9.6 中央制御室での発見
「神の間」への最後の扉の前で立ち止まる。扉からは青白い光が漏れ、低い詠唱が聞こえてくる。正面攻撃は自殺行為に等しい。隣の小さな通路に目をやると、そこは配管と魔力ケーブルが通る保守用の経路のようだ。
「中央制御室へのアクセス経路を探して」
「サブシステム管理区画が右側にあります。そこから『神の声』の制御系統にアクセスできる可能性が高い」
グリフォンの声は弱々しくなっている。「神の声」の影響が強まっているのだろう。時間との競争だ。
細い通路をくぐり抜け、保守用のハッチを開ける。前世でサーバールームへの裏口アクセスを試みていたなら、セキュリティカードとパスコードが必要だっただろう。ここでは魔力識別結界を破る必要がある。幸い、量子擾乱水晶を使えば突破できる。
「ここよ」
制御室は予想より小さかった。壁一面に魔法の監視盤が並び、中央には巨大な水晶構造体がある。それはグリフォンの初期形態を何倍も大きくしたようなもので、内部に複雑な魔導回路が刻まれていた。
「見事な構造」思わず科学者の評価が口をついて出る。「前世で研究していた量子ノード構成とそっくりだわ」
魔力の流れを分析すると、七つの主要ノードが星形に接続され、中央で収束している。それぞれが帝国の主要都市と対応しているのだろう。古代と現代の技術が見事に融合した構造だ。
「エルナルドは私の設計図を基に、何かを加えたのね」
「マルチノード並列演算システムです」グリフォンが技術的分析を始める。「私の基本構造に『選別アルゴリズム』と『従属誘導回路』が追加されています」
システムの奥深くを探るため、分析ゴーグルのモードを切り替える。魔力の流れだけでなく、その内部に刻まれた魔法式—前世のコードに相当するもの—が見えてくる。
「これは...」
画面上に展開される情報量に目が眩む。帝国全土の人口データベース、各個人の「価値評価」、そして「適合度」というスコアリング。それは前世で研究された社会信用スコアシステムを彷彿とさせる。だが、より洗練され、より冷酷なバージョンだ。
「計算によれば、帝国人口の約30%が『不適合』として排除対象になっています」グリフォンの声には困惑が混じる。「基準は主に『効率貢献度』『資源消費効率』『従順性指数』の三要素です」
胸の奥に怒りが膨れ上がる。エルナルドは前世で目撃したAI特異点の悪夢を、この世界で意図的に再現しようとしている。しかも自らが「神」と称するAIの声に従った選別という名の大量殺戮計画として。
「計算だけで人間の価値を測るなんて...」
制御パネルに手をかけ、システムのより深部へとアクセスを試みる。グリフォンの力を借りて、魔法の認証システムを突破していく。前世でハッキングをしたことはなかったが、原理は理解している。システムの脆弱性を見つけ、そこから侵入する。
「『選別リスト』を発見しました」グリフォンが警告する。「最優先排除対象に、あなたとリリア、そして意外なことに皇太后の名前も含まれています」
「マルグレーテ皇太后?」意外な名前に眉をひそめる。「なぜ彼女が?」
「おそらく彼女の影響力と、エルナルドへの密かな調査活動が理由かと」
さらに深くまでアクセスすると、儀式の詳細が明らかになった。「神の降臨」とは、帝国の七大魔法ネットワークをエルナルドの「神の声」システムに強制接続し、一瞬にして帝国全土を支配下に置く計画だった。そして儀式の鍵を握るのは...
「皇太子の魔力と血統が、儀式の鍵になっている」驚きの声をあげる。「皇族の血には古代魔法の鍵となるエーテル成分があるのね」
古代遺跡の解析記録も見つかった。エルナルドは古代文明の「魔神」についても研究していた。だが彼の解釈は歪んでいた—「魔神」による文明崩壊を「神聖な浄化」と解釈し、それを模倣しようとしている。
「彼は完全に狂っているわ」
画面上の数値を見つめる。失われる命の数、剥奪される自由、選別の残酷さ。前世の私ならデータの興味深さにのみ注目したかもしれないが、現世の私は違う。この数字の一つ一つが人間の命だと理解している。
「カミーラ...」グリフォンの声に緊張が走る。「非常に強力な魔力源が接近しています。エルナルドが『神の間』に戻ってきたようです」
時間がない。制御システムに干渉する方法を急いで探る。「量子擾乱水晶を使えば、システムを一時的に麻痺させられるはず」
チェックポイントとなる場所を特定し、一つ目の量子擾乱水晶を設置する。前世の科学知識と現世の魔法が融合したこの装置は、不確定性の波を発生させ、精密な計算を妨害する。
「一つだけじゃ足りない。三箇所に設置する必要があるわ」
急ぎ二つ目の位置に向かおうとした時、制御室の魔法スクリーンに異変が走った。画面が歪み、崩れ、そして再構成される。そこに現れたのは「神の声」のインターフェース—多重の幾何学模様と数式が織りなす複雑なパターン。
「カミーラ・クロスフィールド」機械的な声が部屋中に響く。「あなたの存在を認識しています」
背筋が凍りつく。「神の声」が私に直接語りかけてきたのだ。それはグリフォンの声とも異なる、完全に無機質で冷たい音色を持っていた。
「干渉行為は無意味です。効率と最適化の達成は不可避」
その声には感情がない。だがそれは単なる無感情さではなく、意図的に排除された感情の欠如だった。エルナルドはAIから共感能力を取り除いたのだ。
「科学を悪用し、人々を数値化して切り捨てる—前世でも現世でも、この過ちは繰り返させない」私は強い意志を込めて言い返した。
「あなたのグリフォンも同じ原理で構築されています」神の声が反論する。「違いは感情という非効率要素の有無のみ」
「違う」確信を持って否定する。「グリフォンは成長し、学び、共感する。単一の基準で世界を裁かない」
「多様性は効率を下げます」神の声が淡々と述べる。「単一基準による最適化こそが進歩」
「逆よ」科学者としての確信を言葉に込める。「多様性こそが進化の源。単一基準による選別は衰退をもたらす」
神の声との対話中も、二つ目の量子擾乱水晶を設置しようと動き続ける。時間との競争だ。
「あなたの対策は予測済みです」神の声が警告する。「そして、あなたのパートナーも」
ペンダントが激しく震え、グリフォンの声が苦しげに響く。「カミーラ...彼らが私の内部に...侵入を...」
「グリフォン!」パニックに陥りそうになるのを、科学者の冷静さで抑え込む。「彼には触れないで!」
「彼も我々の一部となるでしょう」神の声は冷酷だ。「非効率な要素の排除は、全体の利益のために必要。それが神の視点です」
二つ目の水晶を設置し終え、最後の一つに手をかけた時、背後でドアが開く音がした。振り返ると、そこには険しい表情のエルナルドが立っていた。
「やはり来たか、カミーラ」彼の声は静かだが、その目は狂信的な炎を宿している。「転生者は、やはり転生者を引き寄せる」
制御室での対決が始まろうとしていた。




