第64話 煙が立つ
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鬱蒼とした森の中、お世辞にも良い装備とは言ないくたびれた皮の鎧を身に纏い無精ひげを生やした男が森の草木をかき分けながら奥に進む
「なあ、オード」
男と同じような装備を身に纏い後ろからついてくる小太り気味の男が汗ばんだ薄くなった頭を布で拭きながら声をかける
「バグどうした?ああ、もう鬱陶しい虫が多すぎるだろ!」
返事をしながらもオードは顔の周りをまとわりつく虫を手で払う
「そう。イライラするなって。さっきから気になってるんだがもうすぐ一雨くるぞ」
木々の間から除くどんよりと空をみながらバグが言う
「ちっ!こんなときについてねえな。この依頼受けて失敗だったか」
「せっかく夜通し馬を走らせてここまで来たのに今更、そんなこと言うなよ
それに無事に帰れば俺たちには大金が転がり込むんだ」
「そうだな。なんてたって俺たちにゃこれがあるんだ」
オードがそう言いながら懐にしまった一枚の紙を指し示すように胸を叩く
「ああ、そうだ。そいつは俺たちの金づるだ。オード失くすなよ」
「はっ!誰に言ってやがる。お漏らしバグ~?」
「それは言うなって!本気で怒るぞ」
「冗談だよ。冗談。怒るなよ。なっ」
本気怒りそうな雰囲気を感じ取ったオードが前を進みながらバグをなだめる
「次、言ったらお前と縁を切るからな」
「悪かったって、もう言わねえよ。お?どうやら目的地が見えてきたぞ」
草をかき分けていたオードが身を伏せバグもそれに続く
2人の視界の先にはがけの洞穴を中心に木を積み上げただけの小屋とも言えない建物が建っておりを何匹ものゴブリンがせっせと建物を完成させるために働いていた
「ゴブリンでも必死で働いているんだなぁ・・・」
「おい。バグ今更感傷に浸るなよ?」
「ああ、大丈夫だ。これでも俺たちはDランクだからな。オードこそ大丈夫か?」
「はっ!誰に言ってやがる。あそこのゴブリンの集落にこいつを投げ込めば目的達成だな」
「最後の締めだしっかりな」
2人は軽口をたたきながらゴブリンの集落に近づくとオードが懐から取り出した禍々しい紫のオーラを纏う水晶玉を取り出す
「うへぇ・・・。相変わらず気持ちわりぃぜ」
オードは手に取った水晶を顔を苦々しく歪める
「オード、眺めてないでさっさとなげろって」
「ああ。そうだな。ほらよっと!」
オードが投げた水晶は弧を描きゴブリンの村の中央付近で落ちるとキーンという音と共に割れる。その音にゴブリンたちが作業をやめ近寄っていく
「お?あいつら面白いな。あんな気持ちの悪い物を触ってるぞ」
「オードいいから早く帰るぞ」
バグがオードに声をかけた瞬間、水晶が落ちたところから紫色の煙が巻き上がり傍で触っていたゴブリンに巻き付いていく。ゴブリンはゴブゴブ言いながら次々に煙に巻かれていく
やがて騒ぎに気付いた一匹のゴブリンが洞穴の中に仲間を呼びに行くとわらわらとゴブリンが出てくる
中には一回り大きいゴブリンも居たが次々に煙は獲物がきたと言わんばかりに巻きついていく
やがて広場にいたゴブリンすべてが煙に巻かれすべての獲物を巻き取ると煙は広場を覆いつくした
「な、なんだ。何が起こってやがる・・・」
「オード!やばい。早く逃げるぞ!」
バグに服を引っ張られオードが正気に戻ると2人は広場に背を向け逃げ出した
やがて煙は動く2人に反応するように凄まじい速さで追ってくる
「お、おい!バグ、煙が追ってくるぞ!」
「はぁはぁ。オードま、まってくれ!」
小太りなバグが徐々に遅れやがて煙がバグの体に巻き付いていく
「う、うわあぁ!くるな!た、たすけてくれオード!」
バグは必死で煙を払おうとするが払った手が煙に巻きとられ身動きが取れなくなる
最後は声だけで必死でオードに助けるがオードは腰を抜かしその場に尻をつく
「オ、オード・・・」
「バグ・・・ひ、ひぃ」
煙はバグを巻き取ると次はオードとばかりに意思をもったようにローグに迫る
「や、やめ・・・あ、あぁぁぁ」
尻をつきながら後ずさりするバグを煙は容赦なく飲み込んでいった
シャンデリアによって明るく照らされた部屋の中、意匠を凝らしたドレスを身に纏った女性が窓際に立ち静かにアボルグの街を眺める。窓に映る美しい顔は憂いを帯び右目の下の泣き黒子が余計にもの悲し気な雰囲気を漂わせている
「母上・・・」
後ろから赤髪が特徴の大柄な少年が声をかける
「どうしましたか?ゴルド」
リリアが憂いの表情を消しにこやかに微笑みながら振り返るとゴルドはじっとリリアの瞳を見つめる
「・・・母上、あのような者と昼間お会いになって何を話していたのですか?」
ゴルドは昼間、リリアがフードをかぶった怪しい得体のしれない者と会っているところを偶然、見てしまった。リリアが優しくゴルドに歩みより顔を近づけると優しくその頬をなでる
「そう。見てしまったのね。話は聞こえましたか?」
「遠目で見ていただけですから話までは・・・」
リリアはそっとゴルドを抱きしめる
「ゴルド、貴方が知るにはまだ早いわ。見たことは忘れなさい。いいわね」
ゴルドの耳元で優しく囁く
「母上・・・。私はそんなにも役にたちませんか?」
きっと自分に力がないから頼りにされない。自分の不甲斐なさに悔しく唇を噛む
「いいえ。あなたは私の大切な宝物。だからそんなに悲しい顔をしないで」
リリアはゴルドの目をじっと見る。ゴルドの髪と同じで赤く燃える様な瞳が自分を映す
「ふふ。あなたは父上にそっくりですね」
「え?」
「さあ、ゴルド、もう遅いわ。ゆっくりとおやすみなさい」
それ以上語ることはないとばかりにリリアはゴルドを離れ窓際に立つ
その寂し気な背中をみてもゴルドはかける言葉が見つからずただ部屋を出ていくだけだった
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