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処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!  作者: 秦江湖


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第19話 偽りの奇跡と最悪の知らせ

■ 冷え切った寝室と焦燥




帝都、皇宮。


イザベラに与えられた豪奢な部屋は、どこか冷たく、空虚な空気に包まれていた。




「……また、いらっしゃらないのね」




イザベラは、誰もいない大きなベッドで、独り言のように呟いた。




鏡台の前に座り、自分の顔を見つめる。


美しい金糸の髪。愛らしい瞳。アランが「私の女神」と称賛してくれた、自慢の容姿。




(なのに……なぜ?)




アランの足が、イザベラの部屋から遠のいて久しい。




塩の専売制という経済制裁が失敗に終わり、エリアーナの資産がすでに北へ移されていたことが発覚して以来、アランは人が変わったように苛立っていた。




『アラン様、少しお休みになっては……』




『うるさい! 今はあのエリアーナのことで頭がいっぱいなんだ! お前は黙っていろ!』




先日、彼を慰めようと声をかけた時、返ってきたのは冷たい怒声だった。


あんな風に怒鳴られたのは、初めてだった。




(あの女! あの女!)


(北の雪に埋もれて惨めに暮らしているはずなのに、どうしてまだ、私からアラン様を奪うの!?)




イザベラは、鏡台に置かれた銀のヘアブラシを、乱暴に床に叩きつけた。




ガシャン、と鋭い音が部屋に響く。




控えていた侍女たちがビクッと肩を揺らしたが、イザベラは気にも留めなかった。






イザベラは、自分が「愛人」という、ひどく不安定な立場であることを、痛いほど自覚していた。




エリアーナは、憎き相手とはいえ「公爵夫人」という、帝国法に守られた揺るぎない地位を手に入れた。




それに引き換え、自分はどうだ。




皇太子の寵愛だけが、自分の価値の全てなのだ。




(もし、アラン様が私に飽きたら……?)


(もし、エリアーナ様が頭を下げて戻ってきて、アラン様がそれを受け入れたら……?)


(私は、また、あの惨めで貧しい、日陰の生活に戻るの?)




没落貴族として、エリアーナの侍女として「お情け」でドレスや宝石を与えられ、彼女の引き立て役として生きていたあの頃の屈辱。




イザベラは、その恐怖に身震いした。




(……嫌だ。絶対に、嫌だ)


(アラン様を、私だけのものにしなければ)


(エリアーナ(あの女)には絶対に奪えない、最強の『切り札』が欲しい……!)




イザベラの心の中で、黒い執着が渦を巻いていた。






■ 天使の囁きと悪魔の契約




その夜。


イザベラは、不思議な夢を見た。




暗闇の中、眩いばかりの光が差し込み、美しい「天使」が彼女の前に舞い降りたのだ。


純白の翼。透き通るような肌。




だが、その天使の瞳だけは、なぜか血のように赤く、縦に裂けていた。


(※それは、悪魔王がイザベラの警戒心を解くために見せた、偽りの姿だった)




『……可哀想なイザベラ』




天使の声は、甘く、どこまでも優しかった。




『貴女は、何も悪くない。悪女エリアーナに、不当に全てを奪われようとしているだけだ』


「……あなたは? 神様のお使いですか?」




『私は、貴女の味方です。貴女の悲しみを癒し、正当な幸福を与えるために参りました』




天使は、音もなくイザベラに近づき、彼女の腹部にそっと手を当てた。




『貴女が、アラン様に永遠に愛され、皇妃となるための「力」を授けましょう』




「……力?」




『ええ。アラン様との、愛の結晶を。……帝国を統べる、世継ぎを授けます』




イザベラは、その言葉にハッと息を呑んだ。




(……子供!)


(そうよ、子供よ。私とアラン様の子供!)


(それさえあれば、アラン様は絶対に私から離れない。どんな手を使っても、私を皇妃にするはず!)




『受け入れますか? イザベラ』




「……はい。ええ、受け入れます! 私に、その力をください!」




イザベラは、狂喜しながら天使の手を握りしめた。




その瞬間、腹部の奥底に、焼け付くような熱い「何か」が流れ込んでくるのを感じた。


それが、悪魔王の呪わしい力による、人ならざる「懐妊」であることなど、愚かな彼女は知る由もなかった。




翌朝。


イザベラは、激しい吐き気と共に目を覚ました。




「うっ……げほっ……!」


「イザベラ様!? いかがなさいましたか!」




駆け寄る侍女たちを押し除け、イザベラは口元を押さえた。


胃の中がひっくり返るような不快感。だが、彼女の顔には、歓喜の笑みが浮かんでいた。




「……すぐに、侍医を! 皇宮で一番腕のいい侍医を呼んでちょうだい!」










■ 逆転のカードと皇太子の狂喜




「……イザベラ様。これは……」




皇宮の老侍医は、イザベラの脈を取り、信じられないというように何度も確認を繰り返した。




「どうなの? 早く答えなさい!」




「……おめでとうございます。ご懐妊でございます。すでに、三ヶ月には入っておられるかと」




「……!」




イザベラは、両手で顔を覆い、歓喜に打ち震えた。




(本当に……本当に、子供ができた!)


(ありがとう、天使様! これで、私は勝ったわ!)




その報告は、すぐさま執務室で頭を抱えていたアランの耳にも届けられた。




「……子供? 俺の……子供だと?」




アランは、報告に来たバートン伯爵の言葉に、呆然と呟いた。




ここ数ヶ月、エリアーナへの敗北続きで、彼の皇太子としての威信は地に落ちかけていた。


だが、そこへ飛び込んできた「後継者の誕生」というニュース。




「……そうだ。俺の子供だ。俺の、世継ぎだ!」




アランの顔に、みるみると血色が戻っていく。




絶望の淵から、一転して狂気じみた高揚感が彼を包み込んだ。




「素晴らしい! これで、帝国の未来は安泰だ! 誰も俺を軽んじることはできなくなる!」




アランは執務机を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、イザベラの部屋へと駆け出した。




「イザベラ! よくやった!」


「アラン様……!」




部屋に飛び込んできたアランは、イザベラを力強く抱きしめた。




「お前は、俺の女神だ! 俺に、最高の希望をもたらしてくれた!」




「ああ、アラン様……。私、とても幸せですわ」




イザベラは、アランの腕の中で、勝利の笑みを浮かべた。




(見たこと、エリアーナ様。これが、私の力よ)


(あなたがいくら北で足掻こうと、次期皇帝の母となるのは、私なのだから)








数日後。




皇太子アランは、帝都の全貴族を大広間に集め、公式に発表を行った。




「皆の者、聞くが良い! 我が愛するイザベラが、余の子を宿した!」




ざわめきが、大広間を駆け巡る。




「この子は、帝国の未来を担う、正統なる後継者である! 余は、イザベラを正式な皇妃として迎え入れる準備を進める!」




アランは、まだ皇帝に即位していないにも関わらず、自らを「余」と呼び、愛人の子を「正統な後継者」と高らかに宣言した。




それは、帝国の法と伝統を完全に無視した暴挙だった。




だが、アランは、エリアーナとルシアンに対抗するため、この「子供」という最強のカードを、なりふり構わず最大限に利用するつもりだった。




貴族たちは、アランの暴走に戸惑い、顔を見合わせた。




しかし、「皇太子の世継ぎの誕生」という事実を前に、表立って異を唱える者は誰もいなかった。




帝都の情勢は、イザベラの「懐妊」という新たな火種によって、一気にアランの有利へと傾き始めたのだった。






■ 北へ届く最悪の知らせ




その頃。




北の黒鷲城では、重苦しい沈黙が執務室を支配していた。




「……エリアーナ様」




アンナが、血の気の引いた顔で、一枚の密書を握りしめて立っていた。


それは、数日前に私が帝都の父様に命じた、「イザベラの体調調査」の報告書だった。




「……読み上げて、アンナ」




私は、自分の声が震えないように、必死に机の下で拳を握りしめた。




悪魔王の、あの不吉な予言が、現実のものになろうとしている。




「はい……。帝都の密偵からの報告によりますと……イザベラ様は、ご懐妊されたとのことです」




「……」




「すでに、三ヶ月に入っていると。アラン殿下は、帝都の貴族を集め、その子を『正統な後継者』と宣言されたそうです」




アンナの声が、冷たい執務室に響き渡る。


私は、目を閉じた。




(……悪魔王の、言った通りだわ)




一度目の人生と同じ。




イザベラは、またしても私から全てを奪うための「最強の武器」を手に入れた。




アランは、その後継者を守るため、そして自分の権力を盤石にするため、北の私たちを今度こそ本気で排除しに来るだろう。




大義名分は、向こうにある。




「……エリアーナ様。いかがなさいましょうか。このままでは、アラン殿下が軍を動かす口実を与えかねません」




アンナの不安げな声に、私はゆっくりと目を開けた。




恐怖はある。絶望も、ある。




だが、あの夜、悪魔王に心を乱された時とは違う。




私には、もう、一人で震えているだけの「か弱い令嬢」ではないのだ。




「……アンナ。ルシアンを呼んでちょうだい」




「旦那様を、ですか?」




「ええ。この事態は、わたくし一人で抱え込めるものではないわ。……それに」




私は、窓の外の吹雪を見つめた。




「彼は、わたくしの『共犯者』なのだから」




イザベラの懐妊。




それは、アランにとって最大の歓喜であり、私たちにとって最悪の知らせだった。




だが、これは同時に、アランが「守るべきもの」を得て、判断を誤る「隙」が生まれる瞬間でもある。




(……受けて立つわ、アラン、イザベラ)




私は、冷たい復讐の炎を、再び心の中で燃え上がらせた。


ここからが、本当の戦いの始まりだった。



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