第9章 日なた
昼すぎ四つの鐘のころ、広場の西の石垣は、谷でいちばん暖かい場所になっていた。
石垣は南を向いて、昼じゅう日を浴びている。その前の地面に、蜥蜴人の子らが、尻尾を日のほうへ向けて一列に並んでいた。尻尾の先から温まるのが、蜥蜴人のやり方らしい。並んだ尻尾が、少しずつ同じ向きに揺れていた。
ザザは、石垣の前の平たい石の上にいた。
正確には、ザザの背中の上に、子どもが四人いた。
四人は、ザザの背中の鱗にしがみついて、日に当たっていた。ザザの背中は、日なたの石よりも温かいのだろう。いちばん上の子は、ザザの頭の上に顎を載せて、半分眠っていた。
ザザは動かなかった。動けば、子が落ちる。だから動かない。そういう顔をしていた。
*
天幕の前にいた三人の蜥蜴人の女が、俺のあとから来た。それから、もう一人、蜥蜴人の男。それから、小さいのが何人か。
「上の妹のササです」と、いちばん背の高い女が言った。「これは中のジィ、これは末のネネ。ネネの亭主のゴス」
ゴスは黙って頭を下げた。下げながら、目で子どもたちを数えていた。指は動かさない。名を一つずつ、口の中で言っているのが分かった。
「子は」とササは言った。「わたしの孫が三つ。ジィのが二人。ネネのが、イスと、その下が二人」
数えようとして、やめた。ザザの背中から一人下りて、石垣の前の列に一人加わって、また一人がザザの背中に登った。数が動く。ゴスは、それでもずっと数えていた。
ザザには、親も妻もいない。妹が三人と、その子と孫がいる。子らは皆、伯父さんの背中に登る。
「伯父さん、好き?」と、ザザの頭に顎を載せていた子が言った。目を半分閉じたまま。
「好き、とは何を指すか」とザザは言った。
子は少し考えた。それから、答える代わりに、ザザの頭の上でもう一度顎を載せ直した。
ザザは、また何も言わなかった。尻尾の先が、少しだけ持ち上がって、下がった。
*
ジィが、粥と焼き魚を皿に盛って、俺に渡した。
「兄さんのお客人に」とジィは言った。
皿の上の魚は、三尾あった。ほかの皿は、一尾だった。
「多いですね」
「兄さんの分を、多めに盛ったんです。兄さんはどうせ、子らに取られるから」
ザザの背中の子が一人、俺の皿に手を伸ばした。ジィがその手を軽く叩いた。子は手を引っこめて、ザザの背中に戻った。
俺は石垣の前の石に腰を下ろした。日なたの石は、尻が熱くなるほど温まっていた。
*
子どもの一人が、ザザの背中から身を乗り出して、俺を指さした。
「伯父さん。この人と、石取りしてるんでしょ」
「している」とザザは言った。
「最初から全部話して」
ザザは、字義どおりにしか話さない。全部と言われたら、全部話す。
「最初の一局は、灰壁暦三〇二年の霜月、二十日の晩だった」とザザは言った。「この人は、白を持った。私は黒を持った。この人は、盤の右下の隅から打った。私は左上から打った。三十四手目で、この人は右辺の石を取られた」
子どもたちが、ザザの背中の上で静かになった。
「二局目は、次の晩だった。この人は、また右下から打った。私は、また左上から打った」
ザザは、話しつづけた。三局目、四局目。どの晩に、どちらが、どこから打ったか。ザザは一つも間違えずに言った。蜥蜴人は熱を見る。盤の上の石の温もりまで、覚えているのかもしれない。
ササが笑いだした。ジィも笑った。ネネは口を押さえていた。
俺は焼き魚を食べた。聞こえないふりをした。
「……それで、ゆうべまでに」とザザは言った。「三千二百十一局。この人が勝ったのは、四局」
子どもたちが、ザザの背中の上で転げて笑った。いちばん上の子が転げ落ちて、ゴスが下で受け止めた。ゴスは受け止めた子の名を、小さく口にした。数は、合っているらしかった。
「四局も勝ったの」と、別の子が俺に言った。
「四局しか、です」と俺は言った。
「四局は、たくさんだ」とザザは言った。
*
ネネが、俺の皿の横にしゃがんだ。
ネネは三人の妹のうちで、いちばん話す。施療の天幕でも、いちばん先に口を開いた。いまも、何か言いたそうに、ザザの顔と、俺の顔とを見比べていた。
「兄さん」とネネは言った。「十一年前の裁きの席で、この人は——」
そのとき、広場の向こうで、子どもたちの歌声が上がった。夜の歌の稽古だ。さっきよりも大きな声で、さっきよりも揃っていなかった。
ネネは口を閉じた。
歌がひと区切りついても、ネネは続きを言わなかった。ザザの顔を見て、それから、少しだけ肩を落とした。
訊けば、兄は答える。蜥蜴人は偽りを言えない。答えたくないことでも、訊かれたら答える。ネネは、それを知っている顔をしていた。
ネネは言い直さなかった。代わりに、ザザの背中から下りてきた子の鼻を、指で拭いてやった。
俺は、粥の椀を石の上に置いた。
日なたの石は、まだ温かかった。日が傾いて、石垣の影が、少しずつ広場のほうへ伸びはじめていた。ザザの背中の子らが、一人、また一人と、影から逃げるように日向のほうへ移っていった。
ザザは動かなかった。最後の一人が下りるまで、動かなかった。




