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処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!  作者: 秦江湖


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第45話 大聖堂の炎(エリアーナ vs 憎悪)

■炎上の「聖域」




「熱い!」




大聖堂の地下は、イザベラの残党たちが放った火によって、すでに業火に包まれていた。


特に、冬を越すために油や穀物が保管されている東側の備蓄庫から火が回り、乾燥した穀物が次々と爆発的に燃え上がっている。




「水を運べ!」


「民を北の出口から外へ誘導しろ!」




私は、ルシアンを皇宮へと見送った後、父の私兵や正規軍の後方部隊と共に、必死で消火と避難誘導に当たっていた。


煙が充満し、視界が極端に悪い。息をするだけで肺が焼けるように痛む。




「エリアーナ様!」




煙の中から、アンナが泣きながら駆け寄ってきた。


彼女のドレスは煤で汚れ、顔は涙と汗でぐしゃぐしゃだった。




「アンナ! 無事だったのね。民衆の避難は!?」


「北の出口から粗方脱出させました! ですが……」




アンナは、炎が最も激しく燃え盛る地下の奥を指差した。




「大神官様が、地下の聖遺物を守ると言って、炎の中へ……!」


「!」




私は言葉を失った。


大聖堂の地下の最奥には、かつてイザベラの正体を暴いた「破魔の鏡」などの聖遺物が保管されている。大神官は、それを悪魔の力から守るために、一人で残ったのだ。




「駄目よ! あの人まで失うわけにはいかない!」




私は、近くにあった水桶を頭から被った。


冷たい水がドレスを濡らし、一瞬だけ熱気を和らげてくれる。




「エリアーナ様! 危険です!」


「アンナは残った民を誘導して!」




私はアンナの制止を振り切り、燃え盛る大聖堂の地下の奥へと飛び込んだ。










■イザベラの「残党」




炎と煙を掻き分けながら進むと、前方に人影が見えた。




「大神官様!」




私が叫ぼうとしたその瞬間、炎の中から現れたのは、大神官ではなかった。




「行かせん」




低く、ひび割れた声。


そこに立っていたのは、イザベラの残党のリーダー格だった。


彼の目は、悪魔王の力によって赤く充血し、正気ではない。手には、松明と血濡れた剣が握られていた。




「お前は、魔女だ!」




男は、私を指差して叫んだ。




「どきなさい! 私は民と大神官様を救わなければならないの!」


「その民を騙したのが、お前だろう! 聖女イザベラ様を殺し、アラン皇太子殿下を狂わせた元凶め!」




男は完全に狂信者だった。話が通じない。


彼は松明を投げ捨て、両手で剣を構え、私に向かって斬りかかってきた。




「聖女様の仇! 死ね、魔女!」


「くっ!」




私は、咄嗟に落ちていた衛兵の剣を拾い上げ、男の刃を受け止めた。


激しい金属音が地下に響き渡る。


男の腕力は、悪魔の力で強化されており、私の細腕では到底太刀打ちできない。




(ここで、こいつを殺らなければ!)




私は必死で彼の剣を受け流し、後退した。


背中が熱い壁に触れる。炎が迫っていた。




(ルシアンが、今一人で戦っているのに)


(私が、こんなところで負けるわけにはいかない!)










■憎悪の「フラッシュバック」




「死ね! 死ね!」




男がデタラメに剣を振り回してくる。


炎の熱と煙で、私の頭が眩んできた。




(熱い)


(苦しい)




その瞬間、私の脳裏に、あの光景がフラッシュバックした。




『この悪女め!』


『殺せ! 殺せ!』




1周目の、処刑台。


民衆の罵声。アランの冷酷な目。イザベラの歪んだ嘲笑。


首を落とされる瞬間の、あの絶望と憎悪。




『そうだ』




不意に、私の頭の中に、低く冷たい声が響いた。


悪魔王の声だ。




『殺せ』


『そいつ(残党)も、イザベラも、アランも、同じお前の敵だ』


『お前を苦しめた奴らだ。憎悪を解放しろ』




目の前にいる残党の男の顔が、イザベラの顔と重なった。




「あああああああ!」




私は、自分でも信じられないような叫び声を上げた。


憎悪に我を忘れ、持っていた剣を男に向かって力任せに振り回した。




「なっ!?」




男は、私の凄まじい形相と気迫に怯み、体勢を崩した。


私は彼を壁に追い詰め、剣を高く振り上げた。




(殺す!)


(こいつも、アランも、私を邪魔する奴は皆、殺す!)




私は、完全に悪魔王の憎悪に飲まれかけていた。


瞳が、アランと同じように赤く染まりかけているのを、自分では気づいていなかった。










■憎悪の「克服」




私が剣を男の喉元に突き立てようとした、その瞬間だった。




『エリアーナ! 憎悪に飲まれるな!』




ルシアンが、皇宮へ向かう直前に私に叫んだ、あの言葉が脳裏に蘇った。




(!)




私の剣が、男の喉元の寸前でピタリと止まった。




「は……は……」




私は、荒い息を吐きながら我に返った。


目の前で腰を抜かしている男は、イザベラではない。アランでもない。


ただ、イザベラの嘘に騙され、悪魔王の力に狂わされた、哀れな被害者だ。




『何をしている! 殺せ!』




悪魔王が、頭の中で苛立たしげに叫ぶ。




(うるさい)




私は、心の中で悪魔王に答えた。




(私はもう、あなた(憎悪)の駒ではない)


(私は、ルシアンを信じている。彼が、私の帰る場所だから)




カラン、と音を立てて、私は剣を床に捨てた。


そして、腰を抜かしている残党の男の胸ぐらを、強く掴み上げた。




「!」


「私は、あなたを憎まない」




私は、真っ直ぐに男の赤い目を見つめた。




「あなたも、あのイザベラに騙された被害者よ」


「え……」




男は、私の言葉に虚を突かれたように目を見開いた。




「死にたくなければ、手伝いなさい!」




私は彼を引きずり、強引に立ち上がらせた。




「大神官様が、まだ中にいるのよ!」




私が、憎悪ではなく「使命」に満ちた瞳で彼を睨みつけると、男の目からスッと赤い光が消えていった。


悪魔王の呪縛が、解けたのだ。




「わ……わかった」




男は、震える声で頷いた。


私は、自らの憎悪に打ち勝った。


元・敵だった男と共に、私は燃え盛る大聖堂の奥へと駆けていった。




帝都の夜が、明けようとしていた。










■大神官の「救出」




地下の最奥は、もはや炎の海だった。


壁も天井も燃え、足元の石畳が熱で歪んでいる。




「大神官様!」




私は声を張り上げながら、煙の中を進んだ。


元・残党の男が、私の後ろで必死についてくる。




「こっちだ!」




男が指差した先に、倒れている人影があった。


大神官だ。聖遺物を守ろうとして、煙を吸い込んで倒れたらしい。




「大神官様! しっかりしてください!」




私は大神官の体を揺さぶった。


彼はかすかに目を開け、私の顔を見て、安堵したように微笑んだ。




「エリアーナ……来てくれたか」


「話は後です! 立てますか!」


「聖遺物を……」


「置いていきます! 今は大神官様の命の方が大事です!」




私は大神官の腕を自分の肩に回し、立ち上がらせた。


男が反対側から大神官を支える。




「行きましょう!」




三人で、炎の中を出口へと向かって駆けた。


天井から燃えた木材が落ちてくる。


床が崩れかける。


それでも私たちは走り続けた。




出口の光が見えた時、私は思わず涙が出そうになった。




「もう少し!」




最後の力を振り絞って、私たちは大聖堂の外へと飛び出した。










■夜明けの「広場」




外の空気は、炎の熱気とは比べ物にならないほど冷たく、清々しかった。




「大神官様!」


「神官長!」




外で待っていた神官たちが、一斉に駆け寄ってきた。


大神官は神官たちに支えられ、その場に座り込んだ。




「よくやってくれた、エリアーナ」




大神官は、深く息を吸い込みながら、私に言った。




「いいえ。大神官様が無事で、よかった」




私は膝に手をつき、荒い息を整えた。


全身が煤と汗で汚れている。ドレスはところどころ焦げていた。




「この者は?」




大神官が、私の後ろに立っている元・残党の男を見た。




「助けてくれた人です」




私は、男を振り返った。


彼は、自分が何をしていたのかを思い出したように、青ざめた顔で私を見ていた。




「俺は……俺は、あなたを殺そうとした」


「ええ」


「なぜ……なぜ、助けた」




男の目に、涙が滲んでいた。




「あなたも、被害者だから」




私は、静かに答えた。




「悪魔王に力を与えられ、イザベラの嘘に騙された。あなたは悪くない。悪いのは、あなたを利用した者たちよ」




男は、その場に崩れ落ちて泣き始めた。


大きな、子供のような泣き声だった。




私は、その背中を見ながら、ゆっくりと空を見上げた。




東の地平線が、薄紅色に染まっていた。


帝都の夜明けだ。




(終わった)




私は、深く息を吐いた。




(悪魔王の憎悪に飲まれなかった)


(私は、私のままでいられた)




遠くから、馬蹄の音が聞こえてきた。


私は、その音の方角を見た。




帝都の大通りを、一騎の黒王馬が駆けてくる。


黒い軍服。銀の髪。




ルシアンだ。




「エリアーナ!」




彼は馬を降りるより先に、私の名を呼んだ。


私は、煤だらけの顔のまま、彼に向かって走り出した。





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