第34話 僕と騎士と怒りと
「け、血液、全部?」
「あぁ。召喚したときは右目を捧げているよ? でも、それだけでは足りない。悪魔の力は、現世では半分になってしまうんだよ」
サモスさんはしゃがみ、恨めしそうに見上げるケントを見つめる。
「最初に召喚したときに捧げものをしても、それは召喚時に使った魔力の補完とされるだけ。プラスにはならないのさ」
「それって……」
「ここまで言えば、さすがにわかるかな。君は召喚したときに捧げものとして左腕を差し出した。けれど、それは力を分け与えたのではなく、単純に減った魔力を元に戻しただけなんだ。そのあとずっと現世にとどまるのなら、普段から血液か何かを捧げ続けなければならない。君は、グラットニーに何を捧げ続けていたのかなぁ?」
にやりと笑うサモスさんが怖い。
背筋が凍るような冷たい声色、空気。
表情は後ろにいる僕からでは見えないけど、見てはいけない顔をしているのだろうということは理解できる。
リヒトさんも顔が青い。
サグラモールさんに至っては、なんだか菩薩のような顔を浮かべている。
すべての思考を投げ出しているような顔だ。
「まぁ、そういうことで。悪魔への理解が勝った方が勝つ。ただ、それだけだよ」
サモスさんの言葉に、完全に戦意を失ったケントは、サグラモールさんの指示に従って立ち上がり、拘束された。
「それじゃ、リヒト。こいつはこっちで今回は預かる。お前は早く、自分の城へ戻れ。おそらくヴァオラ家の騎士が迫っているだろう」
「わかった」
サグラモールさんはケントを連れて馬に乗り、そのまま去っていく。
「俺たちも急ごう」
「はっ――って、リヒトさんは怪我をしているんです。今はあまり動かない方が……」
咄嗟にリヒトさんの腕をつかむ。
毒は収まったにしろ、斬られたことには変わりない。
それに、肩もひどい怪我だ。
今もどくどくと血が流れている。
このままでは血が足りなくなってしまう。
「少しお待ちください」
「いや、今はそんな時間はない。心配してくれるのはうれしいが、今すぐオルレアン家へ戻らなければならない」
すぐに腕を引っ込められてしまった。
だめだよ、そんなの。
そんな大けがを少しでも放っておけば悪化する。
そうなれば命にも関わる。
「では、私の転移魔法を使おうか」
「…………そういえば、あなたはナナシさん。サモスさんが本名なんですね。名前だけは聞いたことがあります」
「それこそ今は関係ないだろう? ほら、時間がないんじゃないのか? クリエント、思いつくものをすべて出していいよ」
サモスさんに言われ、すぐにガーゼや包帯、消毒液などを出す。
「ま、待ってくれ。本当に早く戻らなければ――……」
「問題ないよ。オルレアン家は君の仲間がしっかり守り通している」
サモスさんは目を細め、言い切った。
その視線は怪しくも、どこか安心できる。
リヒトさんの呼吸も整い始め、冷静さを取り戻したみたいだ。
「うん、君は本当に素晴らしい。欲しいくらいだ」
サモスさんは、どこか魔女のような怖い笑い方をしている。
何を企んでいるのかわからず、何も声をかけられない。
それはリヒトさんも同じらしく、それ以上は何も言わなかった。
『主、私はそろそろ――……』
「そうだね。今回はありがとう。また何かあればよろしく頼むよ」
『血を頂けるのならば』
それだけを残し、グリードさんは腰を折り、闇へ溶け込むように姿を消した。
クニーは地面からサモスさんを見上げている。
『ご主人様』
「んー? クニー、しばらくぶりだねぇ。どうだい、今の生活は楽しいかい?」
地面にいたクニーを拾い上げ、サモスさんが声をかけた。
僕は二人が話している間に、リヒトさんの肩と腕を消毒し、ガーゼを当てて包帯を巻く。
さすがに専門的なことはできないから、止血だけ。
早く病院へ連れていきたいところだ。
「…………血がにじんでいます。貧血とか倦怠感、目のかすみや頭痛などの症状はありませんか?」
聞くと、リヒトさんは首を横に振った。
「問題ない。それに、そこまで心配しなくても大丈夫だ」
「な、なぜですか?」
「私はあくまで、ただの一人の騎士です。人を守るのが仕事です。なので、私に万が一のことがあっても、主や守るべき国の人たちを守れるのなら満足ですので」
――っ。
そんなの、おかしい。
サグラモールさんもそうだが、なぜそんなにも自分の命を軽く見てしまうのだろう。
命は、当たり前じゃない。
命は、替えが利かない。
命は、そんな簡単に扱っていいものじゃない。
命というものは重く、儚い。
だから、もっと大事に思ってほしい。
自分の命を軽く見てほしくない。
「――リヒトさんの命は、リヒトさんのものです」
「ん? どうした、クリエント」
リヒトさんの大きな手が、僕の頭に乗る。
撫でてくれている。温かい。
でも、今回の件でリヒトさんが僕を守って死んでいたら、このぬくもりも感じられなかった。
「リヒトさん、もっと自分の命を大事にしてください。もう、自分を軽く見ないでください。リヒトさんの代わりは、誰にもできないんですから!」
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