表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!  作者: 秦江湖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/65

第46話 勝利の代償と虚無の影

■戦火の後の「沈黙」




大聖堂の火災は完全に鎮火し、皇宮から立ち上っていた黒い瘴気も、朝日に溶けるように消え去っていた。




「エリアーナ」




背後から声がした。


振り返ると、そこにはルシアンが立っていた。


彼の黒い軍服はところどころ破れ、剣の柄は血に塗れていたが、その瞳はかつてないほど穏やかだった。




「ルシアン……!」




私は、煤だらけのドレスのまま彼に駆け寄り、その胸に飛び込んだ。


ルシアンは血に塗れた剣を納め、私の背中に強く腕を回した。


彼の心臓の鼓動が、私の頬に伝わってくる。




「終わったよ、エリアーナ」




ルシアンは、私の耳元で静かに囁いた。




「アランは討ち取った。憎しみの連鎖は、これで断ち切った」


「ええ……ええ、ルシアン」




私は、彼の胸に顔を埋めたまま頷いた。


私たちは勝利したのだ。


1周目の絶望から始まり、悪魔王との契約を経て、ついに復讐を成し遂げた。




しかし——私の心に、歓喜はなかった。




私はルシアンの腕からそっと離れ、大聖堂の前の広場を見渡した。




鎮火したとはいえ、大聖堂の側面は焼け焦げ、広場の石畳には多くの瓦礫が散乱している。




その瓦礫の上には、火災や魔物との戦闘で傷ついた多くの負傷者が横たわり、神官たちが必死に救護活動を続けていた。




帝都の民衆も、広場の端に集まっていた。


だが、彼らは歓声を上げることはなかった。




アランという「怪物」の恐怖と、イザベラという「偽りの聖女」に騙されていたことへの絶望。




彼らの瞳に宿っているのは、勝利の喜びではなく、静かな沈黙と恐怖だった。




「エリアーナ! ルシアン公爵!」




そこに、父・リステン侯爵が駆けつけてきた。


父の鎧も傷だらけだったが、その顔には安堵の涙が浮かんでいた。




「よくやった、エリアーナ! ルシアン公爵! 帝国は救われたのだ!」




父は私の両手を強く握り締めた。




その手の震えが、父がどれほどの重圧と戦っていたかを物語っていた。




私は、父の手を握り返すことができなかった。




私の復讐が、この帝都にどれほどの血を流させ、どれほどの悲しみを生んだのか。




その重さが、今になって私の心にのしかかってきたのだ。










■憎悪の「残滓」




「エリアーナ嬢」




瓦礫の中から、神官たちに支えられて大神官が現れた。




彼は炎の中で煙を吸い込み重傷を負っていたが、その意識ははっきりとしていた。




「大神官様……ご無事でよかった」


「貴女のおかげです」




大神官は、痛む胸を押さえながら、静かに私を見つめた。




「貴女の復讐は、終わりました」


「……はい」


「しかし」




大神官の目が、鋭く細められた。




「貴女の魂の奥底には、まだ悪魔王の囁きが残っています。憎悪は、そう簡単には消えない」




大神官の言葉は、私の心の最も脆い部分を正確に突いていた。




私は、アランを討ち果たしたというのに。


イザベラも自滅し、私を陥れた者たちは全て報いを受けたというのに。




満足感どころか、胸の中にポッカリと穴が空いたような、冷たい虚無感に苛まれていたのだ。




(アランは死んだ。イザベラも倒れた。それなのに……)




(この空虚さこそが、悪魔王の残滓なの?)




私は、父や兵士たちが勧める勝利の祝杯を拒否し、瓦礫の山となった大聖堂の正面階段に、一人座り込んだ。




朝の冷たい風が、私の頬を撫でていく。




隣に、静かな足音が近づいてきた。


ルシアンが、私の隣に腰を下ろした。


彼の重い腕が、私の肩にそっと置かれる。




「……虚しいか」




ルシアンは、前を見たまま尋ねた。




「ええ……ルシアン」




私は、自分の膝を抱え込んだ。




「私は、憎しみのためだけに生きてきたのね。復讐が終わったら、私には何も残っていない……」










■ルシアンの「責任と愛」




「違う、エリアーナ」




ルシアンは、私の肩を抱き寄せ、もう片方の手で私の髪を優しく撫でた。




「お前は、憎しみだけで俺を助けたわけではない。憎しみに満ちた俺自身を愛し、共犯者になってくれた」




彼の言葉が、冷え切った心に少しずつ熱を灯していく。




「そしてお前は、帝都の民の命を救った。俺が皇宮で剣を振るえたのも、お前が大聖堂を守ってくれたからだ」




ルシアンは立ち上がり、私に向かって手を差し出した。




「憎しみが終わったなら、次は愛と責任のために生きる番だ」


「愛と、責任……」


「今の帝都には、皇帝がいない。秩序がない。貴族どもは、誰が権力を握るか怯えている」




ルシアンの瞳に、北の覇者としての力強い光が宿った。




「だからお前が、憎悪の鎖を断ち切ったのなら、次は俺と共に、憎悪を生み出さない帝国を創るんだ」




その言葉は、私の心に新たな使命を与えてくれた。


私はもう、復讐者ではない。


これからは、帝国の未来を担うルシアンの「伴侶」として、彼と共に生きるべきなのだ。




私は、ルシアンの差し出した手を、しっかりと握り返した。










■悪魔王の「決断」




その頃。


帝都の上空、厚い雲間に隠れた深淵の空間から、悪魔王は不機嫌そうに下界を見下ろしていた。




「……馬鹿なエリアーナめ。憎悪を愛で上書きするなど」




悪魔王の苛立ちは、頂点に達していた。




アランの消滅は、悪魔王にとって人間界からの「最大の憎悪の供給源」を失うことを意味した。




このままでは、エリアーナとの契約が「愛による昇華」という形で破棄されてしまう。




それは、悪魔王にとって最大の屈辱だった。




「許さぬ」




悪魔王は、暗闇の中で低く呟いた。


契約の代償として、彼女の魂と、彼女の愛する者の魂を、力尽くでも奪い取る。




「幸福を味わえば味わうほど、その後の地獄は耐え難い苦痛と憎悪に満ちるものだ」




悪魔王は肩を揺らし、静かに笑い始めた。


これまで以上の絶望を与え、最終的に、より深い憎悪に染め上げてやる。




「見ているがいい……。小賢しさがいかに愚かしいか。思い知るだろう」




悪魔王の高笑いが、誰にも聞こえない深淵の空間に響き渡った。


帝都の空に、再び見えない暗雲が立ち込めようとしていた。










■新体制の「発足」




ルシアンは、その日の午後には早くも動き始めた。




帝都の主要な貴族を大聖堂前の広場に集め、臨時政府の樹立を宣言した。


アランの独裁政治によって歪められた帝国の統治機構を、一から立て直すための第一歩だ。




「本日より、ヴァレリウス公爵家が帝国の摂政を担う。異論のある者は今ここで申し出よ」




ルシアンの言葉は短く、しかし圧倒的な威圧感を持っていた。


貴族たちは誰一人として反論しなかった。アランという「怪物」を討ち取った男に、今の帝国で逆らえる者はいない。




私は、ルシアンの隣に立っていた。


「摂政公妃」として、彼の政治の表舞台に立つことを、私自身が選んだのだ。




「エリアーナ・リステンを、摂政公妃として登用する。彼女は帝国の民政を担う」




ルシアンの宣言に、貴族たちがざわめいた。


「魔女」と呼ばれていた女が、帝国の政治の中枢に立つ。


それは、帝国の歴史上、前例のないことだった。




しかし、広場に集まっていた帝都の民衆は、静かに拍手を始めた。


最初は一人、次に二人、やがてそれは大きな波となって広場全体に広がっていった。




「エリアーナ様!」


「摂政公妃様!」




民衆の声が、帝都の空に響き渡った。


私は、その声を聞きながら、胸の奥に何かが満ちていくのを感じた。




(これが……私の居場所)




復讐のためではなく、民のために立つ。


それが、2周目の私が選んだ道だった。










■アンナの「涙」




式典が終わり、私が大聖堂の仮設医務室へ向かうと、アンナが待っていた。


彼女は私の姿を見た途端、声を上げて泣き始めた。




「エリアーナ様……! よかった……! 本当によかった……!」


「アンナ……」




私は、アンナの肩を抱いた。


彼女は子供のように泣きじゃくりながら、私にしがみついてきた。




「私、ずっと怖かったんです……。エリアーナ様が、いつか憎しみに飲まれてしまうんじゃないかって……」


「……ごめんなさい、心配させて」


「でも、よかった。エリアーナ様は、エリアーナ様のままでいてくれた」




アンナの言葉が、胸に刺さった。


私は、自分が憎悪に飲まれかけた瞬間を思い出した。


大聖堂の炎の中で、残党の男に剣を振り上げたあの瞬間。


あの時、私は確かに「怪物」になりかけていた。




(でも、私は踏みとどまった)




ルシアンの言葉が、私を引き戻してくれた。


アンナの信頼が、私を支えてくれた。




「ありがとう、アンナ」




私は、アンナの背中を優しく撫でた。




「あなたがいてくれたから、私は私でいられたわ」




アンナは、涙を拭いながら顔を上げ、ぐしゃぐしゃの笑顔を見せた。




「これからも、ずっとそばにいます!」


「ええ。よろしくね」




帝都の空は、夕暮れに染まり始めていた。


橙色の光が、瓦礫の広場を柔らかく照らしている。




勝利の代償は大きかった。


しかし、私たちは確かに前へ進んでいた。


新しい帝国の夜明けへ向かって。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ