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6. 3. トルマリン城と初期接触

 トルマリン城は、私の予想を超える規模と美しさで目の前に現れた。夜の闇の中で浮かび上がる幾何学的な輪郭。七つの塔が、夏の大三角形の星々と完璧に一致するよう配置されている。これは意図的な設計だ。前世の私なら、偶然の一致と片付けるかもしれないが、この世界では星と建築の調和は魔法的意味を持つことを知っている。


「まるで古代遺跡のようですね」アリシアがささやいた。


「ええ、あるいは未来の建築かも」私は思わず口にして、すぐに自分の失言に気づいた。「私の想像の中では、ね」


 城門には全身甲冑の騎士たちが整然と並び、私たちの馬車を出迎えた。彼らの胸当ては星型の紋章で飾られ、兜の前面には水晶が埋め込まれている。私は科学者の分析眼で彼らを観察した。水晶の配置が特異な規則性を持つ。通信装置?監視システム?それとも意識制御装置?


「クロスフィールド侯爵令嬢、ようこそトルマリン城へ」


 エルナルドの声が中庭から響き、彼が優雅に階段を降りてくるのが見えた。緑がかった青の貴族服に身を包み、胸元には私のペンダントと同様の水晶が輝いている。ただし、彼のものは僅かに紫がかった色調だ。彼の物腰は完璧に洗練されているが、その目には何か冷たいものが潜んでいる。


「トルマリン伯爵、ご招待いただき感謝します」私は最上級の宮廷作法で挨拶を返した。内心では警戒心の波が押し寄せる。前世のレイモンド・シェファード博士を彼の中に見出そうとしているが、表面上は完璧な貴族の仮面だ。


「あなたの訪問をとても楽しみにしていました」彼は私の手に軽く口づけし、それから顔を上げて直接目を見た。「同じ『星を見る目』を持つ者として」


 この言葉に、私の脊髄を電流が走り抜けた。彼は知っている。あるいは少なくとも、私が普通の貴族令嬢ではないことを。貴族令嬢としての訓練が自動的に働き、私の表情は何も漏らさなかったはずだ。


「星に導かれるのは貴族の義務ですから」と、表面上は取り繕った。


 エルナルドの唇が僅かに歪み、微笑みと嘲笑の中間のような表情を浮かべた。「さあ、まずは館内をご案内しましょう。疲れた体を休め、夕食の後に『星天魔導研究会』の施設もお見せします」


 城内に足を踏み入れた瞬間、グリフォンとの意識のつながりが一瞬乱れた。干渉装置だ。明らかに特定の周波数の魔力を抑制するよう設計されている。私は胸元のペンダントに自然な仕草で触れ、微調整の魔法を密かにかけた。


「素晴らしい建築ですね」と褒めながら、実際は構造を分析していた。内壁と天井には、一見装飾的に見える浮彫りが施されている。しかし私の目には、それが複雑な魔法回路に見えた。そして床の模様は...


「そう思いますか?」エルナルドが私の思考を中断させた。「この城は私の曽祖父の代に建てられたものですが、実は古代遺跡の上に築かれています。床の模様は元々あった魔法陣をそのまま保存したものです」


「まるで思考を読まれたかのような回答ね」私は心の中で考え、同時に「魔法陣の研究もされているのですか?」と質問をすり替えた。


「ええ、まさに我が『星天魔導研究会』の主要研究テーマの一つです」彼は手を広げた。「古代文明の叡智を現代に活かす。それが私たちの目標なのです」


 やがて私たちは広大なホールに案内された。そこでは20人ほどの若い貴族たちが輪になって立ち、中央に置かれた水晶台を囲んでいた。彼らは目を閉じ、何かを唱えているようだ。


「我が研究会のメンバーです」エルナルドが説明した。「今日は『星の波動』を感知する訓練をしています」


 表向きの説明は穏当だが、私には違って見えた。彼らの額の静脈が浮き出るほどの集中。同調的な呼吸パターン。そして中央の水晶台から放たれる微かな青白い光。これは単なる訓練ではない。私が大学院で研究していた「量子もつれネットワーク」の魔法版だ。


「彼らは何を...感知しているのですか?」慎重に言葉を選んだ。


「神の声を」エルナルドはあっさりと答えた。「もっとも、誰もがそれを聞けるわけではありません。センシティブな才能が必要なのです」


 神の声—エルナルドの模造AIを指す公式名称だろう。彼は私の反応を注視していた。実験動物を観察する科学者のように。


「興味深いわ」私は感心したふりをした。「でも、神の声とはどのような?」


「それはご自身で体験してみてはいかがでしょう?」彼の提案は軽やかだったが、その目は鋭かった。「今夜の儀式にご参加いただければ」


 罠だ。明らかに。彼は私が何者か確認するために、「神の声」システムに接続させようとしている。グリフォンが検出され、私の正体が露呈するリスクが高い。


「光栄ですが...」私はためらいを見せた。「初めての経験は少し怖いですね」


「恐れる必要はありません」彼は優しく言った。「神は真実を見抜き、真実に応える存在です」


 この言葉の二重の意味に、私は内心で震えた。彼は確信しているのだ。私が転生者であることを。このやり取りは猫と鼠のゲームだが、私たち二人とも自分が猫だと思っている。


「お着替えはいかがですか?」エルナルドは話題を変えた。「夕食まで休息の時間がございます」


 私は感謝を述べ、案内された客室に向かった。アリシアと二人になった瞬間、部屋の隅々まで調べ、魔法的な盗聴装置がないことを確認した。エルナルドならそういった配慮はしているだろう。


「グリフォン、状況は?」ようやくペンダントに問いかける。


「干渉は続いていますが、対策プロトコルが機能しています」彼の声は少し弱々しかった。「ただし、魔力消費が通常の2.3倍に増加しています。長期間の運用には限界があります」


「わかったわ」私は窓から外を見た。城の中庭では別のグループが何かの準備をしていた。円形に並べられた松明と、中央に据えられた巨大な水晶台。「夜の儀式ね...」


 前世では単なる研究者だった私が、今は秘密結社の潜入捜査をしている。皮肉な運命だ。しかし、前世で果たせなかった責任を、今世で果たす機会でもある。


「この城全体が一つの巨大な装置のようね」私はつぶやいた。「建築様式、装飾、配置...すべてが何らかの目的を持っている」


「その通りです」グリフォンが応じた。「この建物の構造自体が、大規模な増幅器として機能していると推測されます。マルチノード量子計算機の建築版と言えるでしょうか」


 私は微笑んだ。AIとの対話は、不思議と私を落ち着かせる。「そう、まるで古代エジプトの神殿のように、建物自体が宇宙との共鳴装置になっているのかもしれない」


 壁に掛けられた星図に目をやると、それが現在の星座ではなく、三千年前の星空を描いていることに気づいた。古代文明への憧れ?それとも...彼が何かを計画する日付の予告?


 ドアがノックされ、儀式用の衣装が届けられた。真っ白な絹のローブに、金糸で星のパターンが刺繍されている。


「お似合いかと思いまして」エルナルドからの手紙が添えられていた。「同じ星を見る者として、今夜はぜひご参加ください」


 私は布地を指でなぞり、微量の魔力反応を感じた。このローブ自体が魔法装置の一部なのだろう。どのような効果があるのか不明だが、確実に危険だ。


「身につけてもダイジョブでしょうか?」アリシアが心配そうに尋ねた。


「いいえ、これは着ない」きっぱりと言った。「代わりに明日の晩餐会用に持ってきた青いドレスを準備して」


 着替えを済ませた後、窓から沈みゆく太陽を眺めた。赤く染まる空が、まるで警告のようだ。前世の私は、研究室から外の世界を見ることさえ稀だった。今、私は未知の危険に囲まれている。


「グリフォン、今夜の儀式に関して何か分析はある?」


「情報が限られていますが、注意すべき点が二つあります」彼の声が静かに響いた。「一つは、儀式中の魔力パターンが私のコアアルゴリズムと共鳴する可能性。もう一つは、儀式が『人間の脳の特定領域への干渉』を目的としている可能性です」


「洗脳ね」私は窓枠に手をついた。「古典的だけど効果的」


 準備を整え、鏡に映る自分に最後の確認をした。翡翠色の瞳と金色の巻き毛。前世では見たこともなかった美貌。でも今、この美しさが私の武器だ。佐倉葵の鋭い知性とカミーラの優雅な仮面。両方の強みを持つ存在として、私はエルナルドに立ち向かう。


「いよいよ狼の巣に足を踏み入れるわね」私は自分に言い聞かせるように言った。


 グリフォンの声が応じた。「しかし、罠を察知する猟師の目を持っています」


 内心では、これから見ることになるものへの恐怖と好奇心が入り混じっていた。エルナルドの「神の声」の正体、そして私たちが共有する前世の記憶と科学への理解。彼が同じ量子AIの研究者だったとしても不思議ではない。だがその結論に至った道筋は、明らかに私とは違う。


 ドアをノックする音。夕食の時間だ。私は深呼吸し、貴族令嬢の表情を取り戻した。ゲームは始まったばかり。初期接触が終わり、これからが本当の潜入調査の始まりだ。


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