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処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!  作者: 秦江湖


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第43話 二正面作戦

■皇宮への「道」




「よし、これで市街地の魔物は粗方掃討したわね」




私は馬上で帝都の地図を確認しながら、小さく息を吐いた。




ルシアンが五万の軍を率いて皇宮へと突撃してから、すでに半日が経過していた。




その間、私は父・リステン侯爵の私兵と正規軍の後方部隊を指揮し、帝都の市街地に溢れ出した魔物の残党狩りと、民衆の避難誘導を完了させていた。




「怪我人は大聖堂の医務室へ! まだ歩ける者は地下の備蓄庫へ急ぎなさい!」




神官たちの誘導により、帝都の民衆は全て大聖堂の安全な地下へと避難を終えていた。


聖域の結界に守られた大聖堂にいる限り、彼らが魔物に襲われる心配はない。




「残るは、皇宮だけ」




私は地図を丸めて懐にしまい、馬首を皇宮の方角へと向けた。




黒い瘴気はだいぶ薄まっているものの、いまだに皇宮の尖塔を不気味に覆っている。


あの中で、ルシアンが精鋭たちと共に、アランという名の怪物と死闘を繰り広げているのだ。




(ルシアン……無事でいて)




私は手綱を握り直し、彼の後を追うべく馬の腹を蹴ろうとした。


その時だった。




「エリアーナ様!」




背後から、血相を変えたアンナが馬を走らせてきた。


彼女は民衆の避難誘導の責任者として、大聖堂の入り口に残っていたはずだ。




「アンナ? どうしたの! 民衆の避難は終わったはずでは!?」


「それが! 大変です!」




アンナは馬から転げ落ちるようにして私の前に飛び出し、涙ながらに叫んだ。




「大聖堂が……!」


「大聖堂が、どうしたの!?」




「イザベラの残党を名乗る者たちが、地下の備蓄庫に火を放ちました!」


「何ですって!?」










■究極の「選択」




頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。


私は一瞬、呼吸を忘れた。




(大聖堂に火を?)


(地下には、帝都の全ての民衆が避難しているのよ!)




聖域の結界は、外からの「悪魔の瘴気」を防ぐことはできる。だが、内部から放たれた「物理的な炎」を防ぐことはできない。




しかも、地下備蓄庫には冬を越すための大量の食料や油が保管されている。一度火が回れば、大惨事になるのは火を見るよりも明らかだった。




(悪魔王……あの男の仕業ね!)




私はギリッと奥歯を噛み締めた。




皇宮で暴れ回るアランは、ただの陽動だったのだ。




私とルシアンの目を皇宮と市街地に引きつけ、手薄になった私たちの「拠点」であり「民衆の命綱」である大聖堂を、内側から破壊する。




それが、悪魔王の本当の狙いだった。




「エリアーナ様!」




アンナが私のブーツに縋りつくようにして泣き叫んだ。




「大神官様が、残った神官たちを率いて民を守ろうとしています! ですが、火の手が早くて……それに、残党たちは何かに取り憑かれたように力が強くて、神官たちでは止められません!」




私は、二つの方向を交互に見た。




一つは、皇宮。


今、ルシアンが精鋭たちと共にアランという強大な怪物と戦っている場所。


彼は私に「帝都の民を守れ」と言ってくれた。私が彼を信じて背中を預けた場所だ。




もう一つは、大聖堂。


私を信じてついてきてくれたアンナ、私を導いてくれた大神官、そして、私が守るべき帝都の民衆が、今まさに炎に飲まれようとしている場所。




(どっちを選ぶの、エリアーナ)




私の頭の中で、冷酷な声が響く。




(愛を取るか)


(正義を取るか)




どちらを選んでも、もう一方は失われるかもしれない。


皇宮へ向かえば、大聖堂の民衆は焼け死ぬだろう。


大聖堂へ戻れば、ルシアンは孤立無援で怪物と戦い続けることになる。




私は、唇から血が滲むほど強く噛み切った。




(ルシアンは、負けない)




私は心の中で、愛する人を信じた。




(あの人は、アランなんかに絶対に負けない。必ず生き残ってくれる)


(でも、民衆は炎には勝てない!)










■決断




「父上!」




私は、近くで部隊を指揮していた父・リステン侯爵に向かって叫んだ。




「兵を二つに分けます!」




「エリアーナ!? 一体何があった!」




「私は、大聖堂へ向かいます! お父様は半分の兵を率いて皇宮へ向かい、ルシアンを援護してください!」




父は一瞬、驚いた顔をした。だが、私の目を見て、すぐに頷いた。




「わかった。お前を信じる」


「ありがとうございます」




(ルシアン……ごめんなさい)




私は心の中で、愛する人に深く詫びた。


そして、馬首を大聖堂へと向けた。




「行くわよ、アンナ!」


「はい!」




私は馬を走らせた。


ルシアンへの信頼と、民衆への責任を胸に抱きながら。




大聖堂が見えてきた時、私は思わず息を呑んだ。




建物の側面から黒い煙が勢いよく噴き出し、大聖堂の周囲には異形の者たちが松明を手に取り囲んでいる。


皮膚が黒く変色し、目が赤く爛々と輝く——悪魔の力を与えられた狂信者たちだ。




(あれが、イザベラの残党……)




私は馬上で剣の柄を握り締めた。


まだ終わっていない。本当の戦いは、ここからだ。










■帝都の「英雄」




大聖堂へ向かう道中、私は帝都の様子を目に焼き付けていた。




市街地の各所では、まだ炎が燻っている。


だが、魔物の姿はほとんど見えない。


私が指揮した掃討作戦が、確実に成果を上げているのだ。




「エリアーナ様!」




道の脇から、帝都の民衆が声をかけてきた。


避難誘導の途中で逃げ遅れたのか、老人と子供が数人、路地の陰に隠れていた。




「皆さん、大聖堂へ向かいなさい! 神官たちが地下へ案内してくれます!」


「あなたは……あなたが、魔女のエリアーナ様ですか?」




老人が、恐る恐る私を見上げた。




「はい」




私は馬上から、静かに答えた。




「魔女と呼ばれていた、エリアーナ・リステンです」




「……あなたが、帝都を守ってくださっているのですか」




「私だけではありません。ルシアン閣下も、父も、大神官様も、皆で守っています」




老人は、深く頭を下げた。




「ありがとうございます……ありがとうございます」




その隣で、子供が泣いていた。


私は馬を降り、子供の前に膝をついた。




「大丈夫よ。もうすぐ終わるから」




子供は、涙でぐしゃぐしゃの顔で私を見た。




「こわい……」


「わかるわ。怖いわよね」




私は、子供の頭をそっと撫でた。




「でも、あなたは一人じゃない。私が、必ず守るから」




子供は、こくりと頷いた。




「エリアーナ様! 急ぎましょう!」




アンナが声をかけてくる。


私は立ち上がり、老人に向かって言った。




「大聖堂へ急いでください。神官たちが案内します」


「はい……はい!」




私は再び馬に跨り、大聖堂へと向かって馬を走らせた。




(1周目の私は、この帝都を憎んでいた)




馬を走らせながら、私は思った。




(この民衆を、この帝都を、全て灰にしてやりたいと思っていた)


(でも今は——)




私は、遠くに見える大聖堂の黒煙を見つめた。




(今は、守りたい)


(この人たちの笑顔を、守りたい)




それが、私の「復讐」の終わりだった。


憎悪ではなく、愛のために戦う。


それが、2周目の私が選んだ道だ。




大聖堂が、目の前に迫っていた。


狂信者たちの叫び声が、風に乗って聞こえてくる。




私は、深く息を吸い込んだ。




(行くわよ、エリアーナ)


(あなたの戦いは、まだ終わっていない)










■父の「背中」




大聖堂の手前で、父・リステン侯爵が私を呼び止めた。




「エリアーナ」




振り返ると、父は馬上から私を見下ろしていた。


その目は、いつもの厳格な侯爵の目ではなく、娘を案じる父親の目だった。




「無事で戻れ」




たった一言だった。


だが、その言葉に、父の全ての思いが込められていた。




「はい、お父様」




私は、短く答えた。


涙が出そうになるのを、必死で堪えた。




「行ってまいります」




父は頷き、馬首を皇宮へと向けた。


半分の兵を率いて、ルシアンの援護へと向かっていく。




私は、その背中を見送った。




(お父様も、戦っている)


(皆が、それぞれの場所で戦っている)




私一人が、くじけるわけにはいかない。




「エリアーナ様、参りましょう」




アンナが、静かに言った。


彼女の目には、恐怖ではなく、覚悟の光があった。




「ええ」




私は頷き、大聖堂へと馬を進めた。


黒煙が空を覆い、狂信者たちの叫び声が近づいてくる。




それでも私は、前を向いて進んだ。





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