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大地の宝石  作者: 森宮 スミレ
番外編
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公爵家への招待 4

 前回の訪問を思い出し、セリアはうっと湧き上がった羞恥に頭を振ってその情景を追い出した。と、思わず赤くなった頬を自覚し、周りに誰もいないことを確認すべく咄嗟に見回す。


 財務府からの帰り道、煌びやかな廊下には幸運にも誰も居ない。ホッと安堵のため息を吐いてセリアは胸を撫で下ろした。


 思わず恥ずかしいことまで思い出してしまったが同時に、それがカールとの最後の触れ合いだったことにも思い至る。

 結局次の日も、自分の希望とカールが提案してくれたことで半日を図書室で過ごしたし、それ以外はイレーネ様とお茶をしていた。そうしている内にあっという間に滞在時間が過ぎてしまったのだ。


 それ以降、マリオス補佐の役目に付いてからカールを始め他の友人達ともゆっくり会話することすら出来ていなかったのだから。

 久しぶりにカールと過ごせる。そう考えれば胸をくすぐる照れくささをどうしても抑えられない。今度こそ、前にしてしまったようにうっかり小恥ずかしいことまで口走るのは気を付けなければならないが。


 と、ほんの少しの間照れくささと期待に胸を弾ませていたセリアだが、すぐにハッと我に返ると手元にある財務府からの連絡事項をジークフリードに報告しなければ、と顔を引き締めて廊下を歩き出した。






 そこから三日はあっという間に過ぎ、約束の日の午後。言葉通り、王宮の一角にある仕官や官吏に与えられる区画のセリアの部屋まで迎えに来たカールと連れ立って、セリアは王宮を出た。

 視察等の仕事以外で王宮を出るのは久しぶりな気がする。そんな思いで王宮の門前に用意されていた馬車に乗り込もうとした所で繋がれていた馬に気付きセリアは顔を輝かせる。


「ヴァーゴ!」


 その見事な黒馬を見紛う筈がなく、セリアは自分の愛馬に駆け寄る。


「ヴァーゴ久しぶり。嬉しい」

「お前も気にしていたからな。今日の迎えに寄越した」


 セリアの愛馬ヴァーゴは今、カールのローゼンタール家で預かって貰っている。

 王宮にマリオス補佐として勤めるのなら、実家へは滅多に戻れなくなる。そうするとセリアがヴァーゴに乗ることは出来なくなるが、ベアリット家にセリア以外に乗馬をする人間は居ない。そもそも、この気難しい黒馬が、主人と認めたセリア以外で触らせる人間は非常に少ない。

 それに、ローゼンタール公爵家ならば王都からほど近く。セリアの手頃な移動手段として置いておくのにうってつけなのだ。

 同じ理由で、遠方に実家を持つザウルと、ついでにちゃっかりとルイシスもローゼンタール家に愛馬を預けている。イアンも比較的遠方だが彼の愛馬シャルルは、こちらも同じく王都に近いランの実家のオルブライン家だ。


「ありがとうカール。ヴァーゴ、元気そうで良かった」


 鼻先を撫でてやれば、嬉しそうにすり寄ってくる黒馬に、セリアも顔が綻ぶ。が、ヴァーゴと触れ合うのに夢中になっていれば、そのまま待たされている背後の男から鋭い睨みが飛んだ。


「おい」

「はい!」

「いつ迄そうしている積もりだ?」

「あ、うん。そうだね」


 本音としてはもう少しヴァーゴを撫でてやりたいのだが、あまりこの男を待たせることも出来ない。名残惜しくはあるが、自分の愛馬と過ごす時間はローゼンタール家でも作れるだろう。と、セリアは最後に一度ヴァーゴに笑みを向けてから馬車へと乗り込みローゼンタール公爵家を目指す。



 王宮からローゼンタール家までは馬を走らせれば一時間程の距離であり、セリアにとっては最近の補佐としての仕事などをカールと話していればすぐに着く距離だ。


 到着して馬車から降りれば、前回の訪問もあって多少は慣れた感覚で玄関を目指せる。


「あの、イレーネ様のご様子は……?」

「私も暫く会っていない。屋敷に帰るのは数週間ぶりだ」

「あ、そうだよね」


 お元気だろうか。とそんな考えが頭を過るが、すぐにきっと十分元気だろうと僅かに笑いが込み上げる。堪えきれずにクスリと笑いを洩らせば、途端に怪訝な視線がカールから飛んできたが。

 会うのは補佐就任直前の訪問以来だが、対面すれば少し気圧されてしまうほどの彼女の勢いも、こうしてみると楽しみといえなくもない。


 そんな思いでセリアはカールと連れ立って屋敷に入ったのだが。カールとセリアを出迎えた家従が、イレーネが階上の客間の一つでセリアを待っていると聞いて二人は、どういう意味だと目を見合わせた。

 カールと二人でなら分かるが、セリアを待つとはどういうことだろうか。


「取り敢えず、行くしかあるまい」

「あ!う、うん、そうだね」


 カールも案内の為か、気になるからか、一緒に着いてきてくれるらしい。そうして連れ立って階上のイレーネの指定する部屋を目指す。


 そうして若干首を傾げながらもセリアは辿り着いた部屋の扉を叩くのだが。


「イレーネ様……セリアです」

 そのノックに応えた声は、イレーネの物では無かった。どころか、イレーネの物以上にセリアには聞き慣れた声で、セリアは目を見開く。

「あらセリア、入ってきて」

「……えっ!姉様!!?」


 有りえない筈なのに、中から聞こえたのはカレンの声で、セリアは思わず強く扉を開く。そして、広い公爵家の客間一杯に広げられたドレスや布を見て、扉を開いてしまったことを若干後悔した。


「カレンさん。これなんてどうかしら?」

「流石イレーネ様。とても可愛らしいですわ」

「良かったぁ。じゃあこれはセリアさんに今夜のカールとの夜のお散歩で着て頂くことにしましょう」

「ええ、きっと素敵ですわ。少し胸元が開いてるのも、月明かりによく映えそうで」


 和気藹々と互いの手に持つ一品を相手に見せ合っているイレーネと、そしてもう一人、なぜここに!?と疑問しか無い、セリアの従姉、カレン・ボワモルティエ。


「でも嬉しいわ、カレンさんが大丈夫というなら、きっと大丈夫よね。私、昔から娘のお洋服を選んで着て貰うのに憧れてて。でも息子の恋人の装いを決めようとするなんて、お姑っぽくて嫌味に聞こえたらどうしようって不安だったんですのよ」

「そんなイレーネ様。セリアったら全然お洋服選びに時間を掛けなくて。パーティーなんかでは私が用意することが多かったんですの」

「まあ!じゃあ、これからは是非私も一緒に選ばせてもらって…… それよりもまず、仕立屋を呼んで、可愛いドレスを沢山作りましょう」


 部屋の前で扉を開いたまま、呆然とするセリアを置き去りに、二人は名案だとばかりに手を取り合って今後の予定を決めていく。


「イレーネ様。こちらなんて、二人の王都での薔薇園デートにどうです?」

「ああ、やっぱりそれもいいわよね。私もその色合いが気に入っていて、候補に考えていたの。でもまずは、本人に着て貰って決めたいわ」

「勿論、そうですわよね。さぁセリア」

「セリアさん」


 挨拶する暇すら無かった。ニッコリと子供のように朗らかな笑みを向けられたセリアは、喉を振り絞って疑問を口にするので精一杯だ。


「あの……姉様?どうして、ここに?えっと、イレーネ様と……?」

「あらセリア。知らなかったの?イレーネ様とはずっと以前からお会いしていたのよ」

「サロンやお茶会で何度か、ね。今をときめく社交界の花形のカレンさんを知らない者は居ませんわよ」

「そんな。今も多くの殿方のマドンナでいらっしゃるイレーネ様の前で花形だなんて、お恥ずかしですわ」


 今でこそ未婚の若者達の間で花形としての地位を誇るカレンだが、その一世代前ではイレーネの美しさも非常に有名であった。

 彼女に憧れた男性の多くは今は既婚だが、未だにイレーネと是非交流を持ちたいという者は多い。

 それでなくとも、二人ともその美貌と明るい性格に立派な身分と、華やかな社交界で輝く存在だ。当然だが、以前から互いの顔は知っている。


「それでね、折角セリアがカールさんと恋仲になったんだから、イレーネ様にご挨拶しなきゃと思って」

「初めて聞いた時は驚きましたわ。カレンさんとセリアさんが、従姉妹同士だったなんて。でも、おかげで色んなことを沢山お喋り出来ましたのよ」


 その沢山した色んなお喋りの内容は、聞かない方が正解なのだろう。これから待ち受ける未来を想像すれば、そんな過去のことを気にする余裕などけし飛ぶ。


 呆然とするセリアの後ろで、珍しく冷静な表情を若干崩し僅かに冷や汗を流すカールが、そのまま己の危機回避本能に素直に従った。


「後はお前が何とかしろ」

「えっ!?ちょ、カール!!」


 薄情者!と思わず出かけた批難の声を、セリアはすんでで飲み込む。幾ら去りゆく背中を罵ったところで、目の前の現状が変わる訳がない。


「セリア、さあ早くこちらに来て」

「セリアさん。これなんてどうかしら?早速着て欲しいの」


 己の行いの素晴らしさを信じて疑わない、晴れやかな笑顔。それを二つも向けられれば、セリアは否定の言葉も何も出てこず、内心で悲鳴を上げながら素直に従う他無かった。


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