第71話 訪れる平和
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馬車はアボルグに向けてゆっくりと闊歩していく
秋の爽やかな風が眠気を誘い御者台では手綱を握る生意気そうな顔をした少年が大きなあくびをしている
「お。ジラブさんの村が見えてきたぞ」
少年が荷台に声をかけると2人の少女は目を覚ます
「ん~!この季節は気持ちがいいね!ロビン、お疲れ様」
「ロビン、お疲れ様」
青髪の少女が背伸びをするとお下げの少女と一緒にロビンに労いの言葉をかける
「ああ。気にするな。アルムもリノンもよく寝ていたな」
「ま、ちょっと疲れてたからね」
「うん、疲れたね」
「あんな大きな出来事があったんだ。疲れるのは当り前さ」
アルムとリノンが苦笑いを浮かべる
徐々に馬車は村に近づき段々と村の入り口がはっきり見えてくる
「さて、あいつはいるかな?」
ロビンがポツリと呟く
「間違いなくいると思うよ?」
はっきりと答えるアルムに首を傾げるロビンとリノン
「だって、あそこにいるの清十郎君じゃん」
アルムが指さす方向をロビンとリノンが顔を向けると村の入り口のすぐそばの建物の影に隠れるように黒髪黒目の見慣れた顔があった
「よくわかるな」
「ま、目だけはいいからね。おーい!清十郎くーん!」
ロビンの感心したような声に胸を張るとアルムは清十郎に向かって手を振る
清十郎も気づいたらしく村の入り口でロビン達を出迎える
「みんな、すまぬな」
「いいって。でも、もったいねーな。村を救った英雄ってことで村をあげて清十郎探しが始まってたぜ。王女様も探してたし清十郎が名乗り出ればすごい褒美がもらえたんじゃないか?」
ロビンが残念そうに言うのに反して清十郎は顔をしかめる
「儂は興味がない」
「清十郎君ならそういうよね。その気ならこうして逃げ出してないわけだし」
「違いない」
アルムの言うことにロビンが同意する
「でもこれからどうするの?」
アルムのと問いに清十郎ははっきりと答える
「もちろんアボルグに帰るんじゃ」
「はぁー・・・。ウェイン様、過労死しないといいけど」
アルムの呟きがとどいたかどうかは分からないがその日アボルグの街の屋敷の一角で大きなくしゃみが聞こえたらしい
「申し訳ありません!しらみつぶしに探しましたが清十郎という黒髪、黒目の男はワ―ラスのどこにも見当たりませんでした!」
一人の兵士が目の前の女性に頭を下げる
「どこかの家に隠れているということはないか?」
女性のとなりで立つ凛々しい顔立ちにオレンジ色の髪をポニーテイルでまとめた女性が兵士に尋ねる
「はっ!この一週間、各戸を個別で訪問いたしましたがどの家にもいる様子がなく住民にも協力してもらいましたが発見することができませんでした」
「住民は協力的だったか?」
「はい。村を救った英雄ということで住民たちも探しているようで非常に協力的でした」
「そうか、分かった。下がっていい」
「はい。あ、一点気になることが」
去り際に兵士が何かを思い出したらしい
「なんだ?」
「清十郎という人物は止まり木亭という宿に仲間と一緒にいたそうです」
「なに?」
「ただ、その仲間たちも村の戒厳令が解け出入りが自由になるとすぐに村を出たようです」
「なぜ!すぐに報告しない!戒厳令が解けたのはアンデッドの消滅が確認できた次の日であろうが!あれから何日経っていると思っている!」
凛々しい顔が怒気に染まる。怒鳴られた兵士は顔を青くして報告を続ける
「は、はい。その情報を得たのがつい先ほどでして・・・」
「一体、何をしているのだ!お前たちは!」
「もういいわ。やめなさいライラ」
窓際に立つ若草色の髪の女性が萎縮する兵士を見る
「ご苦労様、もう下がりなさい」
「はっ!失礼します!」
兵士は最敬礼すると部屋を出ていった
「ニルティーナ様・・・」
凛とした表情の女性ライラが若草色の髪の女性の名前を呼ぶ
「もう、一週間経っているし見つけるのは無理ね」
ニルティーナは窓の外を再び見る。窓に映る自分の顔がいつもの顔と違い今日はがっかりと気落ちしているのが分かる
「この気持ちは何なのかしら」
あの日見た黒髪で黒目の男。自分を助けてくれたと聞いたがそれと同じようにポーションをかけ顔を汚した無礼な男としても聞いている。でも、あの男のことを思うと胸が締め付けられる
「ニルティーナ様?」
様子を見かねてライラが声をかける
「は、はい!な、なんでもありませんよ?」
「そ、そうですか」
ライラもそれ以上尋ねることはしない
「ライラ」
「はっ!」
「私があの日みたおぞましい何かは何だったのでしょうか」
「わかりません。ただ、あのリッチは冥府の王とか言っておりました」
「ええ。それは分かります。ですがそれ以上にもまして私たちが足元にも叶わなかったリッチや冥府の王とやらを消し去ることができる清十郎という人物は一体・・・」
そこでニルティーナはあの日のことを思い出す
あの日、街を恐慌に陥れたリッチが呼び出した冥府の王を清十郎という男が輝く一撃を放ったことで全てを消滅させたこと。あまりのまぶしさに見ていた者が目をつむり光が治まった時にはアンデッドは全ていなくなり空間を引き裂いて現れた冥府の王も消えていなくなっていたことを
「いいえ。今は気にしても仕方がないでしょう。それよりもライラ」
「はっ!」
「アボルグに行くのは止めにします。親衛隊にも死傷者がでておりますしこのことをお父様に直接お知らせしなくては」
「はい。ではそのように隊に通達致します」
ライラはニルティーナに敬礼すると部屋を出ていく
「少し一人になりたいからあなたも下がっていいわよ」
ニルティーナは側付きの侍女に声をかけ下がらせると机の引き出しから一枚のハンカチを取り出す
「はぁ。清十郎様・・・」
ハンカチを顔に当てるとニルティーナはうっとりとした表情で清十郎の名を呼ぶ
やがてベッドに飛び込むと頬を赤らめさせハンカチを頬ずりし始め足をばたつかせるとはあはあと荒い息を吐きながらハンカチを胸に抱きしめてベッドの上で転がる
その時、カチャリと扉が開く音にニルティーナは気づかない
「清十郎様、清十郎様、清十郎様・・・」
「・・・ニルティーナ様」
ベッドでハンカチを胸に抱き名前を連呼しながら転がるニルティーナははじめてそこで聞きなれた声で自分の名前を呼ぶ声に気づいた。慌てて扉の方を見ると唖然とした表情で扉を開いた状態で固まっているライラと目が合う
「あ・・・」
「・・・」
そっとなにもなかったように扉を閉めるライラ
「ち、ちがうの!ライラ!ちょっと行かないで話を聞いて!」
その日、見てはいけない主の一面を垣間見たライラはこのことは墓まで持っていこうと決意したのであった
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