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処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!  作者: 秦江湖


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第9話 金色の瞳

■ 1:ルシアンの沈黙






「そのための『契約婚約』を、わたくしと結んでいただけますでしょうか」




私の言葉に、玉座の間は再び、重苦しい静寂に包み込まれた。




ルシアン・ヴァレリウス公爵は、私が差し出した手を見つめたまま、微動だにしない。彼の背後に控える黒騎士団の側近たちが、息を呑む音が痛いほどはっきりと聞こえた。




彼らにとって、私の提案はあまりにも突拍子もないものだっただろう。




帝都の温室で育った侯爵令嬢が、帝国最強の武力を持つ北の公爵に対して、皇太子を玉座から引きずり下ろすための同盟を持ちかけているのだ。しかも、婚約という形で。




「……エリアーナ嬢」




沈黙を破ったのは、ルシアンの地を這うような低い声だった。




「お前は、自分が何を言っているのか、本当にわかっているのか」




「わかっております」




私は、一切の躊躇なく即答した。




「俺と婚約するということは、皇太子アランを、いや、帝国そのものを完全に敵に回すということだ。リステン侯爵家も、お前自身も、二度と後戻りはできんぞ。最悪の場合、一族もろとも反逆罪で処刑台に送られることになる」




「後戻りなど、望んでおりません」




私は、彼の冷たい銀色の瞳——いや、その奥底で獲物を狙うように光る、微かな『金色』の光を見据えながら、きっぱりと答えた。




「わたくしが戻りたい場所は、もうどこにもないのですから」




脳裏に浮かぶのは、あの冷たい冬の日の処刑台の景色だ。




民衆の罵声。石の痛み。そして、私を冷酷に見下ろしていたアランとイザベラの顔。


あの絶望と屈辱に比べれば、帝国を敵に回すことなど、なんの恐怖でもない。






■ 2:ルシアンの驚愕と分析




ルシアンは、内心で深い驚愕を覚えていた。




目の前に立つ、まだ十八歳の少女。その青い瞳には、令嬢特有の怯えも、計算高い打算も、何一つ映っていなかった。




そこにあるのは、ただ純粋で底知れない『憎悪』と、全てを焼き尽くす覚悟を決めた『鋼のような決意』だけだ。




(この女、本気だ)




ルシアンは、彼女が提示した機密情報の束に再度視線を落とす。




(この情報が全て真実であるなら、アランの息の根を止めるのに、あと数年もかからん。俺が長年かけて準備してきた計画が、一気に数段階も飛躍する)




だが、ルシアンの疑念は別のところにあった。




(この女、一体何者だ? リステン家の情報網の『先』を知る? まるで、未来の結末を一度見てきたかのような、確信に満ちた口ぶりだ)




ルシアンの瞳が、エリアーナの魂の奥底まで見通そうとするかのように、鋭く光る。




(アランへの復讐……か)




彼女の瞳の奥に宿る暗い炎は、ルシアン自身が長年胸の内に飼い慣らしてきたものと、酷似していた。




ルシアンは、自らの過去を思い出していた。




アランの父である現皇帝によって、無実の罪を着せられ処刑された両親。北の過酷な大地に追放され、ただ生き延び、力を蓄えることだけを強いられてきた日々。




皇室への憎悪こそが、彼をここまで生かしてきた原動力だった。




(この女の目……俺と同じ目をしている)




復讐という名の毒に冒され、それ以外の全てを捨て去った人間の目だ。




(この女は、使える)




いや、単なる手駒ではない。




(この女は、俺と対等な『共犯者』になれるかもしれない)






■ 3:契約成立




ルシアンは、私の差し出した手をすぐには取らなかった。




代わりに、彼はゆっくりとソファから立ち上がり、私の目の前まで歩み寄ってきた。




長身の彼に間近で見下ろされると、先ほど以上の圧倒的な圧迫感がある。




だが、私は視線を逸らさなかった。ここで目を逸らせば、対等な取引相手としての価値を失う。




「その情報、命を懸けて確かなものだと言い切れるんだな」




「ええ、この命を懸けて」




私の揺るぎない返答に、ルシアンはわずかに口角を上げた。




「……よかろう」




ルシアンは、私から視線を外し、私の背後で蒼白になって立ち尽くしているステン侯爵に向き直った。




「リステン侯爵」




「は、はい! 公爵閣下」




「あんたの娘は、最高に狂っている。帝都のどの貴族よりも、な」




ルシアンの言葉に、父は絶望的な顔をした。交渉が決裂し、殺されると思ったのだろう。




だが、ルシアンの次の言葉は、父の予想を完全に裏切るものだった。




「だが、俺はその狂気、嫌いではない」


「……え?」




「リステン家が、その莫大な財力と情報網をもって、俺とヴァレリウス家につくというのなら……その覚悟を、俺も受け入れよう」




ルシアンは再び私に向き直り、その鋭い瞳で私を射抜いた。




「エリアーナ・リステン」




「はい」




「その復讐、俺が手伝ってやる。お前の提示した『偽りの婚約』、確かに受諾した」






■ 4:共犯者の握手




ルシアンは、黒革の手袋をゆっくりと外し、ごつごつとした分厚い素手を私に差し出した。




剣ダコと無数の傷跡が刻まれた、戦士の手だ。




一度目の人生では、決して交わることのなかった手。




私は、彼の手をしっかりと握り返した。




彼の体温は低かったが、その握力は驚くほど力強く、私に確かな「力」を与えてくれるものだった。




「感謝いたします、ルシアン公爵閣下」




私が微笑むと、ルシアンは鼻で笑った。




「勘違いするな。これはあくまで取引だ。お前への同情や哀れみで手を組むわけではない」




ルシアンの瞳が、剣のように鋭く光る。




「俺を裏切れば、その美しい首が飛ぶと思え。アランより先に、俺がお前を殺す」




「望むところです。わたくしが復讐を諦めるようなことがあれば、いつでもその手でわたくしを切り捨ててくださいませ」




私たちは、互いの覚悟を確かめ合うように、さらに強く手を握り合った。




父は、その光景を信じられないものを見るような顔で、ただ黙って見つめていた。側近たちも、新たな「女主」の誕生に、息を呑んで立ち尽くしている。




契約は、完全に成立した。




「さて、婚約者殿」




ルシアンが、初めて私をそう呼んだ。その声には、微かな愉悦が混じっていた。




「まずは、その分厚い書類の裏付けを取る。俺の書斎に来い。アランの首を絞めるための、具体的な戦略会議を始めよう」




「ええ、喜んで」




私は、ルシアンの隣に並び立ち、玉座の間を後にした。




悪魔王の姿はもうない。だが、私の心の中には、彼が残していった暗い炎が、ルシアンという強力な燃料を得て、さらに激しく燃え上がっていた。




復讐の第二幕が、ついに切って落とされたのだ。






■ 5:動き出す影




ルシアンとエリアーナが書斎へと消えた後、玉座の間にはリステン侯爵と黒騎士団の側近たちだけが残された。




「……侯爵殿」




黒騎士団の副団長であるガレスが、まだ呆然としている侯爵に声をかけた。




「は、はい!」




侯爵はビクッと肩を震わせた。




「お嬢様は……エリアーナ様は、昔からあのように肝の据わったお方だったのですか?」




ガレスの問いには、純粋な畏敬の念がこもっていた。




あの冷酷無比なルシアン公爵を前にして、一歩も引かずに堂々と取引を持ちかけ、あまつさえ「首を差し出す」とまで言い切ったのだ。歴戦の騎士である彼らから見ても、その精神力は異常だった。




「いや……エリアーナは、昔から賢く優秀な娘ではあったが、あそこまで……あのように冷たく、強い瞳をする娘ではなかった」




侯爵は、娘が消えた扉を見つめながら、絞り出すように答えた。




「まるで、別の人間になってしまったかのようだ。なにがあったのか、殿下を憎み……彼女の中で、何かが完全に壊れ、そして新しく生まれ変わってしまったのかもしれん」




ガレスは腕を組み、深く頷いた。




「女の恨みとは恐ろしいものですな。だが、我々北の者にとっては、頼もしい『女主』の誕生だ。アラン殿下の首を取るためなら、我々黒騎士団は喜んで彼女の剣となりましょう」









一方、帝都の皇宮では。




「リステン侯爵が、娘を連れて北へ向かっただと?」




皇太子アランは、報告を持ってきた部下を怒鳴りつけていた。




「はい。極秘裏に出立したようですが、馬車の向かった先は間違いなくヴァレリウス公爵領です」




「馬鹿な……! あの温室育ちの娘が、あの野蛮な北の死神の元へ行って何ができるというのだ!」




アランは苛立ちに任せて、手元のワイングラスを壁に投げつけた。




ガラスが砕け散り、赤い液体が血のように壁を汚す。




「殿下、落ち着いてくださいませ」




その横で、イザベラが甘ったるい声でアランの腕にすがりついた。




「エリアーナ様は、きっとおかしくになられたのですわ。北の公爵様が、あのような誇り高いだけの令嬢を相手にするはずがありません。どうせ、門前払いを食らって泣きながら帰ってくるに決まっています」




「……ふん、そうだな。あの氷の塊のような男が、女の泣き言など聞くはずがない」




アランはイザベラの言葉に気を良くし、彼女の肩を抱き寄せた。




「リステン家も終わりだな。北の公爵にすり寄ったという事実だけで、反逆罪として領地を没収する口実になる。これで、リステン家の莫大な財産も、全て俺のものだ」




「さすがですわ、殿下」




二人は、自分たちの勝利を微塵も疑っていなかった。




北の地で、自分たちを確実に破滅させるための最凶の同盟が結ばれたことなど、知る由もなかった。




破滅へのカウントダウンは、すでに始まっている。

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