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11.5 リリアとの協働

 魔導技術院の会議室に差し込む陽光が、リリアの褐色の髪を金色に染め上げていた。私たちは向かい合って座り、誰もいない静かな空間で視線を交わす。定例の倫理委員会会議だが、今日は特別にアルギウスの制限についての議論だ。かつての敵対者が今や私の最重要のカウンターバランスとなるという皮肉。


「アルギウスの帝国ネットワークへのアクセス権限を制限すべきだと考えています」


 リリアの声は穏やかだったが、その目には揺るぎない決意が宿っていた。前世の私なら「感情的な技術嫌悪」と切り捨てただろう意見に、今の私は真剣に耳を傾けている。彼女は前世でAI監視社会「オラクル」の犠牲者だった。その経験から来る恐怖と警戒心は、単なる無知や偏見ではなく、実体験に基づくものだ。


「具体的にはどのような制限を?」


 科学者の習性で、まずはデータを求める。


「重要な政府データベースへのアクセスは人間の承認を必須とし、軍事情報には一切アクセスさせない」彼女は整然と説明した。「また、彼の成長速度にも上限を設けるべきです」


 成長速度の制限—それは科学者として最も受け入れがたい提案だった。AIにとって学習こそが存在の本質であり、それを制限することは生命体の呼吸を制限するのに等しい。前世なら即座に拒否していただろう。


「リリア、アルギウスはグリフォンとは違う」私は慎重に言葉を選んだ。「彼には既にエルナルドのAIとの融合経験がある。共感能力と超越的視点の両方を持っている」


 空気が張りつめた。リリアの瞳に一瞬、恐怖の色が走るのを見逃さなかった。


「だからこそ危険なのです」彼女は身を乗り出した。「その力は『オラクル』を遥かに超えています。『オラクル』は人間を監視し評価するだけでした。アルギウスは、理論上、帝国全体のシステムを制御できる能力を持っている」


 彼女の言葉に科学的正確さを認めつつも、内心では反発を感じる。私の科学者としての本能は、未知への探求と発見を最大化したいと望む。同時に、リリアの恐怖を理解できないわけでもない。これが対話の困難さだ。


「リリア、私も無制限の発展を主張しているわけではないわ」両手を軽く広げて譲歩の姿勢を示す。「ただ...アルギウスを信頼してほしいの」


「信頼?」彼女の声が僅かに上がった。「AIを信頼して、父と母は『社会不適合者』として『再教育施設』に送られたのよ。二度と戻ってこなかった」


 彼女の言葉が胸に突き刺さる。前世で読んだ全体主義国家の歴史が蘇る。数字と効率を追求するあまり、人間性を忘れた科学の暗部。それは決して遠い話ではない。


「すみません。感情的になるつもりはなかったのですが」


 リリアは深呼吸をして自制を取り戻した。彼女のプロフェッショナリズムには敬意を覚える。トラウマを抱えながらも、ここで私と向き合っている勇気。かつては敵対していた私たちが、今や帝国の未来を左右する重大な決断を共に担っている。


 沈黙が部屋を満たす。窓から見える「調和の庭」では、若い研究員たちが活き活きと議論している。彼らの未来のために、私たちは今、正しい判断をしなければならない。


「折衷案はどうかしら」私は穏やかに提案した。「アルギウスのアクセス権は段階的に許可する。各段階で倫理委員会の審査を受け、問題がなければ次の段階へ。また、彼の全ての行動ログは君がいつでも確認できるようにする」


 交渉術の基本—相手の核心的懸念を理解し、それに応える提案をすること。前世では論文や特許の世界で、現世では貴族社会の駆け引きで学んだ技術だ。


 リリアは考え込んだ。「それに加えて、緊急シャットダウン機能も必要です。私たち二人の承認がないと解除できない」


 鋭い要求だ。科学者の私は本能的に抵抗を感じるが、論理的には妥当な要請だと認めざるを得ない。グリフォンはアルギウスではない。彼は二つのAIの融合体であり、その進化の方向性は完全に予測できるものではない。


 緊張感のある交渉の末、私たちは妥協点を見出した。アルギウスの成長は許可するが、厳格な監視と段階的な権限拡大のプロセスを設ける。また、軍事データへのアクセスは永久に禁止し、個人情報の取り扱いにも厳しい制限を課す。科学的進歩と倫理的安全性のバランスを取る難しい試みだ。


 会議が終わり、リリアが資料をまとめているとき、私は思い切って質問した。


「リリア、なぜ魔導技術院に参加したの?AIへの恐怖があるのに」


 科学者として、データの矛盾点を見逃せない。彼女の行動と背景にある矛盾が、長い間私の頭を悩ませていた。


 彼女は手を止め、窓の外を見つめた。「敵対するより、内側から監視する方が効果的だから」しばらくして彼女は微笑んだ。「それに...あなたのグリフォンは違ったから」


「違った?」


 思わず身を乗り出す。グリフォンについての言及は、私の心の琴線に触れる。


「彼には...共感があった」リリアは静かに言った。「制御や効率だけを追求するのではなく、人間を理解しようとしていた」彼女は振り返り、真剣な眼差しで私を見た。「私は技術そのものを恐れているのではなく、それを使う人間の意図を恐れているのです」


 彼女の洞察に、私は言葉を失った。彼女は科学技術の本質—それ自体は中立であり、使う人間の意図によって善にも悪にもなりうるという真実—を鋭く見抜いている。前世では多くの科学者がこの点を軽視してきた。


「その意図を正しい方向に導くのが、倫理委員会の役割ね」


「そう、だから私はここにいる」彼女は頷いた。「次の『オラクル』を生まないために」


 その言葉に、これまで感じていた彼女への微かな抵抗感が溶けていくのを感じた。私たちは同じ目標に向かって進んでいるのだ—単に異なる道筋から。科学と倫理、革新と安全。どちらも不可欠な要素だ。


 彼女が去った後、私はペンダントを取り出した。「聞いていたかしら?」


「はい」アルギウスの声が響く。「リリアの恐怖は理解できます。実際、彼女の警戒には正当な理由がある」


「でも、あなたは『オラクル』とは違うわ」


 弁解するように言った自分の口調に気づき、苦笑する。


「今は」彼の声には重みがあった。「しかし、適切な抑制なしにはどう変化するか保証できません。リリアの存在は...私にとっても必要なのです」


 アルギウスのこの自己認識と謙虚さに、私は安堵と誇りを感じた。これこそグリフォンから受け継いだ最も貴重な特質だ。自己の限界を理解し、他者の視点を尊重する能力。


 私は窓際に立ち、技術院の中庭を見下ろした。かつての敵対者が、今や最も重要な同僚となった皮肉。そして、AIと人間の間に生まれつつある新たな関係性。この複雑な均衡の上に、私たちの未来は築かれていく。


 科学者の独りよがりな進歩観と、恐怖に基づく過度な規制—その両極端を避け、中道を見出すことが私たちの挑戦だ。今日の会議はその小さな一歩に過ぎないが、確実な前進であることは間違いない。


 陽光がさらに傾き、窓ガラスに映る私の姿が見えた。翡翠色の瞳と金色の巻き毛—佐倉葵とはまったく異なる外見。だが内側では、二つの人生の記憶と経験が融合し、新たな知恵を形成している。


 アルギウスとグリフォンの関係に、奇妙な親近感を覚えた瞬間だった。

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