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ep.8 眠れない夜



 借り与えられた部屋は、小さかった。


 木造の壁。


 藁を敷いた寝床。


 窓の外では、虫の鳴き声が静かに響いている。


 ゼンは寝転がりながら、ぼんやり天井を見上げていた。


 眠気はある。


 身体も疲れている。


 けれど、頭だけが妙に冴えていた。


「……長ぇ一日だったな」


 誰もいない部屋で、小さく呟く。


 本当に。


 たった一日とは思えなかった。


 昨日まで、自分は普通の高校生だったはずだ。


 授業を受けて。


 コンビニに寄って。


 帰ってゲームして。


 そんな、どこにでもある毎日。


 なのに今は。


 見知らぬ森の村で、異世界の天井を見上げている。


「意味分かんねぇ……」


 乾いた笑いが漏れる。


 今日だけで、どれだけの事が起きた?


 山の社。


 突然現れたカノン。


 黒い化け物。


 空が裂けたみたいな光景。


 時空の亀裂。


 そして、この世界。


 ドリームランド。


 頭の中で整理しようとしても、全然追いつかない。


 自分には想像もつかない出来事が、光の速さで目の前を通り過ぎていく。


 そんな感覚だった。


「……あの化け物」


 ゼンはぽつりと呟く。


 昨日遭遇した存在。


 黒い霧。


 青い眼。


 見ただけで背筋が凍るような圧力。


 あれは何だったのか。


 ジルフィたちですら、明確には説明しなかった。


 ただ危険だとだけ。


 思い出すだけで、心臓が嫌な音を立てる。


「……カノンも」


 横を向く。


 隣の部屋だろうか。


 静かな気配だけがあった。


 カノン。


 不思議な少女。


 どこか気品があるのに、時々すごく年相応に見える。


 そして――。


「アルマンド、だっけ」


 あの少女。


 カノンと同じ顔をしていた。


 いや、少し違ったか。


 雰囲気はもっと荒っぽかった。


 けれど、見間違えるはずがない。


 あんなに似ている人間がいるものなのか。


「姉妹……とか?」


 でもカノンは何も言わなかった。


 話したくない事情でもあるのだろうか。


 疑問ばかり増えていく。


 そして。


「……ロキ」


 その名前を口にした瞬間。


 部屋が少し静かになった気がした。


 喋る猫。


 ふざけた態度。


 妙に人間臭いのに、どこか人間じゃない感じ。


 ドリームランドの人間は、生まれた時からロキの存在を認識している。


 そうジルフィは言っていた。


 でも、“説明できない”。


 存在しているのが当たり前すぎて、逆に正体が分からない。


 そんな存在。


「……なんだよそれ」


 意味が分からない。


 なのに。


 なぜかロキが消えてから、少し不安だった。


 あいつがいると、妙に空気が軽かったからかもしれない。


 ゼンは右目に触れる。


 昼間まで熱を持っていたそこは、今はもう静かだった。


 山の社で。


 ロキに触れられた瞬間。


 確かに“何か”が流れ込んできた。


 世界が違って見えた。


 空気の中に光みたいなものが見えた。


 あれは何だったのか。


「……魔眼、とか言ってたよな」


 中二病みたいだ。


 笑える話のはずなのに。


 今は全然笑えなかった。


 この世界では、本当にそういうものが存在している気がする。


 ゼンは目を閉じる。


 考えれば考えるほど、自分だけが取り残されている気分になった。


 皆、知っている。


 この世界の事を。


 危険を。


 ルールを。


 でも自分だけ何も知らない。


 ただ流されているだけだ。


「……俺、どうすればいいんだろ」


 小さな呟きが、部屋に消える。


 帰るべきなのか。


 それとも。


 カノンたちについて行くべきなのか。


 正しい答えなんて分からない。


 でも。


 カノンが追われている時。


 怖かったのに、身体は勝手に動いていた。


 放っておけなかった。


 それだけは、本当だった。


 窓の外で風が吹く。


 森がざわめく。


 その音を聞きながら、ゼンはゆっくり目を閉じた。


 ――

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