第61話 蛇の蠢動
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饐えた匂いと安酒の匂いが混ざり合い一種独特の匂いとなって薄暗い部屋の中を漂いながらもそこは喧騒と熱気で溢れていた
木を張り合わせただけの4つ足のテーブルに木箱を椅子代わりに男たちが座りジョッキを片手に今日の愚痴を吐き出している
酔いつぶれると部屋の脇にどかされ壁に持たれる者やそのまま寝転がる者様々だ
そのうち部屋の真ん中では口論から殴り合いが始まり周りがそれを煽る。床下は血と吐瀉物で塗れお構いなしでそこに敗者を踏みつけては勝者は安酒を呷り周りは勝者を賞讃し敗者を罵倒する
下層区の一角にある粗末な小屋にしか見えない酒場の中で起きるいつもの一幕だ
その酒場に一人のマント付きフードをかぶった怪しい風貌の男が店に入ってくるが気づく者はいない
やがて男はカウンターにたどり着くとジョッキを拭いている髭を生やしお世辞にも清潔とは言えない
男に声をかける。店の中は喧騒に包まれ声が聞きにくくなっているがフードをかぶった男の声はよく通る
「この間、黒髪にやられた奴らはいるか?」
ジョッキを拭いていた男はいきなり目の前に現れ声をかけられたことでビクリとなり動きを止めるが誰だか分かると目を細めて再び無言でジョッキを拭き始める
フードをかぶった男はカウンターに金貨を一枚置く。ジョッキを拭いていた男はそれを横目でみると素早く手にとり部屋の奥の片隅のテーブルを顎でしゃくる
金貨をポケットに入れた男は再びジョッキを無言で拭き始める
その様子に興味をもたずフードをかぶった男は示されたテーブルへ向かおうとするが途中で一人の大きな男に肩を掴まれる。先ほどまで喧嘩をしていて敗者を床に這いつくばらせていた男だ
「おい、あいつに金を渡していたのをみたぞ。俺にもくれよ」
酒臭い息を吐きながら男はフードをかぶった男に声をかける。それを振り払い奥に向かおうとするフードをかぶった男に男は苛立つ
「おい!」
男が殴りかかろうとした時、フードをかぶった男が振り返りお互いに目があう
「あ・・・。いや、その、俺は酔っていたようだ。止めて済まなかった・・・」
男はそう言うと先ほどの威勢のよさはなくなり隅のテーブルに座りこんだ
男を囲んで酒場の連中が何事かと囲むが男は何も話さず震える手で酒を呷る
その様子を一顧だにせず再び奥のテーブルに向かうと座っている連中に声をかけた
オードは先日、冒険者ギルドで清十郎に殴られ気絶させられたことを恨みに思っていた
「くそ!あのやろう!俺に恥をかかせやがって・・・」
安酒を飲み干すと勢いよくジョッキを机にたたきつける
「おい、落ち着けよ。もう忘れようぜ。あんな奴にかかわるとろくなことにならんぜ」
そういうのは殴られたオードを連れて去った男だ
「バグだって漏らしたって聞いたぞ!くやしくねえのかよ!」
オードはなだめるバグと呼んだ男を睨む
「それは言うな・・・。俺もまさかあんな失態をするなんて思わなかったんだ
あれから俺は周りの連中に漏らし野郎って言われてるんだぜ・・・」
バグはジョッキを傾けるが中身が無いのに気づき舌打ちをする
「こんなことになるとはな!」
よほど悔しいのだろうオードは両手の拳をテーブルにたたきつける
所詮、木の板を張り合わせただけのテーブル。たたきつけられた衝撃でテーブルが割れ木片がオードの手に刺さる
「いてぇ!畜生!テーブルまで俺を馬鹿にしやがる!」
オードが痛みに呻いた時、オードとバグは自分たちに差し込む影に気づいた。振り向くとフードをかぶった男が立っている
「お前らか?この間、黒髪黒目の奴にやられたやつらは?」
その言葉でオードが切れる
「なんだてめえ!お前も俺をばか・・・に・する・・・」
思わず立ち上がりフードの男と目が合ったオードは威勢がなくなりペタリと椅子に座りこむ。傍でみていたバグは目線を外しガタガタと震えていた
「お前らのようだな。どうだ、あいつに一泡吹かせてやらないか?」
その言葉に怖さよりも興味が勝ったオードが顔をあげる
「で、できるのか?」
フードの男の顔が笑った気がした
「ああ。できるとも。いやお前たちにしかできないことだ」
フードの男は懐から袋を取り出し一つ置く。オードは袋を恐る恐る手に取ると中身を開けた
「こ、これは・・・」
オードとバグは袋の中身に釘付けになる二人の目の前には光り輝く金貨の山だ
袋の中身すべてが金貨なぞ二人は見たことがない
「それは手付金にやる。もしすべての事が終わったらさらに報酬をくれてやる。どうだ?」
「や、やる・・・」
「待ってくれ」
やると言いかけたオードにバグが最後の理性を働かせ止める
「なんだ?」
フードの男は抑揚のない声で尋ねる
「保証が、保証が欲しい。その仕事の後、金をくれるという保証が・・・」
バグは残る気力を振り絞りフードの男の目をしっかりと見る。フードの男の顔が笑った気がしたのは気のせいではないだろう
「これを」
フードの男は懐からテーブルの上に一枚の紙を投げる
「な、これは・・・」
二人の目が丸くなる
「そいつが保証だ。どうだやるか?それとも贅沢三昧の生活をあきらめるか?どうする?」
フードの男は先ほどまでの抑揚のない声ではなくやさしい声音でゆっくりと二人に語り掛ける
「お、おれはやる!」
「お、おれも!」
「よし。なら契約成立だ」
その時、隙間風が吹き蝋燭が揺れ意気込む二人の様子を見下ろす左目に赤い義眼を嵌めた男の冷めた表情を浮かび上がらせる
蝋燭の灯が揺れるたび義眼の中の蛇がせせら笑うようにうごめいていた
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