暦の上で彩る季節
カレンダーの10月のページから0が消えて1月になってしまった! カレンダーの0を取り戻すために取った策とは…!?
令和日本の隣にある街、幻想怪異発生特別区──通称「特区」。その治安を守る西地区警備署には様々な依頼が舞い込んでくる。胃の中で消えてしまった炭酸の行方の調査から始まり、積読の中で姿が見えなくなったお気に入りの一冊の捜索や失踪した秋の行方を追うといった難題まで、不可思議な事件を一手に引き受けている組織である。
この日、10月にもかかわらず特区はひんやりと冴えわたっていた。透明度の高い空気が身体にまとわりつき、西地区警備署署員のいばら野梨子は思わず首をすくめる。鼻先には枯れ葉が湿ったような冬の香りが突き付けられ、まるで冬が訪れたようである。
今日はやけに寒いな……、と思いながら警備署へと出勤する。詰め所では当直の署員が引き継ぎの準備をしており、いばら署員は頬の赤さを指摘された。
「外は冬みたいよ。今日の帰りは寒いから暖かくして帰ってね」
職員とそのような言葉を交わしながら、いばら署員はふとカレンダーを見た。本日は10月3日。特区ではCOMIC SHOWER Webオンリーが行われるため、西地区警備署はイベント警備に駆り出される予定である。昼間に状況がどうなるかはわからないが、この調子だと防寒用のジャケットを用意して仕事に取り掛かることになりそうだった。
いばら署員はそのカレンダーを見て違和感を覚えた。なんだろう、何か足りないような。ベテランの署員はカレンダーを隅々まで注視してその引っかかりの原因を探る。警備署員になってから十年が経つ。経験を積んで蓄積された勘は数多くのいばら署員の窮地を救ってきた武器のようなものだ。今日もその〝警備署員の勘〟がいばら署員に異変を告げていた。
数分、間違い探しをするようにカレンダーを眺め、いばら署員はとうとう不調和の元を発見した。カレンダーをよく見ると10月のページではなかったのである。大きな10から0が消えて1になっている。カレンダーのページが1月になっていたのだ。
誰がこんないたずらを……といばら署員がカレンダーに近づき捲る。
──いえ、1月じゃないわ。
暦の次のページは11月だった。ならば、捲ったページは10月のページだろう。しかしながら、紙の上からは0がなくなっている。つまりは、10月の0がどこかに行き、1月になったために、特区は1月になってしまったらしい。どうりで寒いわけだ。
音をたてないようにいばら署員は自分が入ってきた警備署のドアを閉めた。もしかしたら、まだ0は署内にいるかもしれない。それが外に逃げ出したら探すのは一苦労だろう。
本日の捜索はカレンダーから消えた0を探すことになるに違いない。久しぶりの難解な事件だわ、と唸るいばら署員であった。
***
「10月の0がなくなった。つまりは今は1月というわけですか?」
どおりで私が呼ばれたわけですね、と雪だるま頭の男が頷いた。彼は季節を司る怪異〝冬〟である。1月は冬の眷属だ。1月が来れば冬が現れたのも同じ。つまり、暦が冬を呼んでしまったために、朝の特区に寒さを運んできたということだ。
「こんなに早く来なくてもいいんですよ」
特区の住人たちはまだ秋晴れを楽しみたいですからね、といばら署員が付け足して冬に言った。
「こちらだって困ります。今年は季節を順当に回せそうだったんです。私が早く来たら冬と秋のバランスが崩れてしまいますからね。まったく、特区の怪異には困ったものですな」
冬が太い眉を吊り上げてぷんぷん怒ったために、警備署内は五度ほど気温が低下した。
「まあまあ、仕方ないじゃん~。特区あってこその怪異でしょ? そんなこともあるって~」
いばら署員と冬の間に入って仲裁したのは金髪のギャルだった。この少女は〝秋〟を司る怪異。彼女がけらけら笑ったことで、寒かった警備署内は少しだけ秋の暖かさを取り戻した。
「もー、10月だし冬になっても良いんじゃない?」
「こら、秋の職務を放棄するな」
冗談でも秋をスキップするのはやめて欲しい、といばら署員は思う。猛暑の夏、極寒の冬。それぞれの間に過ごしやすい期間がないと、この頃身体が持たないのだ。体調に気を配らなくてもいいというプレッシャーの解放という観点から、穏やかな季節は人間に必要な環境であると言える。
秋と冬の掛け合いを見つつ、10月を取り戻すために策を講じなければなりません、といばら署員は言った。
既に0の捜索は始まっている。いばら署員の気づかいは無用だったようで、0は警備署からは脱走していたらしい。捜査網は特区に広がっていた。
「とりま協力するよ! 警備署員さんは何かしてほしいことある?」
秋の発言にいばら署員は頷いて答えた。
「まずは、冬はその丸い頭を生かして、ひとまず1の隣にいてください。そうすれば仮の10月が出来上がり寒さが和らぐはずです」
冬が乗りのような眉毛を片方だけ吊り上げて怪訝そうな顔をする。その雪だるまの顔が口が開くよりも先に、秋が笑いながら「私は漢字の十」と手でクロスを作る。
太陽のような愛らしい笑顔のおかげで、警備署内は少しだけ秋の陽気を取り戻していた。
***
さて、季節達が10月の0を誤魔化している間に、0をどうにかして取り戻さなければならない。しかしながら、特区全域に伸びていた0の捜査網はすぐに0を見つけることができたのだった。ある住人が手配書に乗った0のフォントとよく似た0を見たと情報提供をしてくれたのである。
なんと0は秋の高額当選宝くじ1億円の金額に紛れていたのだ。0が一個付け足されたことで宝くじの当選金額は10億円に釣りあがっており、住人たちの間では話題になり、その付け足された0が目に付いたのであろう。
現場に急行した西地区警備署署員たちだったものの、しかし、一足遅かった。宝くじにはすでに当選者が出ていたのだ。0は支払われてしまった後だったのである。ちなみに、10倍もの金額に変わってしまった宝くじの金額を見て運営元は頭を抱えているという。
「今回の当選額は普段の倍以上で、購入した人がかなりいたと聞きます」
佐藤署員の報告の隣で、土御門署長が新聞で宝くじの番号を確認している。あーあ、というため息が聞こえた。外れたのだろう。
「しかし、困ったわね。0が取り戻せない以上、カレンダーは1月のままだわ」
1月を10月に戻す算段を付けられなかったいばら署員も頭を抱えていた。
額を寄せ合う署員たちの横でギャルの秋がカレンダーを見ながら一言呟く。
「もう書いちゃえばよくない?」
少女がボールペンでカレンダーに0を書き足した。いびつな10月であるものの、10月となった特区のカレンダーのおかげで署内の寒さは少し和らいでいる。しかしながら、秋というにはやや空の色が薄い。
「ちょっとだめ系?」
秋が首を傾げる。
「フォントが良くないのかもしれません」
佐藤ちゃんが秋の0書き加え、カレンダーの字を少し太くした。穏やかな風が吹き、窓の外から水色の空がのぞく。
「やった! 上手く行きそう」
カレンダーに新たな0を付け足す作戦で行こう! そう提案した秋は警備署内のペンを集めてカレンダーを彩っていった。
***
1時間後、カレンダーは良い感じにデコられていた。書き加えられて若干浮いていた0はカレンダーに馴染み、その周りには紅葉の絵が描かれている。他のページも秋によって彩られ、無味乾燥だった詰め所のカレンダーはすっかりおしゃれでかわいいデザインへと変化していた。
0が元に戻ったことで季節はすっかり秋に戻っている。日差しがぽかぽかと柔らかく降り注ぎ、日向には花が咲いていた。しおしおと落ちかけていた木々の葉は復活して、秋の空に色どりを添えているのだった。
「ごっとことなき~! いい感じだね!」
秋と佐藤署員がハイタッチする。まるで直し屋のような鮮やかな手口に感心するいばら署員であった。




