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無能の強者

 時間は少しだけ遡る。

 シリルがアーシャの部屋から突っ走ってエルドリックの部屋へ向かった直後、またアーシャの部屋のドアを打ち鳴らすものがいた。


 「今は1人にしておいてくださいまし」

 そんな言葉もお構いなしに入ってきたのは最年長の青髪貧乳メイドのダロンだった。

 「失礼するわよ〜」

 「たった今入るなと言ったはずですわ」

 野生の動物だったらグルルルと音を立てそうなほど威嚇気味に睨んでいたアーシャだったが、ダロンは一歩また一歩と近づいてきた。

 「まあまあ硬いこと言わないでよ。体の方はホワホワなんだから」

 「どういう意味ですの!」

 「あら? 1から説明した方がいいかしら? あんな汗ばむ夜はなかったわよ?」

 みるみるうちに顔が赤くなり、手を赤子のようにブンブン振っていた。

 「う、うるさい近づくな変態! なんの話だばか!」

 普段の王女らしい口調も忘れて必死な言葉を投げつけるアーシャ。だがダロンの歩みは机の少し手前で止まった。

 「あら、期待させちゃってごめんなさいね。今回はそういうことじゃないのよ」

 その一言でようやくアーシャの方も少し落ち着き、一つ咳払いしてからまた話し始めた。

 「それでは、どう言うご用件ですの?」

 その時ダロンは右手に込めて、募った魔力を一気に解放する。

 一瞬眩い光が見えて、一度目を瞑る2人。目を開けるとそこに広がっているのは目一杯の草原だった。

 暖かい日の光を浴びながら土の匂いに鼻をくすぐられる。夢に見たような最高の『自由』がそこにはあった。

 「なんですのー! なんですのなんですのなんですの!!」

 「興奮しすぎて語彙力無くなっちゃってるじゃない。でもね」

 パチンと無慈悲な指パッチンの音。同時に景色はいつものカーペット机だけの殺風景な部屋に戻ってしまった。

 「あれ。戻ってしまいましたわ」

 「まあね。今うつしてたのはダロンさんの魔法で作った幻だからすぐに無くなっちゃうわ」

 「そ、そうなんですのね……」

 「でもね、シリルちゃんが見せてあげようとしてるのは今のと同じ景色なの」

 「? どう言うことですの?」

 「シリルちゃんはアーシャちゃんを普通に自由な女の子にしてあげようって頑張ってるの。だからまた戻ってきたら話ぐらいは聞いてあげて? わかった?」

 「なんかわかったような……気がしないでもないですわね」

 「じゃあわかったってことね。あの子はいい子だし頭もいいからきっとうまくやるわ。一回身を委ねてみるのも悪くないと思うわ」

 「まーあそうですわね」

 頬杖をついて若干不満そうに頷くアーシャだった。



 日も傾き始めて、窓からオレンジのインクが垂らされる頃、ドアを怒涛の勢いでノックされた。


 「どうぞはいっていいですわよ」

 そうしてドアから顔を覗かせたのはシリルだった。

 するとシリルは入るや否や机から乗り出しながら早口で話し始めた。

 「はい失礼します! 先ほどは失礼な発言をしてしまい申し訳ございません、そしてもう一つ伝えたいことがあります!」

 「はいはい落ち着いてくださいまし、近いですわ」

 「ああ、申し訳ございません」

 一歩引いてようやく冷静になったシリルにようやく会話を投げかける。

 「ところでなんですの? お話とは」

 「はい、武闘会の出場権をいただくことに成功しました! アーシャ様、早く稽古しましょう!」

 「……はい?」

 「で・す・か・ら、今から本気で頑張れば騎士になれるといいているのです!」

 「……はい、はい?」

 首をかしげるばかりで何も理解できていなさそうなので、歯痒くて、アーシャの肩をブンブン揺さぶりながら必死に訴えた。

 「出れるんですよエルドリック様から許可いただいたので! 今から早く稽古しましょうよ!」

 「やめ、やめてくださいまし!!」

 パシッと手を払いのけ再び頬杖をつく。

 「え? なに? 私武道会にでるんですの?」

 「そうですよ! 何度も言ってるじゃないですか」

 「つまり私が今からこの国の騎士の誰よりも強くなればいいってことですの?」

 「そうです! アーシャ様なら可能ですよ!」

 ほとんど不可能な夢物語なことはまだ18のアーシャにも理解できていた。

 でも、それをすればさっきダロンに見せてもらった景色をいつでも見れるのかと期待に心臓が暴れているのも事実だった。

 「い、いやでも……少し難しいんではありませんの?」

 「大丈夫ですよ。今回の武闘会は木製の模擬剣に魔法を宿して戦うんです。魔法が得意なアーシャ様ならきっと勝てます!」

 それからしばらく言い合っていたが、シリルの熱に押されアーシャは出場することに決めたのだった。



 「で、なんでそうなるわけ?」

 太陽がちょうど真上にあるくらいの時間、がらんとした閑静な闘技場で2人の少女が対峙していた。

 「ラークがこの城で1番強いからに、決まっていますわ!」

 そう言いながら切り掛かるのはこの国の次期王。赤髪が鮮やかなアーシャ王女だった。

 対するはこの国1番の腕利きメイド、ボサボサな髪で寝起きであろう方がラークだ。

 不意打ちにも近いアーシャの一太刀をギリギリでブロックし、弾き返す。一瞬よろめいたその刹那、ラークの機動力を持ってすれば剣を振るのに十分すぎる隙だった。

 ラークによって弾かれ上方向に腕ごと持って行かれたアーシャの剣を左から右へと思いっきり振り払う。

 アーシャはしっかりと握っていたのだが、あまりの力の強さに剣だが吹っ飛ばされてしまう。

 その剣はクルクルと回りながら、やがて床に突き刺さった。

 「勝負あり、だね。まだ僕には敵わないよ」

 「うるさい、うるさいですわ。もう一回お相手していただいても宜しくて?」

 「いいけどさー。眠いんだよねえ」

 アーシャはそんな言葉は気にせず新しい模擬剣をすでに持っていた。

 「次は魔法も使わせて頂きますわ」

 「いいよー魔法かけ終わったら言ってね」


 それから何度も、何度も何度も、日が暮れてパックスが止めに来るまで2人の稽古は続いた。



 「じゃあこれで本当に今日は最後ですわ」

 「うん、本気を見せてよ」

 「お、お二人ともー。が、頑張ってく、くださいねー」


 止めに来たはずのパックスも観客席から1人で応援していた。

 だが集中し切っている2人にその言葉は届かない。アーシャは剣に氷の魔法を宿す。

 一つ深呼吸をして息を吐きながら言葉を発する。

 「1、2の3!」

 アーシャが手に持っている水色に輝く模擬剣を闘技場の地面をこすりながら、目にも止まらぬ速度で一回転する。

 同時に波紋状に床が凍りつき始めた。

 「結構すごいことできんじゃん」

 だがラークが最強たる所以はその機動力。一跳びでアーシャの真後ろに着地し、早期決着をはかる。だが鍛錬に次ぐ鍛錬で研ぎ澄まされていたのはラークだけではなかった。

 アーシャはすぐさま一歩前に踏み出し、ラークの剣を躱わした。

 だがラークも同時に前に出て、ダメ押しの一振りを叩きつける。間一髪でアーシャも剣を合わせ弾き返すが、ラークに力勝負で右に出るものはいない。剣は守れたが、自分ごと吹っ飛んでしまった。

 自分で張った氷の床に背中から着地する。

 「いった……」

 あまりの痛みに耐えきれず声まで漏れてしまう始末。ラークはこれで終わりとでも言わんばかりに剣を持ち、全速力で走ってきていた。

 アーシャの頭をじわじわと埋めるのは敗北の2文字。で、あろうとシリルは勝手に予想していた。勝ちを確信し、剣を振おうとしたその時、一瞬ラークの目に映ったアーシャの表情。

 それは口角が伸び、意志を宿した瞳。まだ戦う者の顔をしていた。

 そのことに気づいたのは足元から氷の柱が飛び出して、間一髪で避けたものの木刀は吹っ飛ばされた後だった。

 「逃しましたわ。でもこれで終わりですのよ!」

 その言葉と同時に人が大の字になった時くらいの幅がある氷が四つ、困惑して動きが鈍っているラークを囲むように現れた。

 木刀も吹っ飛ばされ、魔法によって囲い込まれてしまったラーク。ほとんど勝負は見えている状況だった。



 ラークの幼き頃、魔力診断をする魔父様のところへ訪れていた。

 ステンドガラスに覆われそこから色のついた光が全体を暖かく照らす。厳格だがどこか優しい、そんな建物の中だった。

 魔父様に頭を触られた。

 「少し痛いかもしれないけど、我慢してくれるかい?」

 ラークはうんうんと元気よく頷く。だがいつまで経っても痛みはなかった。

 「もしかして……痛みはないのかい?」

 またうんうんと頷く。

 「そうかい。じゃあ、少し待っていてね」

 そうしてママとパパを連れて別の部屋に行ってしまった。


 それから学校はもう行っちゃダメって言われた。あんまり外にも出ちゃ行けないって言われた。暇になっちゃった。そしたらパパ毎日戦う練習してくれた。

 段々戦うのが好きになって、たくさん練習してるうちにパパも力で圧倒できるくらいになってきた。

 でもある時どうしても外が気になっちゃって、家を抜け出して遊びに出かけた。そしたらびっくりした。

 みんな手から炎出してた。風出してたし、水出してた。

 家に帰ってすぐに言った。

 「みんなすごいよ! 手から色々出しててさ、ラークもあれやりたい!」

 でもママは答えてくれなかった。代わりに泣きながら抱きしめられて、何回もごめんねって言われた。

 それから少し大きくなって、物事がわかって来た頃、僕は生まれつき魔力が無い『無能』だと知った。

 だからそれから僕の存在価値は強さ、それだけだと思ってとにかく鍛えた。稽古して、喧嘩して、最強を目指し続けた。

 1番好きなことができない、こんなクソみたいな人生の唯一の意味なんだって信じて。



 だから僕は、無能の強者はこんなところで負けるわけには行かないんだ。

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