ep.7 焚き火の向こう側
夜になると、村は昼間とは別の顔を見せた。
家々の窓から暖かな灯りが漏れ、通りには焚き火の煙が漂っている。
昼間は走り回っていた子供たちも、今は家へ帰り、村全体がゆっくり眠る準備をしていた。
ゼンたちは村長の家へ招かれていた。
大きな木の机。
焼いた肉。
香草の入ったスープ。
果実酒の匂い。
「いっぱい食え、若いんだから」
村長が笑う。
「ありがとうございます」
ゼンは頭を下げた。
異世界に来てからずっと緊張していたせいか、こういう普通の食卓が妙に安心する。
ジーフは既に肉を三本食べていた。
「うめぇ」
「食い過ぎだろお前」
「育ち盛りなんだよ」
「お前いくつだよ」
「百は超えてる」
「終わってんな感覚」
カノンが少し吹き出す。
その笑顔を見て、ゼンは少し安心した。
昼間より表情が柔らかい。
逃亡生活の最中だというのに、この村に来てから少しだけ気が抜けているようだった。
だが。
食事が一段落した頃。
空気が変わった。
ジルフィが静かに口を開く。
「……今後の話をする」
囲炉裏の火が揺れる。
ゼンは自然と姿勢を正した。
「まずカノン」
「はい」
「お前はルーディン王国へ送る」
カノンは静かに頷く。
予想していたのだろう。
「現在、王国側も動いているはずだ。山を越えれば合流地点がある」
「……ありがとうございます」
次に、ジルフィの視線がゼンへ向く。
「ゼン。お前は現世へ戻す」
「え?」
思わず聞き返した。
「元々お前は向こう側の人間だ。ドリームランドに長くいるべきではない」
「でも……」
「この世界は危険だ」
ジルフィの声は冷静だった。
「お前には力がない」
ゼンは言葉を詰まらせる。
「剣も使えない。魔法も使えない。戦った経験もない」
「……」
「今は偶然生きているだけだ」
その言葉は痛いほど正しかった。
ゼンは何も言い返せなかった。
実際。
ここまでずっと守られてばかりだ。
逃げることしか出来なかった。
カノンを助けたいと思っても、結局ジルフィたちがいなければ何も出来ていない。
ゼンは拳を握る。
「……でも」
「?」
「ここまで来たんだ」
ジルフィを見る。
「放っとけないだろ」
カノンが驚いたように顔を上げる。
ゼンは続けた。
「カノン、ずっと追われてんだぞ」
「……」
「王国? 魔族? なんかよく分かんねぇけど、危ないんだろ?」
「危険だ」
ジルフィが即答する。
「なら尚更、一人で帰れねぇよ」
「お前が行って何になる」
静かな問いだった。
「足手纏いになるだけだ」
ゼンの喉が詰まる。
悔しいほど、その通りだった。
もし敵が来たら?
自分は何が出来る?
カノンを守れるのか?
答えは、ない。
「……っ」
拳に力が入る。
何も出来ない。
それが歯痒かった。
現世では普通に生きてきた。
勉強して。
ゲームして。
友達と笑って。
それで十分だと思っていた。
なのに今は。
何も出来ない自分が、異常に情けなかった。
沈黙が落ちる。
パチ、と薪が爆ぜた。
その時だった。
カノンが小さく口を開く。
「……私は」
皆が彼女を見る。
「ゼンに助けられた」
「いや、俺は別に……」
「助けようとしてくれた」
カノンは真っ直ぐ言った。
「それだけで十分だよ」
ゼンは言葉を失う。
ジルフィは静かに目を閉じた。
「……優しいだけでは生き残れん」
「分かってる」
ゼンは俯く。
「でも、それでも放っとけない」
その言葉に。
ジーフが少しだけ笑った。
「ほんと変な奴」
「うるせぇ」
食卓の空気が少し緩む。
村長が酒を注ぎながら笑った。
「若いのはいいですなぁ」
「他人事みたいに言うなよ」
「実際他人事ですし」
小さな笑いが起きる。
外では夜風が吹いていた。
静かな村。
虫の音。
遠くで獣の鳴き声が響く。
そのさらに奥。
村から離れた深い森の中で。
ギラリ――。
青い眼光が、静かに闇の中で揺れていた。
誰も、それに気付いていなかった。




