第二部 1話
これは何でもない俺の日常を繰り返すお話
卯月さんとお付き合いすることになった俺は、変わらず淡々と社会人生活を送りながらも、まるで初めて出来た恋人との距離感を測るような、たどたどしい彼を可愛く思いながら、日々を過ごしていた。
俺の心境としては、素直に甘えてくれる彼の性格に、少し気後れしながらも、甘々な態度をどう受け取っていいものかと思う時もある。
絆されてしまって付き合うことになったわけだし、結局は理人に対する執着心や恋心を、卯月さんに上書きされただけの話で、
時間の経過と彼の誠実な人となりが大きな要因となったとしても、自分の強い想いがこうも簡単に書き換えられたかと、少し複雑な気持ちでもあった。
そしてまともに人とお付き合いしましょうなんて、実のところなくて・・・現実的でドライな自分が、『いつかは別れるんだろうな』と思っている。
「灯、おいで~♡」
ベッドの上で両手を広げて、可愛いペットでも迎える様な望奈人は、暖かさ重視のモコモコパジャマを着る俺を、気持ちよさそうに抱きしめた。
大切にしてるぬいぐるみでも扱うように、綺麗な手でゆっくり撫でる彼に、まだ素直に甘えられない自分がいて
幸せな関係性に慣れていないからだとわかってるけど、実のところ、まだ彼が本当に心の底から純粋な人なのか疑ってるんだ。
「どうしたの?」
体を離してじっと見つめ返す俺に、望奈人は不思議そうに言った。
「ん~・・・」
「・・・?」
「ホントに望奈人の人格はそれだけなのかなぁって思って。」
「人格・・・?」
彼は何か面白い話でも期待するようにクスっと笑った。
「だって望奈人みたいなイケメンがさ、素直で純粋なまま大人になれるなんて思わないじゃん。この世は穢れきってるんだよ?」
「ふふ・・・灯の言う・・・穢れってなんだろう。」
これからベッドでいちゃついてエッチしようって時に、水を差すようなことを言ってしまったのだから、もう後には引けない。
「俺の経験則で言うと・・・イケメンの男性っていうのさ、ルックスだけで男も女の子も魅了するもんだから、そもそも自信があって、人に好意を振りまけば周りを味方につけられる人がほとんどなんだよ。だから見た目だけだとしても、自分は優れてるって勘違いするし、望奈人みたいに自分は中身がないからなぁって気付く奴なんてほぼいないんじゃないかな?そりゃ人間関係で痛い目みたら気付くだろうし、フラれたり何かきっかけがあれば、人間に必要なのは中身だってわかるかもしれないけど、ルックスの良さをステータスとして持って生まれた人はさ、少なからず驕りがあると思うんだよね。」
望奈人は俺の持論を微笑みながら聞いていた。
「そうかもしれないね。」
「人間って本来子供の頃は、無垢で純粋な考えを持ってスタートするのかもしれないけどさ、人の色んな部分を見て成長したり、辟易したり裏切られたと感じたり、諦めたり・・・ある程度大きくなっていく頃には、精神的に屈折して擦れていくもんだと思うんだ。それが穢れだと思うよ。ソウルジェムが濁ってる状態だよ。」
「ソウルジェム・・・?」
「そこは気にしなくていいよ。」
「待って~・・・調べるね・・・」
スマホに手を伸ばそうとする望奈人の手をぎゅっと掴む。
「調べることじゃないってば。要は人間の汚い部分を知っていくと、純粋に物事を捉えられなくなるっていうことだよ。」
「・・・そうだね。・・・・灯は本当に、俺が純粋な人間だと思うの?」
「少なくとも俺よりは。」
彼は思案するように視線を逸らして、ふっと悲しそうな色を浮かべて、またじっと俺の瞳を覗き込む。
「俺は・・・最初灯と話してた頃、付き合えなくても側にいられるならそれでいい、とか・・・灯が望むなら友人でい続けたいとか・・・そういう話をしてたよ。でも結局欲が出ちゃうもんだし、恋人になれたら甘えたくなるし・・・四六時中一緒に居たいと思うし・・・。俺だって我欲にまみれてる部分はあるよ。灯の言う擦れてる大人がそうじゃないとしたら、俺は周りに恵まれて来たんだと思う。・・・もちろん・・・自分の周りにいる人が、必ずしもビジネス目線とか、友好的な目線で関わってきてくれてたとは言い切れないし、口車に乗せられて利用されそうになったことはあるけど、何となく人の好意がわかるように、悪意も何となくわかるからさ、関わっちゃダメな人と関わってこなかったから、まだ人としてましでいられるのかもね?」
「なるほど・・・」
彼の純粋たる所以は、周りの環境や、もしくは根底にある育ってきた家庭環境とかにもあるのかもしれないと思った。
何度か聞いた家族の話でも、お母さまと弟さんとの仲睦まじい話ばかりだったし、特に大きな問題が起きることなく大人になったんだろう。
「そっかそっか・・・」
一人納得してベッドに足を伸ばすと、彼はまた愛おしそうに俺の顔を覗きこんでキスをした。
暖かくて、柔らかくて、気持ちよくて、愛おしいキス。
ゆっくり離れると、近距離で見つめ返す彼の瞳が、何かまだ言いたい事を堪えてるような気もしたけど、望奈人は特に話を続けようとはしなかった。
我欲にまみれた部分・・・か・・・
望奈人とイチャイチャな夜を過ごした後、どっぷり更けた夜が隠れたカーテンを頭上に抱えながら、自分の心中を探っていた。
彼の純粋さを疑いながら、俺は・・・愛されているだけで果報者なのに、何か刺激を欲しているんだろうか。
ついこないだ望奈人みたいなスパダリはSSRな存在だと自覚したばかりなのに。
人間の欲にまみれた状態を穢れだと思うなら、それは自分自身も同然だ。
けど望奈人はきっと、それは当たり前で強欲なわけじゃないと言い出すだろう。
果たしてそうだろうか。
愛し愛されていること自体が、稀有なことでありがたいことなのに、自然なわけがない。
でもそうだとしたら俺は、ずっと自分自身や人間というものを否定し続けていることになる。
そんな不毛なことがあろうか・・・。
いっそ望奈人に感化されて、自分もピュアを取り戻していったら、幸せいっぱいハッピーだろうか。
否・・・無駄にアイデンティティを持ちたがる人間らしい自分が、他人に影響されて自分を捨てるなんてこと、あるわけないだろうなと思ってしまう。




