第11話
それからたまに、卯月さんとは連絡を取り合う仲になって、半月程経った頃
俺の好みをあれこれ尋ねていた彼は、熟考の結果、連れて行きたい店が決まったのか、オススメのバーがあるとデート場所を提示した。
外はまだ若干夏の暑さを引きずりながらも、少しずつ秋めいた空気を感じさせて、出歩くのは億劫だと思わなくなっていた。
けれど卯月さんは当然のように、わざわざ自宅マンションの前まで車で迎えに来てくれた。
「お待たせ。」
特に遅れて来たわけじゃないのに、そう言ってまた助手席をスマートに開ける姿は、以前と違ってラフな格好で、学生のようなファッションに見えた。
「卯月さん今日は休みだったんですか?」
週末の金曜日だけど、彼のルーティンを把握しているわけではないので、車に乗り込みながら尋ねると、彼は相変わらず爽やかな笑みを見せた。
「ううん、今日も朝から大学行って~・・・講義いくつかして、その後は日が暮れるまで研究室で仕事してたよ。・・・どうして?」
「いえ、以前よりラフな格好だったので。プライベートだったのかなって。」
「・・・あ~・・・」
シートベルトをして、左右を確認してゆっくり走行し始めながら、彼は少し言葉に詰まりながら答えた。
「昔からあんまり・・・私服の傾向が変わってないからかなぁ・・・。初めてデートした時は、それなりに年相応なファッションがいいかなと思って、店に行ってお勧めしてもらったものを買ったんだよ。今日は自分の好きな格好でいいかなと思ったんだけど・・・年甲斐もなく若々しい格好し過ぎたかな・・・?灯は好きじゃない?」
「・・・いえ、可愛いなぁと思って。」
「か・・・・そっか・・・」
複雑そうな笑みを浮かべる彼は、シャツの上にカフェオレ色のカーディガンを着ていて、そのゆるっとした格好と、細い足を包むカーキ色の細身パンツが合ってて・・・
「理人のカッコみたい・・・」
「・・・ふふ、そうなの?じゃあ好きってことかな。」
しょうもない俺の小声のつぶやきを聞き逃さない卯月さんは、少し得意気だった。
そういえば理人は卯月さんに、大学で会ったことあるんだろうか・・・。
でも法学部の子が、生物学の講義取るイメージはないな・・・。
「どうかした?」
しばらく黙って考えていると、赤信号で停止したタイミングで、卯月さんはいつもの綺麗な目をこちらに向けた。
「いえ・・・。従弟・・・理人はT大の法学部の学生なので、ワンチャン卯月さんと大学で出くわしてたりするかなぁと思って・・・」
「へぇ、そうだったんだ。法学部かぁ・・・・どうだろうねぇ・・・。校内広いし・・・学生も多いからな~。」
「理人はイケメンを見かけたらすぐ声かける子なんです。フレンドリーにナンパしてくる茶髪でハーフアップのヘアスタイルの男の子がいたら、それが理人ですよ。」
「はは!そっか、もし声かけられるようなことあったら、灯の話をしてみるよ。」
「・・・俺の・・・何の話するんです?」
「君のいとこのお兄さんが好きなんだけど、どういう風に口説いたらいいと思う~?って。」
「・・・・」
そう言われて想像してみたけど、理人の返答が全然想像つかなかった。
「・・・別に卯月さん口説くつもりないじゃないですか・・・」
「えっ・・・そんなことないけど・・・」
「・・・全然口説かれてる自覚ないです。」
何も考えずに受け答えしていると、彼はまた前を向いて発進させながら、こぼれる笑みを落とした。
「ふふ・・・」
「何ですか?」
「ううん。灯はやっぱり猫みたいだなぁと思って・・・。機嫌を損ねちゃうと、そっぽ向いたり、自分の思い通りにいかなかったら、興味無くされちゃうから・・・口説くって難しいなぁと思って。」
静かな車内で、卯月さんの声だけが優しく耳に入ってきて、彼はその雰囲気やルックス、はたまた柔らかい声で、たぶん何も難しいことをしなくても、大体の人は好きになってくれたはずだ。
彼自身、他人から好意を向けられやすいと自覚があったようだし・・・
「難しいと思うのは・・・俺が言うのもなんですけど、以前おっしゃっていた通り、恋愛経験の少なさからそう感じるだけですよ。でも好きな相手であっても、家族であっても、取引先であっても、好かれるためには同じことをすればいいと思います。」
「同じこと・・・?」
「・・・例えばその人の好きなもの・・・食べ物でも、趣味でも・・・何かリサーチして話を合わせるとか、自分も同じように好きになってしまえば、話題に事欠きませんし・・・。相手の好きなものに興味を示せば、自ずとこっちにも興味を持ってくれるし、仲良くなるきっかけに成りうるじゃないですか。」
「・・・その理屈で言うと・・・俺が理人くん?に興味を持たなきゃいけないことになるね。」
「・・・・そう・・・ですね・・・。」
苦笑いをこぼす彼は相変わらず安全運転で、眠気を誘うような優しい声とリズムで会話しながら、夜の町へと車を走らせた。
ネオンが輝く飲み屋街に入ると、ざわざわと人気の多い雰囲気と、居酒屋や立ち飲み屋から楽しそうな笑い声が聞こえてきて、少しワクワクした。
普段部屋に籠りきりで仕事をしている身としては、人込みにもみくちゃにされない限りは、出かけることは気分転換になる。
やがて店の近くのパーキングに停車して、俺と卯月さんは目当てのバーへと向かった。
「ここの地下だよ。足元気を付けてね。」
「はい。」
小さな可愛らしい看板がある階段は、店と店の隙間に隠れるように存在して、何だか不思議なダンジョンに潜るような気分だ。
ゆっくり降りていく卯月さんに続いて、足元に気を付けながらタンタンと階段を下る。
最奥まで進んでカランとなるドアが引かれて、足を踏み入れた先は、何もかもが初めての光景だった。
バーというところに行ったことがないからだけど、想像していたよりもかなり広い場所だ。
「へぇ・・・」
思わず感嘆の声を漏らすと、卯月さんは振り返って俺の手をさり気なく繋いだ。
「灯、おいで。」
俺よりも大きくて綺麗な白い手が、指を絡めて繋がれる。
なんてエロイんだ・・・けしからんとはこのことだな・・・
イケメンはナチュラルにこんなことするのかぁ・・・あんまり2次元と変わらないんだな。
そんなことを思いながら黙って手を引かれるままに、雰囲気あるオレンジ色の照明に包まれた店内で、端の方のテーブル席についた。
備え付けられたメニューを手に取る卯月さんは、広げながら嬉しそうに言った。
「ここはカクテルも美味しいけど、灯が好きな日本酒もたくさん置いてるよ。何がいい?」
「そうなんですか。・・・ん~どうしようかな・・・」
事前に熱心に俺の酒の好みを聞いていたのはここが候補だったからかな。
つくづくデートに一生懸命で可愛い人だ。
まぁ今だけかもしれないけど。
イケメンであればあるほど、釣った魚には餌をやらない、なんて人が多いもんで、自信満々で落とすことをゲームと思い、付き合えてからは適当・・・なんてことはよくあることだ。
真面目な卯月さんがそんな人だとは思えないけど、人間誰しも二面性、もしくは多面性があるもんだ。
「・・・ロングアイランドアイスティーにします。」
「・・・結構度数高いけど大丈夫?」
「そうですね、レディキラーって呼ばれる代表格ですけど・・・心配ないですよ、別にお酒弱いわけじゃないですから。」
「・・・ジントニックくらいからにしない?」
「・・・そんなに心配ですか?」
「フラグなのかなぁと思って・・・」
「・・・そのフラグへし折ってやりますよ。」
ムっとして返すと、目の前に座る彼はクスっと笑って頬杖をついた。
「じゃあ飲み比べする?レディ扱いされるのは嫌みたいだし。」
「・・・当たり前でしょう、お互い成人男性ですよ。言っときますけど、本当にお酒そこそこ強いですからね俺。」
そう啖呵を切ると、卯月さんは尚も笑みを堪えるように口元を隠した。
「ふふ・・・うん。でもムキになって飲み過ぎないでね、心配だから。」
「わかってます。飲み過ぎて周りに迷惑かけたことは流石にありませんよ。」
「そっか。じゃあ・・・俺はどうしようかなぁ・・・。レディキラー繋がりで『ビトウィーンザシーツ』にしようかな・・・」
「・・・へぇ」
「・・・何?」
言葉自体の意味を知らないわけじゃないだろうけど、卯月さんはあんまり駆け引きとか楽しまない人なんだな・・・。
「何でもないですよ。」
「セクシーな名前だよねぇ。」
「・・・ベッドの上でもヒィヒィ言わせてやりますよ。」
「・・・遠慮します・・・」
卯月さんの笑顔が歪んできたので、同じように頬杖をついて彼の瞳を覗き込んだ。
「そう遠慮なさらず・・・。悪くないですよ?案外・・・。開発されるの嫌いですか?」
「嫌いというか未経験のことだし・・・」
「経験すれば大したことじゃなくなりますよ。」
「・・・え・・・え~と、おつまみどうしよっか!お腹空いてたら何か料理でも・・・ここのメニューどれもハズレなくて美味しいんだよ。」
卯月さんの慌てふためく様子が可愛くて、ついついいじめたくなるのを抑えて、俺は大人しく彼のお勧めの料理をいくつか注文した。
理人も成人して一緒に飲めるようになったら・・・いいとこ連れてってあげたいなぁ・・・
そうやってまたふと理人を想う自分に、スンっと我に変わっては、頭の中を切り替えるように目の前の卯月さんに視線を向けた。
学生のような可愛らしいファッションも似合ってしまう年上の彼は、料理とお酒を待ちながらメニューを眺めていた。
そして視線を感じてパッと目を合わせて、また綺麗な微笑みを作る。
「強いお酒が好きなら、後で日本酒も頼む?」
「・・・酔わせてどうするつもりですか~?」
「どうもしないよ、ちゃんとうちまで送っていくよ。」
変わらず微笑みながら返す彼を一瞥して、散々部屋でいちゃついて、色んな話をした日を思い返した。
「・・・・結局あの日も泊りませんでしたもんね。」
「・・・取って食われたかった?」
「そりゃそうでしょ。」
「ふぅん・・・。」
「ゆっくり仲良くなって何回かデートして、お互いの好み知って、駆け引きして~なんて、クソ面倒でしょう。」
「あ~・・・そうなのかな・・・。前も話したけど、恋愛経験少ないし、面倒と感じる程関わり深い人いないからなぁ。」
そんな話をしていると、賑やかなバーカウンターから店員さんがメニューの品々を運んで持ってきた。
「お待たせいたしました~。」
美味しそうにぐつぐつ煮立つアヒージョに、一緒に食べたら絶対美味しいバケット。
新鮮な魚介類が綺麗な色味と香りを放つパエリア。
それを引き立てるようにテーブルに置かれた二人分のカクテルが、まるでスタンドランプみたいにキラキラしていた。
「美味しそう・・・」
自分の分のカクテルを持ち上げようと手を伸ばすと、ふと口元に手を当てて考え込む卯月さんが目に入った。
「どうかしました?」
「ううん。・・・灯はあれかな、やっぱり手っ取り早い関係を望んでたりする?」
「・・・ええ、前からそう言ってますよ。」
卯月さんはさっとカクテルを取って、乾杯するために差し出した。
「じゃあこうしよう。俺が先に酔いつぶれたら、灯が望むような関係になるよ。」
「え・・・」
「その代わり、俺が勝ったら・・・恋人になってくれる?」
「・・・・ほ~ぅ、イケメン相手だとこういうイベントも発生するのか~~。」
「・・・灯・・・心の声隠さなくなったね・・・。」
カクテルが煌めいて放った乾杯の音色は、さしずめ勝負のゴングだった。




