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処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!  作者: 秦江湖


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第41話 帝都の混乱

■パニック




皇宮から溢れ出した黒い瘴気と、それに触れて変貌した「魔物」の群れは、瞬く間に帝都の市街地を蹂躙し始めた。




「いやあ!」


「助けて! 誰か!」




平穏だった帝都の街並みは、一瞬にして地獄絵図へと変わった。


家屋は破壊され、炎が上がり、逃げ惑う民衆の悲鳴が空気を引き裂く。


彼らはパニックに陥り、唯一の安全な場所である大聖堂の「聖域」へと殺到した。




「門を開けろ!」


「中へ入れてくれ!」




だが、大聖堂の前の広場には、アランが置き去りにした五万の「正規軍」がまだ立ち往生していた。




兵士たちも突然の魔物の出現に混乱を極めていた。指揮官である皇太子を失い、さらにその皇太子自身が怪物の元凶であるという事実に、軍隊は完全に統制を失い、もはや烏合の衆と化していた。




広場は、逃げ込もうとする民衆と、混乱して右往左往する兵士たちが入り乱れ、大混乱に陥っていた。




「ルシアン! 大神官様!」




私は大聖堂のバルコニーから、その惨状を見下ろして叫んだ。




(どうする……!)


(このままでは、民衆が魔物に殺される前に、広場でのパニックと味方の混乱で圧死してしまう!)




迫り来る魔物の群れと、押し寄せる民衆の波。


時間は一刻を争う事態だった。










■ルシアンの「掌握」




その時だった。




「開門!」




ルシアンが、バルコニーから広場へ向けて力強く叫んだ。




彼はつい先ほどまで死の淵を彷徨っていたとは思えないほど、しっかりとした足取りだった。すでに彼の象徴である黒い軍服を身にまとい、腰には愛剣を佩いている。




「ルシアン! あなた、体は!?」


「寝ている場合か!」




ルシアンは大聖堂の門を全開にさせると、彼が北から連れてきた十数名の精鋭の「影」たちと共に、混乱の渦中にある広場へと躍り出た。




「兵士たちよ! 聞け!」




ルシアンの覇気に満ちた声が、パニックに陥っていた広場に響き渡った。


その声には、不思議なほど人の心を惹きつけ、従わせる力があった。




「……!」




指揮官を失い、右往左往していた正規軍の兵士たちが、一斉にルシアンの姿を見た。


つい数日前まで、彼らはアランの命令でこのルシアンを「反逆者」として包囲していたのだ。




「貴様らの主君は、悪魔に魂を売り、怪物となった!」




ルシアンは剣を抜き放ち、広場に迫り来ていた一体の魔物を、目にも留まらぬ速さで一刀両断にしてみせた。




黒い瘴気が霧散し、魔物が崩れ落ちる。




「おお……!」




兵士たちが、その圧倒的な武勇にどよめいた。




「だが、貴様らは帝国の兵士だろう!」


「……」




「神は見ているぞ! 悪魔にこの帝都を明け渡すのか!」


「……!」




「帝都を守りたい者は、俺に続け!」




ルシアンはそう叫ぶと、たった一人で、黒煙を上げる皇宮——魔物の群れの中心——へと向かって突撃を開始した。




その背中は、死を恐れぬ本物の「将軍」のそれだった。




「うおおおお!」


「ルシアン公爵、万歳!」


「俺も続くぞ!」




指揮官を失い、絶望していた正規軍の兵士たちが、ルシアンの圧倒的な「カリスマ」に引きつけられ、次々と彼に続いていく。




ルシアンは、ほんの数分の演説と行動だけで、敵だったはずの五万の軍隊を完全に掌握してしまったのだ。










■エリアーナの「指揮」




(ルシアン……)




私はバルコニーから、彼の見事な手腕に見惚れていた。


彼が皇宮へ向かい、アランの憎悪を断ち切る。それが帝都を救う唯一の道だ。




(でも、わたくしも、わたくしの戦いをしなければ)




軍隊の主力はルシアンと共に皇宮へと向かった。


だが、広場にはまだ大勢の避難民が残っており、市街地にも逃げ遅れた人々が多数いるはずだ。




「大神官様!」




私は大神官に向き直り、力強く指示を仰いだ。




「聖堂の地下の備蓄庫を解放してください! 全ての避難民をそこへ!」


「うむ! 神官たちよ、民衆を地下へ誘導せよ!」




大神官の号令で、大聖堂が巨大な避難所として機能し始めた。




「エリアーナ様!」




そこへ、南の領地から帝都に駆けつけていたアンナと、父・リステン侯爵が合流した。


父は、リステン家の私兵を率いて大聖堂の門をくぐってきたところだった。




「お父様! アンナ! 無事だったのね!」


「エリアーナ! 詳しい説明は後だ!」




父は息を切らしながらも、力強く頷いた。




「お父様、わたくしに兵を貸してください!」


「何?」




私は父が乗っていた馬の手綱を奪い、アンナから弓と矢筒を受け取った。




「わたくしは、この帝都の地理を全て把握しています。どこに人が逃げ込みやすく、どこが危険か、全て頭に入っているのです」




「……!」




「ルシアンが皇宮でアランを討つまで、わたくしがこの帝都の防衛と避難誘導を指揮します!」




私は馬に跨り、父の私兵と、広場に残っていた正規軍の後方支援部隊に向けて叫んだ。




「東の商業区は袋小路よ! 魔物をそこへ誘導し、火矢で一網打尽にします!」




「西の貴族街は、地下水路を使って民を聖堂まで運びなさい!」




「南の大通りはバリケードを築き、魔物の侵入を防ぐ盾となりなさい!」




私は、1周目で得た帝都の「知識」を総動員し、的確な指示を次々と飛ばし始めた。










■帝都の「英雄」




兵士たちは最初、私——かつて「魔女」と呼ばれ、アランから反逆者として追われていた女——の指示に戸惑っていた。




だが、私の指示があまりにも正確で、被害を最小限に抑えながら魔物を退けていくのを目の当たりにし、次第にその指揮下に完全に入っていった。




「す、すごい……」




「あのエリアーナ様が、まるで歴戦の将軍のようだ」




「魔女ではなかった……あの方こそ、我らの聖女だ」






ルシアンという最強の「剣」が、皇宮で魔物の本体であるアランと戦っている間。


私という「盾」は、帝都の市街地で民衆を守り、魔物の残党を掃討していた。




かつて、アランとイザベラへの復讐のためだけに生き、「魔女」と恐れられた私は。


今、帝都の民衆を守る「英雄」として、戦場を駆けていた。




憎悪のためではない。


私が愛したこの世界と、守るべき民の未来のために。










■父との「再会」




市街地の防衛指揮が一段落した頃、父・リステン侯爵が馬を並べて私の隣に来た。




「……エリアーナ」




父は、戦場を駆け回る私の横顔をじっと見つめていた。




「お父様、今は手が離せません。何か——」


「いや、いい」




父は静かに首を振った。




「ただ……お前が、こんなにも立派になっていたとは」




その声には、驚きと、深い誇りの色があった。


私は思わず手綱を緩めた。




「お父様……」


「アランから『反逆者』の娘だと言われた時、私は何もできなかった。お前を守れなかった」




父の声が、わずかに震えた。




「だが、今のお前を見ていると……私が守るまでもなかったのだな」




私は、胸の奥が温かくなるのを感じた。




1周目の人生でも、父はいつも私のことを心配していた。




今回の人生でも、父は私のために動いてくれていた。




「お父様が育ててくださったから、わたくしは今ここに立てているのです」




私は短くそう答え、また前を向いた。


感傷に浸っている時間はない。


まだ、帝都には逃げ遅れた民が残っている。




「お父様、南の下町に老人と子供たちが取り残されているはずです。私兵を率いて救出に向かってください」




「……承知した」




父は力強く頷き、私兵を率いて南へと向かっていった。










■「剣」と「盾」




帝都の各所で、私の指示通りに防衛線が構築されていく。




東の商業区では、袋小路に誘い込まれた魔物の群れが火矢の雨に飲み込まれた。


西の貴族街では、地下水路を通じて数百人の民衆が大聖堂へと無事に避難した。


南の大通りでは、バリケードが築かれ、魔物の侵攻が食い止められていた。




しかし、皇宮の方角からは、いまだ黒い瘴気が絶え間なく溢れ出している。


ルシアンが、あの怪物と戦っているはずだ。




(ルシアン……必ず生きて戻ってきなさい)




私は心の中で強く念じながら、次の指示を飛ばし続けた。




「アンナ! 北の市場に取り残された人々の状況は!?」




「今、神官たちが誘導中です! あと半刻もあれば全員聖堂に入れます!」




「よし! 引き続き頼みます!」




アンナが颯爽と駆けていく。




彼女もまた、この戦いの中で頼もしい「盾」として機能していた。




(わたくしたちは、みんな戦っている)




ルシアンという「剣」が皇宮でアランを討ち、私という「盾」が帝都の民を守る。


大神官が聖堂を守り、父が下町の弱者を救い、アンナが人々を誘導する。




誰一人欠けても、この帝都は守れない。




これが、復讐ではなく「未来のために戦う」ということなのだと、私は今この瞬間に理解した。




やがて、皇宮の方角から轟音が響いた。




黒い瘴気が一瞬だけ大きく膨れ上がり——そして、静かに薄れ始めた。




(ルシアン……!)




私は馬上で息を詰め、皇宮の尖塔を見つめた。


黒煙の向こうで、何かが決着しようとしていた。





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