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処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!  作者: 秦江湖


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第4話 父への説得

■ 1:父の激怒




バートン伯爵とイザベラが応接室から逃げ去った後、重く冷たい沈黙が部屋を支配した。




その沈黙を破ったのは、父・リステン侯爵の地鳴りのような怒声だった。




「お前は、皇家に弓を引く気か!!」




父の怒鳴り声が、豪奢なシャンデリアを微かに震わせる。




温厚で常に冷静沈着な父が、ここまで激昂するのは私が物心ついてから初めてのことだった。




「我らリステン家を破滅させる気か! あのバートン伯爵の執念深く陰湿な性格を知らぬわけではあるまい! 皇太子殿下の耳に、どれだけ悪意を持って誇張して報告されるか、想像もつかんのか!」




父は応接室の絨毯の上を行ったり来たりしながら、頭を抱えている。




無理もない。昨日まで「アラン様のお役に立ちたい」と無邪気に笑っていた世間知らずの娘が、突然、皇太子の使者を冷酷に追い返し、あまつさえ「他に心に決めている方がいる」などと不敬極まりない嘘をついたのだ。狂ったようにしか見えないだろう。




「お父様、どうかお座りください」




「座ってなどいられるか! 今すぐ殿下へ謝罪の使者を送らねば……いや、私自ら皇宮へ出向き、お前の非礼を詫びて……」




「お座りください」




私は、先ほどとは違う、静かだが有無を言わせぬ絶対的な冷たさを帯びた声で繰り返した。




父は私の気迫に圧され、驚いた顔で動きを止め、ゆっくりとソファに腰を下ろした。




私は父の前に静かに進み出て、床に膝をつき、深く頭を垂れた。




「お父様。私は、リステン家を『救う』ために行動しております」




「救うだと? 皇太子殿下を侮辱し、皇室を敵に回しておいてか!」




父が再び声を荒げた。私は静かに顔を上げる。




『……くくっ。さあ、どうやってこの頑固な親父を丸め込む? 見ものだな』




影に潜む悪魔王の愉悦の声が聞こえる。私はその声を無視し、父の目を真っ直ぐに見据えた。






■ 2:エリアーナの反論と「未来の知識」




「皇太子殿下は、『皇帝』にはなれません」




父の息を呑む音が聞こえた。それは、壁に耳があれば即座に不敬罪、最悪の場合は反逆罪に問われかねない、あまりにも危険な発言だった。




「……何を、馬鹿なことを。アラン殿下は唯一の皇位継承者だぞ」




「お父様は、殿下が来月発表される予定の『新税制』の計画をご存知ですか?」




「……ああ。塩の専売制と、北方交易路の関税引き上げのことだろう。それがどうしたというのだ」




「その計画は、必ず大失敗に終わります」




私は、一度目の人生の知識を総動員する。


処刑されるまでの三年間、私はアランのそばで皇妃として働き、彼の内政の杜撰さと、その尻拭いをさせられる現場の悲惨さを、誰よりも間近で見てきたのだ。




アランが皇帝になれたのは、その尻拭いがあったからだ。




「なぜ、お前がそこまで断言できる。まだ正式発表すらされていない計画だぞ」




「新税制は、表向きは『帝国の財政再建』を謳っていますが、真の狙いは違います。アラン殿下が目障りに思っている、北方のヴァレリウス公爵領を経済的に締め付けるための嫌がらせです」




「……それは、私も薄々気づいている。だが、殿下にはそれだけの権力がある」




「ですが、計画があまりにも杜撰すぎます。ヴァレリウス公爵は、関税引き上げの報復として、帝国への『魔石』と『鉄鉱石』の輸出を完全に停止します」




「なっ……! それは……」




「結果、どうなるか。帝都の武具と、魔石を動力源とするインフラの価格は、わずか一ヶ月で三倍に高騰します。冬を前に暖房用の魔石が買えなくなった平民たちの不満が爆発し、帝都の各地で暴動が起きるのです」




私は、一度目の人生で実際に起こった地獄のような光景を、まるで見てきたかのように淡々と述べた。






■ 3:リステン家の破滅の未来




父の顔が、怒りから深い疑念、そして戦慄へと変わっていく。




長年、帝国の経済を裏から支えてきた父だからこそ、私の言葉が単なる妄想ではなく、極めて現実的な「最悪のシミュレーション」であると理解できたのだ。




「……仮に、お前の言う通りになったとしよう。だが、それがなぜ我らリステン家の破滅に繋がるのだ」




「アラン殿下は、ご自分の失策を絶対に認めません。あの方は、そういう方です。彼は、民の不満を逸らすため、必ずこう宣言します。『新税制の失敗は、計画に非協力的だった中立派貴族たちが、裏で物価を操作しているせいだ』と」




「まさか……! 我々がそんな真似をするはずがない!」




「そして、高騰した物価を抑え、民衆を救済するという名目で、我がリステン家に『莫大な献金』を要求してきます。事実上の、財産没収です」




一度目の人生の記憶が、鮮明に蘇る。




あの時、父はアランへの忠誠心と、暴動に苦しむ民を救いたいという善意から、その理不尽な要求を飲んだ。リステン家の財産の半分以上を国庫に差し出したのだ。




だが、それは決定的な間違いだった。




「お父様。アラン殿下は、私たちの財力で自分の失敗の穴埋めをさせ、用が済めば『反逆の芽を摘む』という名目で、私たちを切り捨てます。それが、あの方のやり方です」




「……」




父は、私の目が微塵も嘘をついていないこと、そして私が語る未来があまりにも具体的で、アランの性格を正確に捉えていることに、完全に言葉を失っていた。




『……素晴らしい。愛に狂っていた愚かな令嬢が、ここまで冷徹に盤面を読み切るとはな。お前の憎悪は、知性すらも研ぎ澄ませたというわけか』




悪魔王の囁きが、私を称賛する。






■ 4:北の冷酷公爵という代替案




私は、沈黙する父に向かって、最後の一押しをする。




「お父様。アラン殿下に未来はありません。あの方の玉座は、砂上の楼閣です。私たちリステン家が、彼と手を組むメリットは一つもございません。むしろ、共に泥舟に乗って沈むだけです」




「……では、どうしろと言うのだ。皇太子殿下の求婚を無下に断り、皇室を敵に回して、我らに生き残る道があるとでも言うのか」




父の声には、深い疲労と諦めが混じっていた。




「ございます」




私は顔を上げ、父の目を真っ直ぐに見据えた。




「私たちが手を組むべきは、あの方ではありません。アラン殿下を拒絶した今、私たちが生き残るためには、皇室の権力すらも及ばない『絶対的な盾』が必要です」




「……では、誰だと」




「アラン殿下と唯一敵対し、武力においても経済力においても彼を凌ぐ力を持つ方。アラン殿下が、心の底から最も恐れている方です」




「……まさか」




父の目が、これ以上ないほどに驚愕に見開かれる。




「『北の冷酷公爵』、ルシアン・ヴァレリウス様です」




その名を口にした瞬間、応接室の空気が一段と冷え込んだような気がした。




ルシアン・ヴァレリウス。




北方の過酷な国境地帯を治め、無敗の黒騎士団を率いる若き当主。冷酷無比で、敵対する者は容赦なく切り捨てることから『氷の死神』とも恐れられている男。




そして、アランが次期皇帝となる上で、最大の障壁となっている人物だ。






「お父様。わたくしを、北の公爵様との『お見合い』の席に、行かせてください」




「狂っている……!」




父は、あまりにも突飛で危険な娘の提案に、再び言葉を失い、深くソファに沈み込んだ。




「北の公爵は、女を近づけないことで有名だ。これまで幾人もの令嬢が彼にすり寄ったが、誰一人として相手にされなかった。お前が彼に取り入れるとでも思っているのか?」




「取り入るのではありません。『取引』をするのです」




私は、一度目の人生で培った皇室の裏事情と、悪魔王から得た絶対的な覚悟を胸に、冷たく微笑んだ。




「彼には、喉から手が出るほど欲しい『ある情報』があります。私はそれを持っています。そして、我がリステン家の財力は、彼の北方経営にとって最高の魅力となるはずです」




父は、別人のようになってしまった私を、ただ黙って見つめることしかできなかった。




(見ていなさい、アラン。イザベラ)




私は心の中で、あの憎き二人に語りかける。




(おまえたちが最も恐れる男と手を結び、おまえたちの全てを奪い取ってやるわ)




私の影が、悪魔の笑い声に合わせて、ゆらりと不気味に揺れた。



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