表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!  作者: 秦江湖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/65

第22話 第二の知識(洪水)

■ アランの怠慢






イザベラの懐妊の報から、一ヶ月。




帝都は、アランが主催する「次期世継ぎ誕生」の祝宴で、連日連夜、狂ったように浮かれていた。




「……やはり、動かないわね」




私は、黒鷲城の冷え込んだ執務室で、帝都の密偵からの報告書を読みながら、小さく息を吐いた。




「南部の治水事業、予算が完全に凍結されたまま、と」




「アランの奴、予算の一部をイザベラの離宮建設に回したらしいな。あいつの頭の中は、あの女の腹のことしかないのか」




ルシアンが、呆れたように報告書を受け取る。彼の金色の瞳には、アランへの深い軽蔑が宿っていた。




1周目と、まったく同じ。いや、イザベラを「聖女」として祭り上げている分、1周目よりも事態は酷いかもしれない。




聖女イザベラの祈りがあれば、洪水など起きぬ、とでも思っているのかしら」




「奴なら、本気でそう思っているかもしれんぞ。頭の中がお花畑だからな」




ルシアンの皮肉に、私は思わず吹き出しそうになった。




ルシアンと私は、この一ヶ月、帝都の狂騒をよそに、密かに準備を進めてきた。




「お父様(リステン侯爵)の動きは?」




「準備万端ですわ」




アンナが、父(リステン侯爵)からの密書を恭しく差し出す。




父は、アランの経済制裁を逃れた資産を使い、私の指示通り、南部との境界線ギリギリの場所に、大量の物資を買い集め、集積させていた。




「……治水工事用の大量の杭と土嚢。そして、倉庫を埋め尽くすほどの保存食料(小麦)ね」




「ああ。全て、リステン家の『秘密の倉庫』に、な」




ルシアンが、机に広げた地図の「南部」を指差す。




「問題は、どうやって『南部の領民』に、これを届けるかだ」






南部の領主たちは、アラン(皇太子)の支配を恐れ、ルシアンからの支援を公には受け取れない。もし我々が堂々と物資を運び込めば、アランはそれを「北の侵略」あるいは「南部の反乱」とみなし、軍を送ってくるだろう。






■ エリアーナの密使






「わたくしに、考えがあります」




私は、アンナに目配せをした。アンナが深く頷き、部屋の外で待たせていた一人の男を執務室に連れてくる。




男は、日焼けした肌に質素な服を着ており、一見すると、ただのしがない行商人にしか見えない。


しかし、その目が違う。


しがない行商人には似つかわしくない、刃のような鋭さを秘めていた。




「……こちらは?」




ルシアンが、怪訝な顔で男を睨む。




「トマス。リステン家が、長年懇意にしている、南部最大の『商人ギルド』の長ですわ」




トマスは、北の冷酷公爵を前にしてガチガチに緊張していたが、私に促され、深々と頭を下げた。




「公爵閣下。……エリアーナ様、いや、リステン家には、先代(父)の頃より、多大な恩義がございます」




「トマス。アラン殿下が、治水予算を止めていることは、当然ご存知ね?」




「はい。南部の領民たちは、今年の春も、全てを失うのではないかと怯えきっております」




私は、トマスを真っ直ぐに見つめた。




「わたくしたちが、資材と食料を用意しました。……ですが、ヴァレリウス公爵(北)からの『支援』として送れば、アラン殿下は『南部の反乱』とみなし、討伐軍を送るでしょう」




「……おっしゃる通りかと」




「そこで、あなたにお願いしたい。これは『リステン家』からの『取引』です」




「……取引、と申されますと?」




「わたくしたちは、資材と食料を、ギルドに『破格の安値』で卸します。あなたは、それを『商人ギルドの独自の救援物資』として、南部の領民に配るのです」




トマスの目が、驚きで大きく見開かれた。




「……そんな。それでは、エリアーナ様(リステン家)は、大損ではございませんか……」




「いいえ。わたくしたちは、南部の民の『信頼』という、どんな金貨を積んでも買えないものを手に入れます」




私は、トマスに微笑みかけた。




「……そして、トマス。あなたには、もう一つ、配ってほしいものがあるわ」






■ 南部の「救世主」




「……これは? パンフレット、ですかな?」




トマスは、アンナが渡した、大量の紙の束を不思議そうに眺めた。


それには、簡単な挿絵と共に、こう書かれていた。




『洪水を防ぐ、簡単な土嚢の積み方』


『疫病を防ぐ、水の煮沸の方法』


皇太子殿下アランが止めた治水予算。北のヴァレリウス公爵が、リステン家と共に、その予算を肩代わりし、この食料と資材を届けます』




「……!」




トマスは、この紙の持つ意味を理解し、手元を震わせ始めた。




「エリアーナ様。これは……あまりにも、危険です。もし皇太子殿下に知られれば……」




「ええ。だから、あなたにしか頼めないのです」




「……」




「資材と食料は『商人ギルド』から。この『知識』は、出所不明の『噂』として、南部の民に広めてほしいのです。あなたは何も知らない、ただの親切な商人として振る舞えばいい」




「……承知、いたしました」




トマスは、震えを止め、覚悟を決めた顔で、パンフレットを懐に深くしまった。




「リステン家への恩義、今こそ、命を懸けてお返しいたします」




「頼みましたよ。トマス」




私は彼の手を、両手で握り頭を下げた。






トマスが去った後、ルシアンが私に尋ねた。




「……大丈夫か。あの男を、本当に信じられるのか」




「ええ。彼は、利益よりも『義理』を重んじる人。1周目、アランの洪水で全てを失っても、最後までアランを非難し続けた、誇り高い商人ですわ」




私は、1周目で死なせてしまった人々の顔を、思い出していた。泥水に飲まれ、飢えと疫病で死んでいった罪なき民たち。




(今度こそ、救ってみせる)




「お前は、本当に……不思議な女だ」




ルシアンが、少しだけ優しい声で言った。




「復讐鬼のくせに、民の命を救おうとする。……アランとは、大違いだな」




「あら、わたくしは自分の利益のためにやっているだけですわ。アランから民心を奪うための、ただの『投資』です」




私が強がって見せると、ルシアンは「そういうことにしておいてやる」とばかりに、小さく笑った。






■ 予言の成就






トマスが動いてから、二週間後。




エリアーナの「予言」通り、帝国南部を、観測史上最悪の「大洪水」が襲った。


アランの宮廷が、イザベラの離宮の完成で浮かれている、まさにその時だった。




「水が来たぞー!」


「逃げろ! 高台へ逃げろ!」




南部の領民たちは、絶望した。皇太子アランは、治水工事を止めた。今年も、家も畑も全てが流されるのだ、と。




だが。




「……なんだ、あれは!?」




トマス率いる商人ギルドが、洪水が到達する、まさに「前日」に、大量の杭と土嚢、そして小麦粉を、各村の避難所に運び込んでいたのだ。




「商人ギルドが、助けに来てくれた!」


「待て、この紙を見ろ!」




誰かが、例の「パンフレット」を掲げた。




「……土嚢の積み方? 水の煮沸?」


「……この物資、リステン家と、北の公爵様が……?」




領民たちは、半信半疑ながらも、パンフレットの指示通りに土嚢を積み、高台に避難した。




結果。




南部の被害は、1周目とは比べ物にならないほど、軽微なものに抑えられた。


家屋や畑の一部は流されたが、死者はほとんど出ず、何より「食料」があった。






「……助かった」


「我々は、見捨てられていなかった」


「我々を救ってくださったのは、皇太子殿下アランではない」


「……北の公爵様と、リステン家の、エリアーナ様だ」




アランが対応の遅れに気づき、慌てて視察団を送った頃には、南部の民衆の心は、アランから完全に離れ、北の「救世主」へと向かっていた。




エリアーナの放った「第二の知識」は、アランの権威を根底から揺るがす、致命的な一撃となったのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ