第20話
第20話
恐らく卯月さんが、俺と噛み合ってないと感じるのは、そもそも物事に対する考え方の違いや、捉え方、もしくは感性の違いからだろう。
見えてる世界がまるで違う、と言い換えればわかりやすい。
俺は彼に興味があるようでなくて、たぶん理人以外にはそこまで執着心もない。
けどもし今、目の前の彼が数日後いなくなってしまったとしたら、悲しいと思う心くらいは持ち合わせている。
それは人として最低限のものであって、彼に恋をしているからじゃない。
「中身がないと感じてるのは・・・お互い様だったんだね。」
卯月さんはお土産屋さんに並ぶ、御守りのような巾着を手に眺めながら、何かを飲み込むように呟いた。
彼の澄んでいるようで深い色を隠した瞳が、またゆっくり自分に向けられて、時々感じる、この世の者でないような存在感に気圧される。
「灯はどこか、俺に対して現実的じゃない感覚を持って接してる?」
「そうですね。・・・見た目がなかなか珍しいくらいお美しいので。」
「ふふ・・・」
卯月さんはまた、何か考え込むようにふっと真顔になって目を伏せてから言った。
「自分のするべきことが、ハッキリわかった気がする。」
「・・・・するべきこと?」
彼はいつもと変わらない微笑みで誤魔化して、その後は何の変哲もないカップルの温泉デートの時間を過ごした。
仲良く買い物して、中庭を散歩して、学生時代の話なんかを聞かせてくれて
彼の学業での苦労話や、双子の弟さんとの微笑ましいエピソードは、なかなか興味深かったし、仕事の話は未知な内容ばかりで、彼の学者としての見解が聞けるのは、テレビを観ているようなエンタメだった。
それから大浴場の色んな種類のお風呂をまわったりして・・・たった1泊の旅行は光の速さで過ぎてしまった。
翌日の昼過ぎに自宅に到着して、最寄り駅で別れた卯月さんにお礼のメッセージを送信した。
楽しんでくれてよかったと、そつない返信が来た。
その文章をボーっと眺めながら一人、ソファに腰かけたまま、昨日の土産屋の前での会話を思い返す。
思えばあの後から、不自然な程急速に時間が経過していったように感じた。
違和感を覚える程、卯月さんは「普通」を装っていた気がする。
何となく記憶の片隅にある、彼の悲しそうな表情を思い返しながら、残りの週末の時間を惰性で過ごした。
その後何日かを年内の業務を終えるよう努めて、無事仕事納めを迎えた。
今年も何とか乗り切った・・・と疲弊した精神を自ら労うように、理人にお正月はいつ来るのかと尋ねるメッセージを送った。
両親にも連絡を入れて、年が明けてから帰ることにした。
年末年始はたくさん特番があって、チャンネルを回すのが楽しい。
お気に入りの動画サイトのチャンネルも、一頻り流し見ながら家事をしたり、結局休みは暇なもんなんだから、ダラダラ大掃除もせずに独り身を満喫する。
そのうちあっけなく真っ暗な窓の外から除夜の鐘が聞こえてきて、年明けとともにテレビからお正月のBGMが流れて来た。
日本人ってホント、イベントの雰囲気好きだよなぁ・・・
おせちやお雑煮を食べたりとか、古来からの文化をなぞらえても、現代人がお正月の仕来りをどこまで重んじてるのか謎だけど、皆何となく雰囲気に飲まれて初詣とか行くんだ。
斜に構えて皮肉を心で吐いてテレビを眺め、適当にスーパーで買った日本酒に口をつけながら、元旦を過ごした。
朝になって実家に向かう電車に乗って、明日理人に会えるのを楽しみにしながら久しぶりに到着した自宅の玄関へと入った。
「ただいま~。」
「あ、お兄ちゃんおかえり。」
ドアを開けるや否や、妹の梨花が腰を据えて靴を履いているところに出くわした。
「・・・ただいま・・・出かけるとこ?」
「うん、彼氏と初詣。」
「・・・・・・・・・・・彼氏・・・・・・・・・・」
思わず復唱しながら固まっていると、妹は立ち上がって俺を見つめ返す。
「なに?」
「・・・・・・・・・・いや・・・・別に。」
「・・・?」
不思議そうにする可愛くもすっかり大人の女性になった梨花は、バッチリ化粧をした綺麗な佇まいで俺を見据えていた。
「彼氏とか聞いてない。お兄ちゃんに会わせて。(気を付けて行ってきなね、あんまり遅くならないように。)」
「・・・・え?」
「・・・・え?・・・あれ??俺今・・・あれ、いってらっしゃいって言おうとしたんだけど、心の声出てた?」
「ふ・・・いや、こわいこわいww強めのシスコン怖いから。じゃあね、いってきま~す。」
「え・・・・・」
あっさりあしらわれて呆然としてしまっている間に、梨花はバタンとドアを閉じて行ってしまった。
「え・・・・梨花・・・・」
脳内では幼い頃、俺にベッタリな理人を牽制しながら『りかのおにいちゃんよぉ!』と焼きもちやいていた姿がフラッシュバックした。
「・・・・・お兄ちゃん聞いてないぞ・・・・」
尚も消え入りそうな声を漏らしながら、やっとの思いで靴を脱いでリビングへと向かった。
その後しばらく虚無なままボーっとしていると両親が買い物から帰宅して、言われるがまま食事の準備を手伝っている間、俺はまだ若干ダメージを抱えていた。
そして夕方ごろ梨花が帰宅して、夜は久々に家族4人で食卓を囲み、父の晩酌に付き合った。
あ・・・まずい、ポチ袋とか買ってない・・・
去年も理人に会った時お年玉をあげたのに、何故かスッカリ忘れていた。
社会人になってからは梨花にもあげていたのだけど、妹は決まって遠慮して受け取ろうとせず、だったら理人にあげてとばかり言うもんだ。
だからと言って理人に多めに包んで渡すと、彼は彼で遠慮するもんで、後日俺をさりげなく食事に誘ってご馳走してくれようとする。
妹も理人も、金銭感覚のしっかりした大人になっちゃったもんだ・・・。
二人の成長をしみじみと嬉しく感じる自分もいるけど、父と母からすると、俺が何となくしか答えないプライベートなことが、若干気になる様子だった。
「灯は最近、理人くんに会ってたのか?」
テレビを眺めていると父は徐にそう尋ねた。
「え、あ~・・・ん~?いつだったっけ・・・んでもひと月前くらいに会ったかも。うちに来てくれて、お鍋一緒に食べたよ。」
「そうだったのかぁ。・・・・・・・・ところで灯~」
「ん?」
父はソワソワした様子を見せながら、いつもの恵比須顔で照れくさそうに言う。
「ほら・・・彼女の一人でも・・・出来たりした?」
「・・・・」
「父さんさ、ちょうど灯くらいの年頃の時さ、母さんと出会ったんだよ。」
「そうだったんだ・・・」
「うん~。母さん美人でさ~友達の紹介だったんだけど、今も綺麗だけど才色兼備でしっかり者でさ~・・・も~父さん緊張しちゃってさ~~」
「え・・・のろけ?」
「いやぁ・・・まぁそれはいいとしてさぁ~息子のそういう話聞くのも、酒の肴にいいかなぁって。」
「あ~~・・・・・」
どうしようかなと一瞬考えはしたけど、ダイニングキッチンに母さんと梨花もいるし、別に話が聞こえてもいいかなと思いながら答えることにした。
「ご期待に添えなくて申し訳ないんだけど・・・俺、今はもう女性に興味湧かないかなぁ・・・。男の人の方が好きなんだよ。」
「・・・・そうなのか・・・」
父は少し驚いた表情を見せたけど、頷きながら続けた。
「そうか、じゃあ彼氏はいるのか?」
「いや・・・いないねぇ・・・。何となく気になる人はいるけど・・・」
卯月さんの顔を思い浮かべながら、記憶の中の彼も相変わらずイケメンで爽やかで眩しい。
「そうかそうかぁ・・・。まぁ別にどちらが好きでもいいと思うんだよなぁ父さんは。今はもう偏見とかする時代じゃないだろ~?父さんはさ、灯が仕事しててもしてなくても、恋愛しててもしなくても、健康で幸せだなぁと思って生きてくれてたら、それが一番だと思ってるよ。」
「・・・そっか。ありがとう。」
卯月さんに言われた言葉をまた思い出して、嬉しそうにニコニコする父に何となく笑みを返した。




