第21話
両親には、幼い頃から心配をかけてしまっていたと思う。
妹や理人の面倒をよく見ていたけど、我慢していた方がいいんだろうなと、空気を読んでいたことは多かった。
特に自己主張が強いわけでもなく、勉強が出来ないわけでもないので、手はかからなかったと思うけど、
何故か俺は人目を引いてしまうらしく、小学生の頃から嫌がらせを受けていた。
嫌がらせというか、子供らしい戯れ程度なのだけど、特に男子から白い目を向けられては、見た目も体型も女みたいだとからかわれた。
女子は庇ってくれたり、はたまたチヤホヤされたりはあったけど、俺はただただ学校というところは、居心地の悪いもので、自分に合っていないのだと早めに理解した。
保健室登校をして、勉強はほぼ自宅学習状態で、成績は問題なかったので、親にお願いして中学受験をした。
父と母に、恥ずかしい息子だと思われたくなかったし、俺のことを学校でからかわれている梨花に申し訳なかった。
当の本人たちは特に気にしていなかったようだけど、俺は自分が家族の中で厄介者になってしまうことを恐れていた。
友達と呼べる人もおらず、日々出来ることは勉強だけだった。
「灯くん」
突然理人の声がしてハッと我に返った俺は、1月2日、叔母さんと月山家にやってきた彼を振り返った。
「あ・・・理人、いらっしゃい。」
「・・・うん、あけおめ。だいじょぶ?もしかして具合悪い?」
上着を抱えた理人は心配そうに俺の隣に腰かけた。
「・・・大丈夫だよ。コート貸して、かけとくね。」
ついボーっとしちゃってた・・・。・・・休みだから気が抜けてんのかな。
理人の以前と変わらないコートをハンガーに吊るしかけ、またリビングへと戻る。
父と母は伯母さんと一緒におせちを囲んで飲み食いし始めたので、挨拶もそこそこに理人に用意していたお年玉を上げた。
「理人、はい。」
「・・・ふ・・ありがとう・・・。んでももう俺ハタチだし・・・いいよ?」
「・・・稼いだお金をどう使おうかは自由でしょ?理人が普段、時々会いに来て『お小遣いちょうだいよ~』って甘えてくれるようならよかったけど、そんな機会無くてあげられないんだから、受け取ってくれてもいいんじゃない?それとも・・・こういうのって恩着せがましい?」
無理に渡したいわけじゃなかったのでそう尋ねると、理人は照れくさそうに頬をかいた。
「いや・・・嬉しいんだけどさ・・・。まぁいいわ!俺も数年後は社会人なわけだし、その時は灯くんにお年玉渡しちゃおっかな♪」
「ふふ・・・期待せずに待ってるね。」
相変わらず可愛い理人に癒されながらも、どこか彼から気落ちしているような雰囲気を感じ取った。
その後梨花も一緒にソファに腰かけながら、届いた年賀状を確認したり、お正月の特番を一緒に観たり、思い思いに年始を過ごした。
日も落ちた頃、また家族で食卓を囲んで、ごくごく普通で幸せな晩御飯を済ませる。
その後久しぶりに自室に入って、置きっぱなしにしていた本棚にあるものを手に取って、持って帰りたいものを精査していると、コンコンとノックの音がした。
「灯くん、入っていい?」
「・・・うん、どうぞ。」
何気ない調子でひょいと顔を覗かせた彼は、お風呂上りなのかホカホカした空気を漂わせながら入室する。
「お風呂先いただいちゃったぜ~」
「うん。ちゃんと髪の毛乾かした?」
ソファに腰かけてまったり寛いで一息つく理人は、穏やかに微笑みながら言った。
「灯くんお母さんみたいだな・・・。ちゃんと乾かしたって。」
「そ、ならいいけど。」
また本棚に視線を戻して、いくつか積んだ書籍を抱えて机の上に置いた。
理人は特に何も言わずにスマホを眺めていたので、一人用の小さなテレビの横に置いていたリモコンを取った。
「理人、はい、何か観る?」
「ん・・・ううん、いいや。」
「そ?」
同じく隣に腰かけると、理人からの視線が刺さって思わず顔を見つめ返した。
「・・・・・どうしたの・・・?」
「ん~~?・・・・なんかさ・・・・なんか・・・灯くんがいつもと違うなぁって。」
理人にそう言われて俺は、自分の心の中でもやついていた何かを、そっと掴まれたような気になった。
「・・・何かって?」
「ん~・・・・なんていうかさ・・・元気ないじゃん。」
いつも元気いっぱいな性格じゃないけど、理人はきっと普段の俺のテンションより少し気落ちしてるように見える、と言いたいのかもしれない。
それ自体は俺も理人に感じていたことだけど。
「・・・元気・・・。それは理人もじゃない?」
思わずかわすように問いかけると、理人は見事にフリーズして、数秒間黙った。
「・・・・俺はぁ・・・・はぁ・・・・・。ごめん・・・そういうの灯くんなら感じ取るよなぁ・・・・。んでも言いたくない・・・ごめん。」
「・・・・そう。」
何かを抱えて落ち込む理人に、俺はどうしたいのか浮かばなかった。
自分の中でつっかえているものが、彼を甘やかすことを躊躇わせて、思考回路すら停止させた。
「・・・灯くんは~?」
何も言わない俺に、気持ちを切り替えるように理人は顔を上げて問いかけた。
「・・・」
頭の中でどう答えようかいくつか候補を出した。
でもそのどれもが、理人の気を引くには無意味なカードばかりで、どこまでいっても理人の隣は勝ち取れないと諦めてしまう自分がいる。
けど敗戦しか想像できない戦を前に、不思議と冷静で、かつ穏やかでいる自分がいた。
けど話せない悩みを抱えている理人に、何かマイナスの方のきっかけや煽りを与えてしまってはいけない。
俺はこの子を見守っていてあげたいから。
「俺は元気がないわけじゃないんだよ。・・・きっと色々あって疲れてるんだ・・・。年末は仕事も大詰めだったしねぇ。」
「そうなんだ・・・・まぁそうだよねぇ社会人なんだから・・・・。すごいなぁ灯くん・・・」
「・・・何が?」
「え~?だって・・・社会人として毎日働いてるって凄いよ。」
「ふふ・・・。理人も社会人になったら、俺が褒めてあげるよ。」
下らない返事に理人は嬉しそうに笑みを見せてから、またふっと目を伏せた。
「・・・もう俺も・・・恋愛だのゴチャゴチャ悩んでる時期じゃないよなぁ・・・自分の将来設計きちんとしなきゃさぁ・・・」
「・・・」
どうやら理人は、時間が経てば無理やり社会人になってしまう自分を想像して、気持ちが追い付いていない様子だ。
灯 「・・・・せっかく国立出たんだから、いいとこ就職して、母さんに楽させなきゃ・・・って?」
理人はパッと顔を上げて呆然と見つめ返した。
「理人の根底にある強い想いはそれだもんね。いつだってそうだったし・・・変わってないんだから・・・。理人、そう思えてることがもう立派だし、自分のせいで苦労かけてるなんて思わなくていいはずだよ。伯母さんは、理人に対して『あんたのせいで苦労してんのよ』なんて言ったことないでしょ?」
「・・・・・」
バツが悪そうに視線を逸らす理人は、何か叱られた子供のように口を尖らせる。
「ずるいよ灯くんばっかり・・・人の心読んでさ~。・・・・俺は・・・灯くんが元気ない訳なんて、何にもわかってあげられないし、察してやれないのに・・・」
「・・・俺に何かしてあげようなんて気は回さなくていいよ。理人にとって、ずっと側にいたいと思える人に、その気持ちを使えばいいんだから。」
「俺はずっと灯くんの側にいたいと思ってるよ。」
当然のように言い放って、思いのほか理人は責め立てるような目で俺を見つめ返した。
「・・・あ・・・・ごめ・・・えっと、怒ってるわけじゃないんだけど・・・。俺はさ・・・灯くんのいとこだし、切れない縁があるわけだし、そういう意味では特別な存在だから、家族としてずっと一緒でしょ?」
「・・・うん、もちろんそうだよ。」
俺が傷ついていやしないかと、理人はじっと俺の瞳を覗き込んでいた。




