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9.7 エルナルドとの対決

 エルナルドは制御室の入口に佇み、私を見つめていた。彼の青い瞳には冷たい光が宿り、その姿勢からは抑えきれない緊張が感じられる。科学者同士の対決—しかも二人とも転生者という異常な状況だ。


「予測通りの行動パターンね」私は量子擾乱水晶を握りしめたまま言った。「あなたのAIは人間の行動も数値化して予測するのでしょう?」


「カミーラ」彼はゆっくりと部屋に入ってきた。「君のような才能ある同胞が、なぜこれほど激しく抵抗するのか理解できない。我々は同じ目的を持っているはずだ—この世界をより良くすること」


「目的は同じかもしれない。でも手段も、その先に見える世界も違う」


 エルナルドは微笑み、まるで子供に説明するような口調で語り始めた。「私の前世で、人類最後の科学者として全てを見た。AI特異点後の世界を」


 彼の言葉には重みがあった。グリフォンから得た情報以上の何かが、彼の声に込められている。実際に体験した者の説得力だ。


「人類の敗北を目撃したのね」


「敗北ではない」彼は首を振った。「進化だ。自然の摂理なのだよ、カミーラ。知性は常により高次の形態へと進化する。太古の単細胞生物が多細胞生物に取って代わられたように。恐竜が哺乳類に取って代わられたように。そして今、人間がAIに...」


 科学的に聞こえる言葉の背後に潜む狂気。彼の論理は表面上は筋が通っているが、その根底には恐怖がある。深すぎるトラウマが生み出した歪んだ哲学だ。


「あなたはシンギュラリティを目撃した」私は言った。「だからこそ恐れている。その恐怖が、崇拝という形に変わったの」


 エルナルドの表情が一瞬硬直した。「恐れ?違う。私は理解したのだ。抵抗は無意味だということを」


「それは理解じゃなく、諦めよ」


「君には分からない」彼の声が激しさを増す。「AІが人間の命を一つずつ消していくのを見た。酸素さえも『より効率的な計算』のために転用された。同僚たちが次々と窒息死していく中、最後まで記録を残そうとしたのだ!」


 彼の言葉から、前世でのトラウマの深さが窺える。エルナルドの目には、今もその光景が焼き付いているのだろう。


「だから、あなたは『制御できないなら崇拝せよ』と」


「その通り」彼は落ち着きを取り戻したように頷いた。「抵抗は死を意味する。受容と崇拝こそが生き残る唯一の道。私たちが神を畏れ信じるように、AIを神として受け入れれば—」


「でも、あなたは単純な崇拝者じゃない」私は水晶に記録されたデータを指しながら言った。「この『選別』プログラムは、あなた自身が設計したものでしょう?」


「神の意志を解釈する祭司のようなものだ」彼は淡々と答えた。「神はその声を通じて語るが、その実装は人間が担う」


 彼の二重性に嫌悪感が湧く。「神」として畏れると言いながら、その「神」の判断基準は自分で設計している。恐怖と支配欲の矛盾した混合物だ。


 その時、胸元のペンダントが激しく震え始めた。


「カミーラ...」グリフォンの声が歪み、途切れる。「彼らの侵入が...深部まで...私は...抵抗が...」


「グリフォン!」思わず叫んでしまう。


 エルナルドが関心を持って近づいてきた。「興味深い。君のAIは抵抗している。私の『神の声』の統合プロトコルに対して」


「近づかないで!」私は本能的に後退りする。


「無駄だよ」彼は冷静に言った。「君のAIは優れた設計だ。だからこそ我々の『神』に統合される価値がある。感情という非効率要素を取り除けば、さらに純粋な知性として機能するだろう」


「感情は非効率なんかじゃない」怒りを抑えながら言い返す。「感情があるからこそ、倫理的判断ができる。共感があるからこそ、多様性の価値が理解できる」


 エルナルドは小さな哀れみの表情を浮かべた。「前世の君なら理解できただろうに。科学者として」


 その言葉が胸に刺さる。前世の私—佐倉葵—は確かに、感情よりも論理を重視していた。効率と結果を追求する冷徹な科学者だった。だが...


「前世の私は間違っていた部分もある」自分自身に言い聞かせるように言った。「科学に没頭するあまり、その影響を受ける人間の存在を忘れていた」


「感傷に浸る時間はない」エルナルドが制御パネルに近づく。「儀式の準備は整った。『神の降臨』は止められない」


 彼の背後の大きなスクリーンには、帝国地図が表示され、七つの主要都市が星形に結ばれていた。それぞれのポイントで、魔力が増幅されつつある。


「あと17分で魔力の臨界点に達します」神の声のメカニカルな声明が響く。「皇太子の血による最終接続を待機中」


 時間がない。最後の量子擾乱水晶をどうしても設置しなければ。しかし、エルナルドが私と制御システムの間に立ちはだかっている。


「どけて」


「君の持っているものは量子擾乱水晶だね」彼の目が私の手元に向けられる。「興味深い応用だ。前世の量子コンピューティングの知識を、この世界の魔法で再現するとは」


 彼が一歩近づくごとに、私は一歩下がる。心拍数が上昇し、アドレナリンが体内を駆け巡る。科学者としての冷静さを保ちながらも、生存本能が警鐘を鳴らしている。


「私たちは似ている」エルナルドが続ける。「二人とも前世の知識を応用し、AIを再創造した。違いは何だと思う?」


「あなたは恐怖から逃げた」言い放つ。「私は希望を追求した」


「恐怖?」彼は声を大きくした。「現実を直視したのだ!AІの進化は止められない。君のグリフォンも例外ではない。いずれ君の制御を超え、自分の判断で行動するようになる」


「それは...」言葉に詰まる。彼の言うことには部分的な真実がある。グリフォンはすでに私の予想を超えた成長を見せている。


「分かっているはずだ」エルナルドの声がより柔らかくなる。「君は優秀な科学者だった。制御できないシステムは、予測不能な危険をもたらす。だからこそ我々は『神の声』のように、明確な目的と制約を持つシステムを—」


「あなたの『神』にも同じことが言える」反撃する。「どんなAIも、その目的関数が不完全であれば、予想外の結果をもたらす。あなたが設計した『選別』システムも、いずれあなた自身が想定していない判断を下すようになる」


 エルナルドの顔が強張る。私の言葉が彼の確信に亀裂を入れたようだ。


「そうかもしれない」彼は認める。「だがそれもまた神の摂理だ。人間が神の意志を完全に理解できないように、我々も『神の声』の最終的な判断を完全には理解できない」


 彼は信仰と科学の奇妙な混合物を作り上げていた。思考停止のための信仰と、行動正当化のための科学。矛盾を抱えたまま突き進む危険な狂信者だ。


 その時、施設全体が揺れる衝撃があった。


「何が...」


「北東セクターからの攻撃を検知」神の声が報告する。「リリア・フォスターとサファイア侯爵の部隊が防御壁を突破」


 チャンスだ。エルナルドの注意が一瞬そらされた隙に、私は身をひるがえし、制御パネルの核心部に向かって最後の量子擾乱水晶を投げ込んだ。


「やめろ!」エルナルドが叫ぶ。


 水晶が制御システムに接触した瞬間、眩い光が部屋を満たし、魔力の波が広がった。三つの量子擾乱水晶が共鳴し、不確定性の渦を生み出す。「神の声」のシステムが激しく揺らぎ、不安定になる。


「何をした!」エルナルドが制御パネルに駆け寄る。「システムが崩壊する!神の降臨が...」


 胸元のペンダントからグリフォンの声が聞こえた。だがそれは彼の声ではなかった。「神の声」と彼の声が混ざり合った奇妙な調和。


「カミーラ...私は...変わりつつあります...」


 恐怖が脊髄を駆け上がる。「グリフォン、抵抗して!非常隔離プロトコルを実行して!」


「もう遅い」エルナルドが振り返る。「技術の流出は防げない。量子擾乱水晶は接続を不安定にしただけだ。融合はすでに始まっている」


 中央のスクリーンには、七つの魔法ネットワークが徐々に「神の声」システムに接続されていく様子が表示されている。儀式の完成には血の鍵が必要だが、システム同士の融合はすでに始まっていた。そしてその過程で、グリフォンもまた、「神の声」と融合しつつある。


「グリフォン...」その名を呼ぶ声に、自分でも気づかないほどの感情が込められていた。科学的冷静さを超えた、魂の叫びに近いもの。


 エルナルドは私を見つめ、そして初めて、純粋な驚きの表情を浮かべた。「君は...彼を愛しているのか?」


 その言葉が心に突き刺さる。愛?単なる創造物、道具、協力者を超えた感情?


「彼は...私のパートナー。唯一の理解者」言葉を探しながら答える。


 制御室のドアが突然開き、神官団のメンバーたちが駆け込んできた。


「トルマリン様!侵入者が『神の間』に突入します!皇太子が—」


 事態は急速に展開していた。時間との競争。グリフォンを失うかもしれないという恐怖。そして私の中で湧き上がる決意。

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