第11章 月の歌
夕方六つの鐘が、窪地の底で重なって唸った。唸りが薄れるまで、谷の者は誰も口を開かなかった。慣れているのだろう。
上の街では、いまごろ城門が閉まる。北門も南門も、重い蝶番を鳴らして閉じる。谷は壁の内にあるから、門が閉まっても何も変わらない。変わるのは、上の街の音が少し減ることだけだ。荷車の輪の音が消えて、代わりに、谷の水路の音がはっきりした。
東の空が、家並みの上から白くなっていった。
月の出だ。満月は、日が沈むのとほとんど同時に上がってくる。屋根の向こうから丸い光が顔を出すと、広場の土が、少しずつ青く見えはじめた。
広場の真ん中に、子どもたちが並んだ。
灰狼の子、蜥蜴人の子、土竜人の子。背の順に並ぼうとして、何度も並び直した。土竜人の子は目が弱いので、隣の子の肩に手を置いて並んでいた。ハクがいちばん端に立って、全体を見渡していた。チィは前から二列目で、包帯の足をぶらぶらさせていた。
大人たちは、広場の縁に座った。年寄りたちは、敷物の上から動かなかった。
ナルが、子どもたちの首の赤い紐を一本ずつ直して回った。紐は、祭りの夜にだけ巻くものらしい。ハクの紐は、昼からずっと首にあった。チィの紐は、いつのまにか尻尾に結んであった。ナルは何も言わずに、尻尾の紐をほどいて、首に結び直した。
土竜人の子らが、互いの肩に手を置いたまま、背の順を三度並び直した。三度目で、ようやく背の順になった。目の弱い子らは、肩の高さで並ぶ。それが、いちばん間違いがない。
俺も、敷物の端の席に戻った。靴は、また縁に揃えて脱いだ。
*
ハクが、片手を上げた。
子どもたちが、息を吸った。
『名のない手が石を積んだ 三つの手が門を閉めた』
声は、昼の稽古よりずっと揃っていた。高い声と低い声が、窪地の底で混ざって、壁に当たって返ってきた。
『壁の内に子を置いて 壁の外に火を焚いた』
ここまでは、昼に何度も聞いた。
子どもたちは、そこで止まらなかった。続きを歌いかけた。年寄りたちが毎年歌うのを、少しずつ覚えていたらしい。
『名を呼ぶ者が北にいて——』
何人かが自信なさそうに続けて、声が細くなった。細くなった声の中で、チィの声だけが、元気に飛び出した。
『門の釘は三つ食べられ——』
子どもたちが、一斉に笑いだした。
チィは、何が可笑しいのか分からない顔で、兄を見た。ハクは笑いをこらえて、顔を真っ赤にしていた。
「食べないよ」とハクは言った。「抜かれ、だよ」
「抜かれ」とチィは言った。それから、自分でも可笑しくなったらしく、包帯の足で地面を蹴って笑った。
広場の縁の大人たちも、笑っていた。
*
笑いが静まると、敷物の上の年寄りたちが、低い声で歌いだした。
灰狼の長老が、最初の一句を出した。蜥蜴人の長老と土竜人の長老が、それに重ねた。三つの声は、高さも響きも違った。違うまま、同じ節をなぞっていた。
『名を呼ぶ者が北にいて 名を知る者が谷にいる』
子どもたちは、黙って聞いていた。
『門の釘は三つ抜かれ 穴は三つ残された』
歌は、そこで終わった。
俺は、店の柱の、三本の釘を思った。
カウンターの奥の柱に、錆びた大釘が三本、交差して打ちこんである。先代から聞いた話では、砦の門から抜いてきた釘だという。三本目だけ、錆が落ちない。毎朝、俺はその下で杯を拭く。
それだけを、思った。
*
歌のあと、灰狼の長老が、敷物から立ち上がった。
左の目の白く濁った老女は、ゆっくり広場を横切って、南の城壁まで歩いた。壁の根元には、素焼きの小皿がもう並べてあった。長老は皿をまたいで、壁の石に手のひらを当てた。
月の光が、長老の手と、灰色の石を照らしていた。
「この壁は」と長老は言った。「祖が積んだ」
広場の誰も、何も言わなかった。言わなくても、谷の者は皆、知っているのだろう。子どもたちも、知っている顔をしていた。
長老は、手を壁に当てたまま、振り返った。白く濁っていない右の目で、敷物の端の俺を見た。
俺は、壁の石を見ていた。灰色の、四角い、重い石だ。一つ積むのに、二人で担ぐ。継ぎ目に漆喰を詰めて、次の段を載せる。夏の日向では、石は手が焼けるほど熱くなる。
「私も、ひと夏、積んだことがあります」と俺は言った。
長老は、少しも驚かなかった。
「知っている」と長老は言った。
*
それきりだった。
長老は壁から手を離して、敷物のほうへ戻ってきた。途中で、チィの頭を一度撫でた。チィは、まだ少し笑っていた。
広場の縁の大人たちが、立ち上がりはじめた。灯の支度だ。素焼きの皿に油を注ぎ、芯を立てる。ナルが、俺の運んできた壺の口の布をほどいていた。
月の出の壁は、昼の熱をまだ返していた。手を当てなくても、近くに立つと、石の温もりが分かる。
蜥蜴人の年寄りが、尻尾をゆっくり振って、蚊を払っていた。払うたびに、敷物の上の羊毛の毛羽が、少しだけ舞った。
ハクが、皿の数をもう一度数えていた。
「百二十九、百三十、百三十一」
今度は、たくさんにならなかった。




