーっと、ら、ラークの寝室、です」
せっかく少しは休めると思ったのにと残念な気持ちもありながらなんとか椅子から立ち上がった。
※
「何度も言ってるでしょ? いつまでもいつまでも寝てたらダメなのラーク」
ダロンがボブくらいの水色の髪をさらさら揺らしながらさとしている。
喋り方は穏やかだが手が血まみれなのか疑うレベルで赤い。多分握りしめているのだろう。
ちなみに一番胸が小さい。
「いつも言ってるじゃん……僕は沢山寝るの」
伸び放題にボサボサな黒髪。見るからに惰性で生きてそうなのがラークだ。
ちなみに一番おっぱいが大きい。
「だとしても今日は寝すぎ アーシャ様の仕事も始まってるのよ?」
「タロンは寝なさすぎだからさ……おっぱいがないんじゃない?」
ラークはプププと煽るように笑い口元を押さえる。
ダロンは呆れたように手をひらひらと動かしながら言い放った。
「ええーそうね。あなたみたいに体以外価値がない遊郭女じゃないもの」
「aaaaaaaaaカップ。子供用のブラジャーシャツ着れば? おっぱいでも戦闘でも僕に勝てないよね」
溜めていた怒りが溢れて赤を通り過ぎて青くなったダロンは右手に魔力を集めていた。
「はーいはいそこまでですわ。喧嘩しませんの」
アーシャの存在に気づいたダロンはその青髪を揺らしながら待てと言わんばかりに、アーシャに手のひらを直角に立てた。
そしてそのまま氷魔法を放つ準備をすすめている。
「アーシャ。これは最年長メイドとしての意地でもあるの放っておいてちょうだい」
「お胸が小さいというのは事実ですし、そんなに怒らないでくださいまし」
「アーシャまでそんなこと言うの!! もう魔力爆発して私もみんなも殺してやる!」
「はいはい落ち着いてくださいまし、そうは言っても元はといえばラークが寝坊するのが悪いんですの。そろそろ学習しなさい」
「はーい。じゃあ僕はもう少し寝るね」
それだけ言うとナイトキャップを被り、気づけば枕も持ってベッドに入っていた。
ダロンは怒りで震え、魔力が宿った右手を悔しそうに顔の前で握り込んでいた
「あいつそろそろ寝込みを襲って足2本くらいもぎ取ってもいいかしら?」
「落ち着いてくださいましダロン。ラークはちょっと変わった子なんですの。それに多分寝込みを襲ったところで返り討ちに合いますわよ」
ラークはこの宮殿の中では圧倒的な戦闘力を誇っていた。
「もうイライラするわ。ねえ、アーシャいい?」
「またですのー? 仕方ありませんわね」
アーシャは腕を広げ受け入れる体制に入る。そこにダロンが飛び込んできた。とは言ってもダロンの方がでかいのでかなり優しめに飛び込んできた。
ダロンはケンカの後はいつもこうして私に抱きついて落ち着く。なんでもむしゃくしゃが晴れるらしいのだが、最近は調子に乗り始めていて……
「ふあーやっぱり安心するわね」
「それはよかったですの。ところでおっぱいを触ることはゆるしていませんわよ」
「これは抱きついたら偶然目の前にあったから試しに揉んでみただけよ。私にはないものだったからわからなかっただけ」
「じゃあもうわかったんだからやめてくださいまし!」
「うーんわからないわ。まだもっと触らないとわかりそうに」
「何をしているんですか」
バシンッ! ダロンの頭をぶん殴る。その手の主はシリルだった。
「いったあ……シリルは今関係ないでしょ!」
ゴミを見るような目でシリルは言った。
「あんまり調子に乗ってるもんだから思わず手が出てしまいました。次はラークに殴らせますからね」
寝ていたはずのラークがバッと飛び起きた。
「え! やっとダロンのこと殴っていいの?」
素振りとでも言わんばかりにベッドで寝ながら天井に向けて拳を放つ。風圧で天井がガタガタ音を立てていた。
「だ、ダメに決まってるでしょ。わかったわよ。もうアーシャ様にくっつかない。それでいいんでしょ?」
不服そうな態度だったが、これ以上言ってもダメそうなのでやめといた。
騒がしいし鬱陶しいが愛おしい。いつもの日常がそこにはあった。
※
夜も深まってきた頃だった。
メイド長のシリルは寝る直前まで仕事の手伝いや身の回りの世話をする。
その締め作業とも言える工程が終わり、とりあえず今日のメイドの仕事は終わった。
もうアーシャ様もベッドに入られて、寝るだけだった。
「では私はこれで失礼します。ゆっくりおやすみなさいませアーシャ様」
ドアの前で軽くお辞儀をしてまさに出て行こうとしたときだった。
「お待ちくださいまし」
そういってアーシャ様から手招きされる。
……これってもしかして。いや、もしかしなくてもこれって……
「シリル私はしたことないのですが」
恥ずかしそうにモジモジと手を動かして体をくねくねさせている。その顔は真っ赤に火照っていた。
「その……あれをしたい……ですわ……」
わたしは動揺を隠しきれない。だが本能が答えを持っていた。
「はいぜひ。私もしたいと思っていましたから」
そういってアーシャ様の手を取ってだんだん近づく心に体が溶け合って……
なーんてことになるかもしれないわけなのかもしれないような気がするんですが!
って、妄想してる場合じゃなかった。我が主人に呼ばれたんだった。
「はい。なんでございましょうか」
「なんでそんなニヤニヤしているんですの。気持ち悪いですわね」
やはり妄想に過ぎなかったことが確定してちょっと悲しい。
「すみません。気をつけます」
アーシャは大して気にしている様子でもなかった。
「それで……その……」
言いづらいことなのか言葉に詰まりながらモジモジしている。
「いや、やっぱりなんでもないですわ。すみませんわざわざ引き留めたりして」
そういいながら目を伏せるアーシャ様は見た事ないほどに曇った表情をしていた。
なんて言葉をかけたら良いんだろうか。
「良いですよ。私には遠慮なく言ってください」
目一杯優しく微笑んで見せる。
「いや良いですわ。なんでもありませんの」
普段からなるべく笑顔を貼り付けて、旅人や私たちメイドに気を使われてる方だ。一度くらい本音を話してほしかった。
そっと抱き寄せ頭を撫でる。
「私達だけの秘密にすればいいじゃないですか? ほら早く話してみて__」
「離れて!!」
強めに押されアーシャ様の部屋のカーペットの上に転がってしまう。だが、驚きでその現状を理解するのに時間がかなりかかった。
「…………え?」
捻り出した声は情けない疑問符だった。
「ご、ごめんなさい。自分でも何でか分かわかりませんわ、本当にごめんなさい」
10年近く仕えてきて初めてだった。
「いえ、こちらこそしつこかったです。申し訳ございませんでした」
何かしてしまったのだろうか。そんなに嫌だったのだろうか。もしかして私が抱き寄せたのがそんなに嫌だったのだろうか。
分からない分からない分からない。理由を教えて欲しい。もっと話たい。頭ではそう考えていた。
でも本能が怖がっていた。今のはもしかしたらシンプルな拒絶だったのでは? もう一度話しかけたらもっと強く拒絶されたら私は耐えれるのだろうか?
わからないから怖い。これ以上傷つきたくない。いますぐのその場から逃げ出さなければと思った。
「失礼しました」
気づけばまだろうそくが消されていない宮殿の廊下に立ち止まり、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。
※
アーシャは激しく後悔していた。
この城唯一とも言える生きがい、メイドに当たってしまったことに。
私は自由なんかない。この城に囚われて、確かにシリルもパックスも他のメイドも良い子ばかりだ。でも自由を味わってみたい。
どうせ無理なんだ。今まで私の家族は代々みんな城に囚われてた。
そして自由へと旅立つ若者にそれらしい言葉をかけるだけ。
もしこのまま10年、20年と過ぎたらどうなるんだろう? 段々体は動かなくなって、魔法だって満足に使えなくなるかもしれない。
そうしたら私は一生城の中。
いつまでもこの場所に囚われるんだ。
「っう!」
吐き気がする。トイレに駆け込んだが間に合わず、競り上がってきた吐瀉物を口の中に一時押し込める。
苦い酸っぱい不快。私の人生みたい。
「うぉぉぉえ。おえぇ」
だがほれも長くはもたず、ぺっぺっと口の中の不快感を必死に取り除くがなかなか消えない。
無力感に涙が流れてその場にうずくまってしまった。
「もう……助けてよ……」
次期王としてのプライドがそんな弱音を人前で吐くことを誰にだって許さなかった。
だが、その声は廊下で立ち止まってるシリルに微かにだが確かに聞こえていた。
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※次の話は明日の5月27日公開予定です




