第15話
第15話
卯月さんの家で、記憶を失くした2日後
彼からメッセージが届いて、休憩していたお昼時だったので、通話したいという彼の電話に出た。
やり取りは他愛ないもので、何気なく会話して、またデートをしたいという彼に、何となく話を合わせた。
そしてまた数日後、ご飯に行かない?と誘われたけど、疲れていたし、大きな案件が片付いた後だったので断った。
その日は家で一人、ゆっくりテレビを観ながら過ごした。
そしてまた翌日、他愛ない連絡が来たり、数日間、何でもないやり取りが続いた。
そうして半月が過ぎた頃、また彼から週末のデートに誘われた。
けど同時にたまたま理人からメッセージがきていて、またうちに遊びに行きたい、と言われている最中だったので、気分が乗らなくて断った。
その時は理人が来てくれたら、何かご飯作ってあげようかなぁなんて考えていた。
それからまた数日後、卯月さんから他愛ないメッセージが来たけど
既読して返信はしなかった。
そしてまた1週間ほどして、予定の都合を伺うメッセージが来たけど、日にちを考えるのが面倒で、かつ新しく立ち上げられたチームの打ち合わせに出社したりしで、疲弊していたために返信出来ずにいた。
それからはSEチームでの仕事のやり取りが増えて、すり合わせでオンライン会議をしたり、忙しさが増していく中で、卯月さんのことをスッカリ脇に置いていた。
そうこうしているうちに、気付けば12月に突入。
自分でもふとカレンダーを家で眺めてビックリした。
というか来年のカレンダーがスーパーに売っていて気づいたのもある。
あんなにしつこかった夏も終わって、東京はスッカリ寒波に覆われていた。
忙しさで音信不通になってしまうのを、理人は気にかけてくれていて
かつ俺の食生活を心配してか、「今日空いてる?」と予定を急に立てて、スーパーで買い込んだ食材を持ってうちに来てくれた。
理人は手慣れた手つきで鍋の具材を刻んで、温かい寄せ鍋を一緒に食べてくれた。
楽しい時間が過ぎて、他愛ない話をして、可愛い可愛い理人に終始癒されて
理人も心底楽しそうにしてくれて、何もなく健全な親戚同士の時間を過ごして、また寒空の下理人は帰って行った。
「さみし・・・」
理人が帰ってしまったリビングで、一人シン・・・と静まり返ったソファに座るのは本当に寂しい。
理人もここに住んでくれたらいいのに・・・
その時徐に、充電器に刺したままのスマホが鳴りだした。
「ん?理人忘れ物でもしたかな・・・」
充電コードを抜いて画面を確認すると、卯月さん、と表示されていた。
「・・・・・もしもし?」
「あ、灯・・・今大丈夫?」
「うん・・・。どうしたの?」
「えっと・・・用事があって近くに来てからから・・・・会いたくて来ちゃったんだけど・・・伺ってもいい?」
「・・・・」
俺は彼ともう、3か月も会っていないことにその瞬間気付いた。
「あ~・・・はい、どうぞ。もう下まで来てるんですか?」
「うん。車適当に停めてくるね。」
「はい。」
最後に彼のうちで会ったことを思い返そうにも、スッカリ記憶の彼方で・・・
何か勝手なことを言って会わなくなってしまってたような気もするけど・・・その後はちょっと連絡取ってた・・・よな・・・
しばらくしてインターホンが鳴って、返事をして出迎えると、ドアの向こうですっかり冬の装いになった彼が立っていた。
「どうぞ・・・。」
「ごめんね、急に。あ・・・これ、お酒良かったら。」
「・・・ありがとうございます。卯月さんでも・・・車でしょ?」
「うん、俺は飲まないよ。灯へのお土産。先月地方に行く機会あって、そこの地酒。」
「へぇ・・・ありがとうございます、わざわざ・・・」
マフラーを解きながら優しい笑みを見せる彼は、何だか以前と違った雰囲気な気もした。
キッチンに大事にお酒を仕舞って、二人分のコーヒーを淹れてテーブルに置いた。
まだそんなに遅い時間ではないけど、何となく夜に急に電話して家に来るなんて、卯月さんらしからぬ行動力だな、とも思う。
「・・・灯」
「はい」
ソファに座ってコーヒーを一口二口飲むと、彼は本題とばかりに切り出した。
「・・・・会ってない間に・・・何かその・・・変わったりした?」
「・・・・ん?何がですか?」
「その・・・仕事が忙しかったと思うけど・・・ほら・・・好きな人と上手くいったとか・・・もしくは他にいい人が出来たとか・・・」
「・・・・いえ・・・特に何も・・・」
「・・・そっか・・・。いや・・・忙しくて疲れてたと思うから、心配して来たのもあるんだけどね。」
「ふ・・・卯月さんも、年末にかけて忙しいですか?」
「ん~・・・俺は学者だからなぁ・・・人によってはそうだけど、俺は大丈夫かな。」
「そうですか。」
また静かに黙ってコーヒーに口をつけて
彼が何か落ち着かない様子なのは気付いているけど、特別どうしたらいいのかわからなかった。
「あ・・・そうえいば、いくらか連絡してくれてたと思うんですけど、結構返事疎かにしてて・・・すみませんでした。」
「あ~・・・ううん、いいよ。新しい仕事もあって立て込んでたんでしょ?上手くいった?」
「そうですねぇ・・・まぁだいたいは。年内の仕事はここまでにしよう、みたいな目途は決められてるんで、また来年からは打ち合わせの繰り返しで、進めていく感じですね。」
「そっか、それは良かったね。とりあえず・・・。」
「まぁ・・・結構やること多いので、日々家の中で忙しくはしてるんですけど・・・。周りの雰囲気に充てられることはないので、そういう意味ではマイペースに仕事やれててありがたいです。」
「そっか、なるほどね。在宅ワークのいいところだね。」
「ええ。」
再び沈黙が降りると、卯月さんはソワソワするように、視線をあちこちにやった。
「・・・卯月さん」
「ん?」
「・・・お土産を渡すのが用事だったんですか?・・・それとも他に何か・・・?」
「・・・えっと・・・そうだね・・・その・・・年末休みとか、予定ある?帰省するとか。」
「あ~・・・帰省って言っても遠方じゃないので、わりといつでも帰ってますし・・・年明けてから帰ろうかなと思います。」
「そうなんだね・・・。それならその・・・友達と予定とかないなら・・・・・・・良かったら・・・温泉旅行とか行かない?」
「・・・・温泉旅行・・・?」
卯月さんはスマホの画面を開いて、俺に差し出した。
「親戚がここの旅館の経営者でね、学生の時はよく休みの間バイトさせてもらったり、家族旅行で泊まらせてもらってたんだ。今年は若干お客さん少ないみたいでさ、宿泊するなら安くしてやるって・・・。それなら灯と一緒に行きたいなと思って・・・・・・どう・・・?」
手元の画面の中には、景色もよくて雰囲気のいい風流な旅館が映っていた。
カップル割引などあったり、食事の写真も美味しそうで、露天風呂付の部屋まである様子だ。
「・・・・・ホントに・・・誘う相手俺でいいんですか?」
「うん・・・どうして?」
また視線を落とすと、男女で入れる温泉の素敵な画像があった。
俺の中であまりにも、卯月さんが男の俺と一緒にいるイメージに違和感がある。
自分が拘り過ぎていることくらいわかってる。
彼の気持ちはわかるし、卯月さんが男同士で泊まることを気にするとは思えない。
けどご親戚が経営者っていうのは・・・
「赤の他人ならまだしも・・・俺を連れて泊まりなんて・・・お身内に変な風に見られないですか?あ・・・それとも俺は友達として誘われたっていう体で行けばいいですか?」
卯月さんは改めて俺をじっと見つめて、その真剣な眼差しに気後れしてしまう。
「俺は灯に楽しんでもらえるなら、友達としてでも・・・それ以上の関係としてでも行きたいよ。もちろん灯が付き合うとかそういうことに前向きじゃないのわかってるから、恋人のつもりで行くわけじゃないし、身内にそれを見せつけたいわけでもなくて・・・。灯が温泉旅行いきたいって思えて、一緒に楽しめる時間になるなら、俺はそれだけで十分幸せだよ。」
・・・相変わらず善意と純粋さが眩しいな・・・・
ああ、そうか・・・俺はずっと調子を崩されてばっかりだったけど、彼の本音とか強欲さも見てみたいと思ってたのかな・・・
「今わかりました。」
「ん?」
「俺はきっと、卯月さんの綺麗な心と、自分の穢れきった醜い心を引き合いに出して、一緒にいることに違和感を覚えてたんです。」
「・・・え・・・は・・・ん・・・?」
「出会ったことのないタイプの人って、パターンを崩されてどうしたらいいのかわかんなくて・・・裏があるに決まってるって思いこんで、卯月さんを振り回してたんです。」
「・・・振り回された覚えはないけど・・・」
「実は黒幕だった・・・くらいの展開、お決まりだし心構え出来てますよ。何を隠してるんですか?」
「・・・えぇ・・・?」
可愛く小首を傾げて苦笑する彼は、何か期待に応えるべきかと思案していた。
「・・・俺だって人並みに欲はあるけど・・・それを灯に向ける程愚かじゃないよ・・・」
「・・・愚かであるのが人間だと思います!主人公の冒険は常に理不尽で困難に満ち溢れているべきです。そこそこの信頼関係が築けてそうな、卯月さんくらいのポジションのイケメンは、急に裏切る展開がミソなんです。」
「・・・そう・・・まぁ確かにゲームならそういうの面白いよね。」
卯月さんはクスクス笑みをこぼして、そっと優しく俺の頬に触れた。
「好きだからデートに誘ってるんだよ。・・・それとも・・・付き合ってないのに旅行はダメ?」
「・・・・」
思わず眉をひそめて見つめ返すと、怒られると思ったのか、彼はさっと手を引いた。
「別に旅行を問題視してませんよ。卯月さんは具体的に・・・俺に何を求めてるんですか?」
「具体的・・・」
そう問うと、彼は思いのほか考え込んでしまって、自分の組んだ足に頬杖をついた。
「俺さ・・・仕事は情熱持ってやってるけど・・・他のことには・・・その・・・結構ぽやっとしてて」
「・・・はぁ」
「弟にもよく言われるんだよ、ボーっとしてるって、昔からね。人間に興味があるようでなくて、中身の遺伝子とか生物としての性質に興味を抱いてたから・・・。・・・前に灯を自宅に連れ帰った時から少し思ってたんだけど・・・俺たちって、噛み合ってないのかな?」
俺の質問から逸れた回答をする彼は、見たことない不安そうな顔をしていた。




