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ep.6 朝霧の村



 白い霧の森を抜ける頃には、空が薄く明るみ始めていた。


 木々の隙間から、淡い朝日が差し込む。


 鳥の鳴き声。


 湿った土の匂い。


 そして――。


「見えたぞ」


 ジーフが前を指差した。


 小さな村だった。


 木造の家が十数軒ほど並んでいる。


 周囲には畑。


 煙突からは白い煙が上がり、どこか懐かしい匂いが漂ってきた。


「……普通の村だ」


 ゼンは少し安心したように呟く。


 もっとファンタジー全開な場所を想像していた。


 だが、村そのものは意外と人間らしい生活感があった。


「朝飯の時間帯だな」


 ジーフが鼻をひくつかせる。


「焼きパンの匂いする」


「お前、鼻良すぎだろ」


「狼だからな」


 村へ近づくと、ちらほら人影が見え始めた。


 水を汲む女性。


 荷車を引く老人。


 眠そうに欠伸をしている青年。


 皆、ジルフィを見ると軽く頭を下げた。


「おぉ、山神様」


「珍しいですね」


 ジルフィは小さく会釈を返す。


 普段は威圧感があるのに、こういう時は妙に礼儀正しい。


「少し厄介事があってな」


 村長らしき老人が近づいてくる。


 白髭を蓄えた穏やかな顔の老人だった。


「旅人ですかな?」


「あぁ。数日、滞在させて欲しい」


「もちろんですとも」


 老人は快く頷いた。


「山神様には昔から助けてもらっておりますゆえ」


 ジルフィは軽く頭を下げる。


「感謝する」


 その横で。


 ゼンは完全に浮いていた。


「……」


 村人たちの視線が痛い。


 原因は分かっている。


 制服だ。


 ブレザー姿の高校生なんて、この世界には存在しない。


 露骨にヒソヒソされていた。


「なんだあの服」


「貴族……じゃないよな?」


「変な布だな……」


「めっちゃ見られてる……」


 ゼンが小声で呟くと、カノンが少し笑った。


「しょうがないよ」


 彼女はフードを深く被っている。


 髪も顔も極力隠していた。


「カノンは隠さなくていいのか?」


「……追われてるから」


「あ」


 ゼンは察した。


 王族絡み。


 あまり目立たない方がいいのだろう。


 村長はゼンを見て少し不思議そうな顔をしたが、深くは聞かなかった。


「空き家を使ってくだされ」


「助かる」


 案内されたのは、小さな木造の家だった。


 中には簡素な机と椅子、藁の寝床がある。


 ゼンは入った瞬間、ベッドに倒れ込んだ。


「無理……眠い……」


「そのまま寝ると風邪引くぞ」


 ジーフが呆れる。


 だがゼンはもう半分寝ていた。


 窓の外からは村人たちの声が聞こえる。


 鍋を混ぜる音。


 家畜の鳴き声。


 子供たちの笑い声。


 不思議だった。


 異世界なのに。


 どこか懐かしい。


     ◇


 目を覚ますと、昼前だった。


「やべ」


 慌てて外へ出る。


 村はすっかり活動していた。


 畑仕事をする人々。


 井戸端で談笑する女性たち。


 木剣を振る少年。


 穏やかな時間だった。


「起きたか」


 家の前でジーフが串焼きを食べている。


「遅ぇ」


「いや限界だったんだって……」


「ほら、飯」


 渡されたのは温かいスープと黒パンだった。


 素朴な味。


 でも異常に美味かった。


「うま……」


「腹減ってただけじゃね?」


「それでもうまい」


 ゼンが食べていると、少し離れた場所から子供たちがこちらを見ていた。


 四、五人くらい。


 皆、興味津々な顔だ。


「……なんだ?」


 目が合うと、慌てて隠れる。


 だがまた覗いてくる。


「完全に珍獣扱いだな」


 ジーフが笑う。


「やめろ傷つく」


 その時。


 一人の少年が恐る恐る近づいてきた。


「なぁ」


「ん?」


「その服、鎧?」


「違う」


「貴族?」


「違う」


「じゃあ何者?」


「……高校生?」


「こうこうせい?」


「うん」


「強いのか?」


「弱い」


「弱いのかよ!」


 少年たちが笑い出す。


 空気が和らいだ。


 気づけば、子供たちが周囲に集まっていた。


「その靴すげぇ!」


「髪黒い!」


「剣持ってないの!?」


 質問攻めだった。


「いやだから普通の学生……」


 説明しても伝わらない。


 最終的に。


「変な旅人」


 という認識に落ち着いた。


「なんだそれ」


 ゼンが苦笑していると、少年の一人が木の棒を差し出してきた。


「勝負しようぜ!」


「え?」


「剣!」


「いや無理無理!」


「逃げるのか!」


「煽り方がガキ!」


 結局。


 ゼンは子供たちに混ざって走り回ることになった。


 木の棒を振り回し。


 追いかけっこして。


 転んで。


 笑われる。


「ゼン遅ぇー!」


「待てコラ!」


 その様子を。


 少し離れた場所からカノンが見ていた。


 フードを被ったまま、小さく笑う。


「……楽しそう」


 ジルフィが隣へ来る。


「少しは肩の力が抜けたか」


「はい」


 カノンは静かに頷いた。


 追われる日々だった。


 逃げることしか出来なかった。


 けれど今だけは。


 ほんの少しだけ。


 普通の時間みたいだった。


 日の光が村を照らしていた。

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