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第13章 灯明

夜八つの鐘の唸りが、窪地の底でようやく薄れたとき、灯明の皿は、南の城壁の根元にすべて並んでいた。


壁の根元に、石の出っ張りが帯のように続いている。その上に、素焼きの小皿が、端から端まで一列に置いてあった。どの皿にも、油が注いであり、灯心草の芯が一本ずつ立っていた。


俺の運んできた油だ。百三十一皿分。


壁の上の縁に、昼の鴉人が、まだ止まっていた。羽を畳んで、月の光の中で、黒い塊になっていた。広場のほうを見下ろしていた。


満月が高くなっていた。灯がなくても、足元が見える。皿の一つ一つの縁まで、月の光で見分けられた。


広場の谷の者たちが、壁の前に集まった。誰も声を出さなかった。子どもたちが、火種の入った小さな壺を持って、皿の列の前に並んだ。


*


灰狼の長老が、壁の左の端に立った。


長老は、何も見ずに、名を一つ言った。


俺の知らない名だった。灰狼の名らしい。いちばん端の皿の前にいた子が、火種の壺から火を移した。芯に、小さな火がついた。


長老は、次の名を言った。蜥蜴人の名だった。次の子が、次の皿に火を移した。


名が、一つずつ言われていった。灰狼の名、蜥蜴人の名、土竜人の名。古い響きの名もあった。いまの谷では聞かない名だ。長老は一つも詰まらなかった。紙は持っていなかった。


灯が一つずつ、壁の根元に増えていった。


俺は、数えた。癖だ。


チィが火を移すたびに、「ついた」と言った。


「ついた」


「いちいち言うな」とハクが言った。


「ついた」とチィは言った。


ハクはもう何も言わなかった。


*


長老が、壁の真ん中あたりで、少し間をおいた。それから、谷の者たちのほうを見ずに言った。


「灯は、壁の内の人の銭で灯す。昔から、そうなっている」


それだけだった。なぜかは言わなかった。谷の者は誰も訊かなかった。昔から、そうなっているのだから。


ハクが、俺の横に来て、小声で言った。


「一つの灯が、北へ上った人ひとりの分だよ」


チィも来た。火種の壺を抱えていた。


「生きてても、死んでても、同じなんだって」とチィは言った。


北へ上った人。


皿の列を見た。壁の根元に、灯が北を向いて並んでいる。壁は南にある。壁の内側の面は、北を向いている。だから、灯はみな北を向いている。その先に、上の街があって、北門があって、北街道があって、その向こうに、何があるのかを、俺は自分の目で見たことがない。


上町の誰も、自分の銅貨が何を灯しているかを知らない。


*


名は、続いた。


数えていた灯が、百を越えた。百二十を越えた。長老の声は変わらなかった。


百三十まで来て、長老は口を閉じた。


最後の皿が一つ、火のないまま残っていた。皿の前には、子どもが立っていなかった。チィが、その前に行こうとして、立ち止まった。黙った。


灰狼の長老は、壁の右の端の、その皿を見た。


「シグ」と長老は言った。


谷の者の中から、ヴェイが出てきた。


ヴェイは、子どもの火種の壺を受け取らなかった。自分の手に持っていた小さな灯から、火を移した。芯に火がついた。小さく揺れて、それから、まっすぐ立った。


ナルが、それを見ていた。毎年のことのように見ていた。今年が初めてのはずの灯を、毎年見ている灯のように見ていた。


百三十一。


銅貨の数と、同じだった。


*


灯は、壁の根元で揺れていた。百三十一の小さな火が、北を向いて並んでいた。どれが誰の灯なのか、俺には分からなかった。一つを除いて。


壁の上の鴉人が、羽を一度だけ広げて、また畳んだ。


谷の者たちは、灯の前を少しずつ離れていった。子どもたちは火種の壺を返しに走り、年寄りたちは敷物のほうへ戻っていった。ヴェイだけが、右の端の灯の前に立っていた。


俺は、その横へ行った。


灯の油の匂いがした。店の灯と、同じ匂いだった。


一度だけ、訊くことにした。


「なぜ、私を」と俺は言った。


ヴェイは灯を見たまま、答えた。訊かれたら、答えるしかない。


「あの晩、裏口の床で、シグがマスターのスープの話をした」とヴェイは言った。「僕が出ても、裏口のスープは続く。あの人は、そういう人だ、と」


一つ目だった。


「十一年前、裁きの席で、僕の腕の包帯を言ったのは、マスターだ」


二つ目だった。


ヴェイは、少し間をおいた。


「谷では、借りは祭りで返す」とヴェイは言った。「札がないと、人間は下りてこない」


三つ目だった。


それで全部らしかった。ヴェイは、それ以上は言わなかった。


*


俺は、灯を見ていた。


礼を言う場面なのかもしれなかった。どちらが、どちらに言うのかは分からなかった。ヴェイも言わなかった。俺も言わなかった。


「さて」と俺は言った。


ヴェイの耳が、少しだけ後ろに倒れて、また立った。


広場の向こうで、ナルが粥の鍋の蓋を開ける音がした。夜の分が、まだ残っている。


灯の列の端で、チィが、火のついた最後の皿の前にしゃがんでいた。


「ついた」とチィは、小さな声で言った。


今度は、ハクも何も言わなかった。


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