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試合が開始されてから数秒。2人はどちらも動かなかった。どうやらお互いの出方をうかがっているらしい。にらみ合う事しばし、クレアが焦れたように前に出た。それを合図にお互いぶつかっていく。
「お兄様がんばって!」
私は声を張り上げた。お兄様とクレアの構えた剣同士がぶつかる鈍い音がする。最初は間隔をあけて響いていたそれも、どんどん速くなって一定のテンポでぶつかりあうようになった。私は固唾をのんでそれを見守る。
ひときわ大きな音が響いて、私はオルファス様の手を握り締める。オルファス様は力強く握り返してくれる。その手に勇気をもらって私はじっと戦況を見守る。
お兄様がクレアに圧されている。私は無我夢中でお兄様を応援した。何度も剣がぶつかり合う。最初は弱く、徐々に力強く。剣戟の勢いに流されずによく見てみると、必死そうなお兄様に対してクレアは余裕そうな顔をしている。冷静に周りを観察しているようだ。ふとクレアがこちらを見たような気がした。
次の瞬間、戦況は変わっていた。クレアがお兄様の体勢を崩したのだ。必死に耐えるお兄様とここぞとばかりに責め立てるクレア。
(お兄様、とにかくけがだけはしないで頑張って。)
私は祈った。オルファス様が絡めた親指で優しく私の手の甲をさすってくれる。
お兄様が膝をついた。勝負ありだ。辺境伯が合図をする。クレアがお兄様に手を差し出している。お兄様がその手を取ると、クレアはすごい力でお兄様を引っ張り上げた。おそるべしクレア。私が呆けて見ていると、絡んでいた指がそっと抜かれた。寂しく思ってオルファス様の左手をつい見てしまうと、軽く頭を撫でられた。
辺境伯がオルファス様を呼ぶ。次はオルファス様とウィリアム様で試合をするらしい。右手に当たる風が寒く感じて、私は右手を握り締めた。
お兄様とクレアが戻ってきた。お兄様は疲れた顔をしている。私が座っているマットに倒れこんだ。クレアは楽しそうだ。テンション高く次の試合が始まるのを待っている。
「クリストフ様頑張って。
次はウィル兄とオル兄の試合なんだから、見ないと損ですよ!2人ともすごい強いんだから。」
クレアがお兄様の背中を押して無理やり起こしている。私はちらっとオルファス様の方を見た。オルファス様は辺境伯と何かを話している。そのまま見ているとバチっと目が合った。少し笑ってくれる。その笑顔に私の心臓はまた音を立てた。
ウィリアム様とオルファス様が定位置に着くと辺境伯が合図をした。お互いに剣を構えてにらみ合う。
「クリストフ様、ほら。
まばたきしてる暇はないですよ、目をしっかり開けて!」
辺境伯が二回目の合図をした。試合開始の合図だ。先の2人の時と違って、今度の2人は試合開始と同時に動き出した。お互いに向かって突っ込んでいく。ガキンッと剣戟の音がした。剣がぶつかる音ですら先ほどより重くて鋭い。それが猛スピードで繰り出されていく。目で追うのもやっとだ。クレアの言った通りまばたきしている暇もない。そんなスピードでぶつかり合いながらも2人は何かを話しているようだ。時折笑顔をのぞかせている。世の中上には上がいるものだ。それを思い知らされる。
2人は危なげなく打ち合っていく。強く、弱く。早く、遅く。時にリズムを変えながら繰り出されるそれは息もつかせぬほどのものだった。
もう10分以上は打ち合っているのではないか。一向に勝負がつく気配がない。
「見てますか?クリストフ様。
強いでしょう?うちの兄貴達。」
「ああ。こんなの王都の騎士団の鍛錬でも見たことがないよ。」
「そうでしょう?なにせ戦うだけが取り柄ですからね!」
クレアがどこか自慢げに言う。お兄様も憧れたように目をキラキラさせながら試合に見入っている。
私も試合に視線を戻した。じっくり2人が戦っている姿を見る。ウィリアム様は剛毅に猛々しく、オルファス様はしなやかに剣をふるっている。たまにウィリアム様が柔らかく剣を繰り出し、オルファス様が芯のある動きでそれを受け、強く斬りかえす。そんな動きをしていた。とても綺麗だと思った。
そのまま視線はオルファス様にとらわれる。強くしなやかな動きを目が勝手に追っていて、気づけばオルファス様の手の感触をなぞるように、右手を左手で絡めとっていた。
そろそろ20分が経とうとしている。ふと、オルファス様と目が合ったような気がした。
オルファス様が動きを変えた。体制を低く落とし、ウィリアム様に向かっていく。それに気づいたウィリアム様も体制を変えて受け流す。流れるように次の攻撃が来る。次第にウィリアム様は防戦一方になっていく。高く低く繰り出される剣戟にウィリアム様はなかなか態勢を切り替えられないようだ。
もう一度オルファス様と目が合ったような気がした。
「そこまで!」
辺境伯の声が響いた。見るとオルファス様がウィリアム様の喉元に剣を突き付けていた。私がオルファス様と目が合ったんじゃないかとぼんやりしている間に勝負はついていたらしい。
クレアは手をたたいているし、お兄様は感嘆のため息をついている。
オルファス様が私を見た。心臓がドキンとひときわ高く鳴った。