雨の日も、大規模怪異発生の日も
空が大号泣して特区には大雨が降っていた。西地区警備署署員たちは大号泣から逃げつつも、住人を助けようと奮闘する。
この日、空は大号泣していた。大粒の雫は特区の道路を覆いつくしやがて巨大な水たまりとなった。人々の靴と足は水没し、重たく濡れた洋服は住人たちの活動を停滞させている。建物の壁も街路樹も灰色の雫に打ち付けられて項垂れ、辺りはすっかり冷たく冷え切っていた。
このまま空が泣き続ければ、特区は雨によって沈んで水の都になってしまうだろう。
それを防ぐために翻弄している者たちがいた。
「このままだと特区が沈んじゃいますよ! 根本的に、空の大号泣を止めないといけないと思います」
熱田署員が大きな声を出した。西地区の住人を避難させている最中である。この大雨の中で身体を動かすのは一苦労だが、今こそ自分の職務を全うするときと感じている新人署員の言葉は熱い。
「そうね。大号泣の原因を突き止めて、雨をやませるのが一番です」
熱田署員と共に避難の誘導に当たっていたいばら署員が言った。この二人は西地区警備署の署員であった。
令和日本の隣にある街、幻想怪異発生特別区──通称「特区」。その治安を守る西地区警備署には様々な事件が舞い込んでくる。仕事内容としては遺失物課の活躍が目立つが、警備署の仕事はそれだけではない。モンスターや怪異の被害から西地区の住人を守るのも警備署員たちの責務である。
しかしながら、今日の怪異は分が悪い。号泣する空とは対話ができず、この大雨を止めさせることは困難だった。
「万が一の時のために方舟を起動させるように放送をかけましょう」
いばら署員は地区放送で住人たちに方舟に乗るように指示をし始めた。方舟とは、特区に存在する怪異のひとつ。大規模怪異が発生した時に使うシェルターのような物で、怪異から身を守るための道具である。方舟に乗れば一安心というわけではないが、今一時の水害からは身を守ることができる。
──この雨もすぐに引けばよいけれど……。
「さあ、俺たちも方舟に乗りましょう」
熱田署員がいばら署員を促し、二人は警備署に備え付けの方舟に乗り込んだ。中には他の警備署員の他、近くをほっつき歩いていた住人やモンスターも乗船していた。
方舟のドアを閉める。しばらくすると、船の床がゆらりとうねって揺れた。方舟が水に浮いたに違いない。外を確認するための窓からは灰色の世界が見えた。水はどんどん押し寄せて、方舟の周りを渦巻いている。舟に乗らなければ飲み込まれてしまいひとたまりもなかっただろう。
「さて、この方舟にはまだ余裕がありますので、これから逃げ遅れた人たちを救出しに向かいます。熱田署員、準備は良さそうですか?」
「大丈夫です。とりあえず西地区の奥を周ってから、メインストリートまで出て行ってみます!」
幻想怪異発生特別区──通称「特区」。その治安を守る西地区警備署と言えども、太刀打ちできない怪異があるのも確かなことだ。しかしながら、今できることをするのも警備署員たちの務めである。




