お迎えはモーターサイクルで
西地区警備署のお盆は精霊馬の盗難被害が相次いでいた。どうやらキュウリやナスを狙っている犯人の仕業らしい。
令和日本の隣に存在する街、幻想怪異発生特別区――通称「特区」。その治安を守る西地区警備署に今日は盗難被害が相次いでいた。
「精霊馬が盗られてしまったんです」
「あら、お宅も? いやあねえ」
午後一番、西地区警備署の受付カウンターには数人の住人がやって来ていた。内容は同じ、家の軒先においてあったキュウリやナスの精霊馬が盗まれてしまったという相談だ。
「精霊馬が盗られた?」
住人から詳しい事情を聴いている熱田署員と、午前中に受け付け対応をしていたいばら署員が顔を見合わせる。
「午前中も同じ依頼がありましたね」
お盆でキュウリやナスの需要が高まっていた。昔は外部バリアと怨霊の影響でキュウリやナスが手に入らずに騒動が起きたことがあるとは聞いている。しかし、ここ数年は外からの野菜の流入もあって、お盆にキュウリやナスが問題になる事は珍しいことではなくなったはずだ。
こんなに大規模になくなるなんてことがあるでしょうか、と熱田署員が不審がる。その横で、ベテランのいばら署員は同一犯がキュウリやナスを狙っているのだと睨んでいた。近所の家庭菜園の様子、八百屋の野菜のみずみずしさ……、近隣住人は今年は野菜が豊作だと話している。実食したいばら署員も野菜の味が濃く美味しいことを感じていた。その野菜を狙っている輩がいてもおかしくはない、といばら署員は思っているのだ。
「犯人は、キュウリやナスを大量に欲している奴の可能性がありますね……」
キュウリもナスも夏の野菜。この暑い中に食して体温を下げるにはぴったりの食べ物である。発熱して身体を冷やしたい人間か、あるいは、大規模発生したカブトムシたちの集団か。熱田署員は犯人は必要に駆られて野菜を盗っていったのだと推測していた。熱田署員は野菜がそこまで好きではない。好んで野菜を盗っていったとは熱田署員は思えなかった。
いずれにせよ、お盆までに精霊馬を取り戻さなければ……、と大人たちが額を寄せ合う警備署の中に、息を切らして近所の子供たちが駆け込んできた。手にはナスの精霊馬を持っており、どうやら遊んでいる最中になにか事件が発生したらしい。
「大変だよ! ぬか漬け怪人がきゅうりを盗って行っちゃった!!」
精霊馬を盗んだ犯人はそいつだ! と熱田署員の目が光った。ぬか漬け星人──特区にいる怪人の一人である。野菜をはじめ、ゆで卵や豚肉など、なんでもぬか漬けにして美味しくしてしまう怪人だ。夏はぬか床が良く発酵するため、活動が活発になり、良く出現するのである。
「キュウリもナスも漬けられた可能性があるわね……」
眉を顰めていばら署員が言った。ただのキュウリやナスならぬか漬けにされても構わないが、今回盗まれたのは精霊馬たちである。仮にぬか漬けにされていたならば、シナシナになり足腰が立たなくなっている可能性があった。さすれば、ご先祖様のお迎えには行くことができないだろう。
「ぬか漬け怪人はさっき現れたみたいですから、後を追ってみましょう。まだ、野菜は無事かもしれません」
ひとまず、ぬか漬け怪人を捕まえようと警備署員たちは出動した。パトロールをしていた別の署員からの応援もあり、ぬか漬け怪人を追う。熱田署員が通報を受けた場所に行くと、ぬか漬け怪人はキュウリやナスを抱えて商店街を走っている最中であった。
「止まりなさい!」
「やなこった!」
ぬか漬け怪人はぬるぬると滑るように地面を動き回り、熱田署員はなかなか追い付くことができない。おまけにぬかを飛ばされて、熱田署員自身がぬか漬けにされそうになっている。
「くそ! このままだと、キュウリやナスがぬか漬けにされてしまう……!」
焦る熱田署員。しかし、警備署員たちを翻弄していたぬか漬け怪人の目の前を遮るようにして、突如大きな魚が現れたのである。角の向こう側からぬっとあらわれた魚は巨大なさんまのようだった。
「ぬ! いい魚だ! ぬか漬けにしてやる!」
ぬか漬け怪人が魚に気を取られている。しかし、それは巧妙な罠だったのだ。
「はい、捕まえた!」
「なに!?」
巨大魚をぬか漬けにしようとしたぬか漬け怪人は、魚の影に隠れていた警備署署長に捕まえられたのであった。ぬるぬると逃げられないように漬物樽に入れられてぬか漬け怪人が警備署へと連行されていく。
「さて、キュウリとナスは無事かね?」
「みんなぬか漬けにしてやったさ!」
「困ったなあ」
事情聴取によってぬか漬け怪人のアジトが明らかになり、そこにはキュウリやナスがたくさん漬けられていたのだ。にんじんやゆで卵もあり、いい頃合いに漬かったものばかり。
「余罪がありそうね」
いばら署員が呟きながら、盗難された食べ物たちを順番に住人たちに返していく。美味しく漬かったぬか漬けを貰って住人はちょっと嬉しそうだが、やはり精霊馬がいなくなったことには困っていた。
「キュウリもナスもみんな盗られちまったからなあ……」
キュウリやナスを求められている八百屋も困り顔だ。
「どうしましょう。このままだと、お盆でご先祖様のお迎えができなくなりますね」
悩む住人達に向かって、いばら署員が、代わりの物を手配しましょう、と提案をした。
***
西地区警備署署員たちは署にある自転車やバイクを運転してあの世へと向かっていた。バイクを所有している近隣住人たちも一緒である。いばら署員の提案を受け入れた結果、西地区総出でご先祖様をお迎えに行くことになったのだ。
あの世ではご先祖様たちが今か今かと身を乗り出して精霊馬を待ち構えていた。例年よりも少し時間がかかっているのだからみんな心配していたのだろう。
そして、やってきた自転車やバイクに驚いて呆気に取られていた。開いた口がふさがらない様子で、じゃらじゃらと集まっている乗り物をきょろきょろと見まわしている。
「今年は精霊馬のキュウリやナスがぬか漬け怪人に盗難されたため、精霊馬ではなく西地区と自治会員がお迎えに上がりました」
いばら署員がきりっとした態度で、ご先祖様に説明をする。ぬか漬け怪人が出現したとはいえ申し訳ないが、せめてバイクや自転車に乗れる人は帰れるようにしようという決断であった。
ぬか漬け怪人が現れたとあっては仕方がない。死んで間もないご先祖様がお盆で西地区へと帰ることが決まり、お迎え一同は一斉にスタートを切った。
バイクに乗ってみたかったの~、と小さなおばあさんが熱田署員のバイクの後ろに乗っている。冷たい身体が背中にくっつき、熱田署員の腕に鳥肌が立った。
「やっぱり、霊にくっつかれるとひやっとしますね~」
『ごめんねえ。あ、あの角を右に曲がって頂戴』
おばあちゃんの霊に指示されて、冷や冷やしながらも熱田署員は無事に住んでいた家へと送り届けることができた。身体は冷たいが、この暑い中ではむしろ涼しくなって良かったかもしれないな、と思う熱田署員である。
悪いはねえ、とおばあちゃんが家族に冷やし飴を持ってこさせる。
『やっぱりバイクは早いわねえ。乗ってみてよかったわ』
「最初で最後の経験かもしれませんね。こちらこそ、良い思い出になったようで何よりです!」
おばあちゃんと談笑しながら、ちょっと一息つく熱田君。しかし、何度かあの世に行って、ご先祖様たちを送り迎えしなければならないのだ。
あの世からの道すがら、特区の農家たちが一生懸命にナスを収穫しているのが見えた。きっと、警備署からの要請があり、促進剤を使って精霊馬用のナスを作っているのだろう。
子供たちが、キュウリやナス以外、折り紙や木の板などを使って精霊馬を作ろうとしているのも見えた。
帰りはもう少しゆっくりと帰ってもらえるといいな、と思う熱田署員であった。




